異世界に召喚されたが勇者ではなかったために放り出された夫婦は拾った赤ちゃんを守り育てる。そして3人の孤児を弟子にする。

お小遣い月3万

文字の大きさ
11 / 56
1章 パパになる

第11話 ミルク

しおりを挟む
 襲われていた4人は酷く怯えていた。
 その怯えは自分に向けられているモノだと思っていた。
 目の前にはフィギアのように固まった黒コゲの死体がある。辺りには苦い匂いが漂っている。俺が殺したのだ。
 人生で学んで来た道徳が揺らいだ。
 もう俺は天国に行くことは無いのだろう。
 だけど妻と赤ちゃんを守ることができた。
 盗賊を殺さなければ大切な人が殺されていたかもしれないのだ。
 悪人よりも自分の家族の命の方が大切だった。仕方の無い事だった。
 それなのに膝から崩れ落ちそうだった。だけど倒れたら2度と立てないように思えて踏ん張った。
 
「オギャー、オギャー」
 と赤ちゃんの泣き声が近づいて来た。
 そして俺の横を通り過ぎて行く。
 美子さんは俺を通り過ぎ、怯えた4人のところに向かって行く。
 俺は呆然と妻を見ていた。
 どうして彼女は4人に向かったんだろう?

「淳君」
 と美子さんの叫び声が聞こえた。
「早くコッチに来て」
 えっ? でも俺、彼等に怯えられているよ?
「なにしてるの? 早く来なさい」
 と美子さんが怒鳴った。
 はい、と俺は小さく呟いて美子さんに近づいて行く。
「深い傷を負っているのよ」
 と美子さんが言う。

 白髪の老夫人はお腹を刃物で刺されたらしく、血まみれだった。老紳士が夫人の出血した箇所を必死に抑えている。
 もう1人の男性は腕とお腹を刺されたらしく、老夫人よりも出血量が多い。2人とも死にかけている。
 4人の顔は俺に対して怯えているという訳ではなく、迫っている死に対して怯えているようでも、助けを求めているようでもあった。

「団子は残ってないの?」
 と美子さんが尋ねた。
「無い」と俺は言った。
「それじゃあアレを出して」
「アレ?」
 と俺が首を傾げる。
「もういい。リュックをおろして」
 と美子さんが言った。
 俺は彼女に言われるがまま、リュックを地面に下ろした。
「淳君はネネちゃんを抱っこしといて」
 と妻は言って、スリングからネネちゃんを取り出して俺に差し出した。
 オギャー、オギャー、とネネちゃんは泣いている。
 まだ首もすわっていない小さい生き物。腕に首を乗せるように赤ちゃんを抱っこした。
 ミルクの匂いがする。小さい。
 生きている。当たり前のことを俺は思った。
 
 美子さんはリュックを探って、1つの水袋を取り出した。
「ポーションです」
 と彼女は言って、水袋を老夫人に差し出した。
 美子さんが差し出したのはポーションじゃなかった。彼女がオッパイから出したミルクである。なにを人に飲ませようとしてるんだよ、と俺は思った。だけど口に出して言わなかった。もしかしたらミルクには回復効果もあるかもしれないのだ。

「ポーションじゃあ、この傷は治りませんよ」
 と老紳士が呟いた。
「治るかどうかは飲んでみないとわからないでしょ」と美子さんが言う。
「……私より先に彼に飲ませてあげて」
 と老夫人が言った。
「わかりました」
 と美子さんが言う。

 そして彼女は、もう1人の倒れている男性のところに行った。
 自分の胸から絞り出したミルクを、俺と同じぐらいの西洋系の男性に飲ませた。なんか、すごく変な感じがする。
 だけど人の命がかかっている場面で、それを飲ましたらダメだとは俺は言えない。
 
 俺はネネちゃんの頭の産毛に唇をつけて、思いっきり赤ちゃんの匂いを嗅いだ。大切にしなくてはいけない匂いがする。

 ミルクを飲んだ男性は「やっほー」と叫んで起き上がった。
 みんな目を丸くして男性を見ていた。
 ミルクには回復効果があったみたいだった。
 さっきまで死に際にいたとは思えない笑顔で、「これは本当にポーションかい?」と男性が尋ねた。
「ええポーションよ」と妻が答える。
「これはエリクサーじゃないのかい?」
 と男性が言う。
 エリクサーとは回復薬の最上級のモノである。
「たぶん違うと思う」と美子さんは言った。
 たぶんじゃなくて、絶対に違う。それはミルクである。
「早くエレーザ夫人にも飲ませてやってくれ」
 と復活したばかりの男性が高いテンションで言った。
 俺も飲んだからわかる。彼は体の奥底からエネルギーが溢れ出しているんだろう。

