紅茶と悪魔を【R18】

くわっと

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1.雨が呼んだモノ

1.雨

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ざらざらと、雨が降っている。
大きな雨音が鼓膜を揺らす。
無色の雨