 美子さんが老夫人のところに行った。
 そして彼女は水袋に入ったミルクを老夫人に飲ませた。
「あら」とミルクを飲んだ夫人が言って、起き上がった。
「治ったみたい」
「本当にエリクサーなのかい?」
 と老紳士が尋ねた。
「たぶん、違うと思います」
 と美子さんが答えた。
 さっきから「たぶん」と答えているけど、絶対に違うと言い切るべきである。彼女の胸から絞り出たミルクである。
「なんて言うか、体からエネルギーが溢れ出しているみたいだわ」
 と老夫人が言った。
 老紳士が泣きそうな顔をして、夫人の手を繋いだ。
「もしかして病気も治ったのかい?」と老紳士が尋ねた。
「わからないわ。でも、なんていうか、すごく元気みたい」と老夫人が言う。
「なんてお礼を言っていいのか」
 と老紳士が美子さんを見て言った。
 
 お礼は結構です、と日本人の美徳である奥ゆかしいことを美子さんは言わなかった。
「どこまで行く予定なんですか?」と彼女は馬車を見て尋ねた。
 そして老紳士は隣国の名前を言った。
「ご一緒させていただけませんか?」
 と妻が尋ねた。
「もちろん」と老夫婦が声を揃えて言った。


 俺達は馬車に乗った。
 冒険者らしき2人の男性は御者席《ぎょしゃせき》に座っている。御者席とは馬車を運転する席である。車でいうところの運転席と助手席に2人の男性は座っていた。2人は交代に運転するらしい。護衛と運転手を2人は兼ねているみたいだった。
 後部座席は老夫婦の席だった。俺達も後部座席に乗せてもらっていた。
 乗り心地は最悪だった。壊れかけのジェットコースターに乗っているようにガタンガタンと大きく揺れた。

 美子さんは授乳を隠すための布を体に覆ってネネちゃんにミルクをあげていた。
 向かいの老夫婦が身の上話をしている。
 夫人が病気になり、お店を息子夫婦に譲り、エリクサーを探して旅に出た。だけどエリクサーはどこを探しても見つからず、仕方なく帰って来たらしいのだ。
 エリクサーを探す旅といっても老夫婦はエリクサーが見つからないと思っていた。最後の思い出を兼ねて旅をしていたのだ。

 初めての人殺しで俺の気分は落ち込んでいた。授乳の布から飛び出たネネちゃんの小さい足を優しく掴んだ。

 妻は老夫婦の身の上話を頷きながら聞いていた。
「もしよかったら残りのエリクサーを売ってくれないですか? もちろん今日のお礼もします」
 と老紳士が言った。
「たぶん、エリクサーじゃないと思うんですけど」
 と妻が言う。
 たぶん、と妻は言っている。絶対に違う、と言い切れよ、と俺は思った。
「それはエリクサーだと思いますよ。あるいはエリクサーに近いハイパーポーションかもしれない。普通のポーションでは大怪我は治せない。それに家内は元気になりました」
 と老紳士が言う。
「考えます。私達にも回復薬はコレしかないので」と美子さんが言った。
 コレしかない、というのは彼女の嘘である。今もネネちゃんがミルクをゴクゴク飲んでいる。
「どこで手に入ったか教えてくれないですか?」と老紳士が尋ねた。
「魔物を倒して手に入ったモノなんで、ただの偶然入手したアイテムなんです」
 と妻が、また嘘をついている。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界に召喚されたが「間違っちゃった」と身勝手な女神に追放されてしまったので、おまけで貰ったスキルで凡人の俺は頑張って生き残ります!

椿紅颯
ファンタジー
神乃勇人(こうのゆうと)はある日、女神ルミナによって異世界へと転移させられる。 しかしまさかのまさか、それは誤転移ということだった。 身勝手な女神により、たった一人だけ仲間外れにされた挙句の果てに粗雑に扱われ、ほぼ投げ捨てられるようなかたちで異世界の地へと下ろされてしまう。 そんな踏んだり蹴ったりな、凡人主人公がおりなす異世界ファンタジー!

没落貴族と拾われ娘の成り上がり生活

アイアイ式パイルドライバー
ファンタジー
 名家の生まれなうえに将来を有望視され、若くして領主となったカイエン・ガリエンド。彼は飢饉の際に王侯貴族よりも民衆を優先したために田舎の開拓村へ左遷されてしまう。  妻は彼の元を去り、一族からは勘当も同然の扱いを受け、王からは見捨てられ、生きる希望を失ったカイエンはある日、浅黒い肌の赤ん坊を拾った。  貴族の彼は赤子など育てた事などなく、しかも左遷された彼に乳母を雇う余裕もない。  しかし、心優しい村人たちの協力で何とか子育てと領主仕事をこなす事にカイエンは成功し、おまけにカイエンは開拓村にて子育てを手伝ってくれた村娘のリーリルと結婚までしてしまう。  小さな開拓村で幸せな生活を手に入れたカイエンであるが、この幸せはカイエンに迫る困難と成り上がりの始まりに過ぎなかった。

勇者に全部取られたけど幸せ確定の俺は「ざまぁ」なんてしない!

石のやっさん
ファンタジー
皆さまの応援のお陰でなんと【書籍化】しました。 応援本当に有難うございました。 イラストはサクミチ様で、アイシャにアリス他美少女キャラクターが絵になりましたのでそれを見るだけでも面白いかも知れません。 書籍化に伴い、旧タイトル「パーティーを追放された挙句、幼馴染も全部取られたけど「ざまぁ」なんてしない!だって俺の方が幸せ確定だからな!」 から新タイトル「勇者に全部取られたけど幸せ確定の俺は「ざまぁ」なんてしない!」にタイトルが変更になりました。 書籍化に伴いまして設定や内容が一部変わっています。 WEB版と異なった世界が楽しめるかも知れません。 この作品を愛して下さった方、長きにわたり、私を応援をし続けて下さった方...本当に感謝です。 本当にありがとうございました。 【以下あらすじ】 パーティーでお荷物扱いされていた魔法戦士のケインは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもないことを悟った彼は、一人さった... ここから、彼は何をするのか? 何もしないで普通に生活するだけだ「ざまぁ」なんて必要ない、ただ生活するだけで幸せなんだ...俺にとって勇者パーティーも幼馴染も離れるだけで幸せになれるんだから... 第13回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞作品。 何と!『現在3巻まで書籍化されています』 そして書籍も堂々完結...ケインとは何者か此処で正体が解ります。 応援、本当にありがとうございました!

【完結】魔物をテイムしたので忌み子と呼ばれ一族から追放された最弱テイマー~今頃、お前の力が必要だと言われても魔王の息子になったのでもう遅い~

柊彼方
ファンタジー
「一族から出ていけ!」「お前は忌み子だ! 俺たちの子じゃない!」  テイマーのエリート一族に生まれた俺は一族の中で最弱だった。  この一族は十二歳になると獣と契約を交わさないといけない。  誰にも期待されていなかった俺は自分で獣を見つけて契約を交わすことに成功した。  しかし、一族のみんなに見せるとそれは『獣』ではなく『魔物』だった。  その瞬間俺は全ての関係を失い、一族、そして村から追放され、野原に捨てられてしまう。  だが、急な展開過ぎて追いつけなくなった俺は最初は夢だと思って行動することに。 「やっと来たか勇者! …………ん、子供?」 「貴方がマオウさんですね! これからお世話になります!」  これは魔物、魔族、そして魔王と一緒に暮らし、いずれ世界最強のテイマー、冒険者として名をとどろかせる俺の物語 2月28日HOTランキング9位! 3月1日HOTランキング6位! 本当にありがとうございます!

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

お荷物認定を受けてSSS級PTを追放されました。でも実は俺がいたからSSS級になれていたようです。

幌須 慶治
ファンタジー
S級冒険者PT『疾風の英雄』 電光石火の攻撃で凶悪なモンスターを次々討伐して瞬く間に最上級ランクまで上がった冒険者の夢を体現するPTである。 龍狩りの一閃ゲラートを筆頭に極炎のバーバラ、岩盤砕きガイル、地竜射抜くローラの4人の圧倒的な火力を以って凶悪モンスターを次々と打ち倒していく姿は冒険者どころか庶民の憧れを一身に集めていた。 そんな中で俺、ロイドはただの盾持ち兼荷物運びとして見られている。 盾持ちなのだからと他の4人が動く前に現地で相手の注意を引き、模擬戦の時は2対1での攻撃を受ける。 当然地味な役割なのだから居ても居なくても気にも留められずに居ないものとして扱われる。 今日もそうして地竜を討伐して、俺は1人後処理をしてからギルドに戻る。 ようやく帰り着いた頃には日も沈み酒場で祝杯を挙げる仲間たちに報酬を私に近づいた時にそれは起こる。 ニヤついた目をしたゲラートが言い放つ 「ロイド、お前役にたたなすぎるからクビな!」 全員の目と口が弧を描いたのが見えた。 一応毎日更新目指して、15話位で終わる予定です。 作品紹介に出てる人物、主人公以外重要じゃないのはご愛嬌() 15話で終わる気がしないので終わるまで延長します、脱線多くてごめんなさい 2020/7/26

僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた

黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。 その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。 曖昧なのには理由があった。 『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。 どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。 ※小説家になろうにも随時転載中。 レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。 それでも皆はレンが勇者だと思っていた。 突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。 はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。 ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。 ※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。

処理中です...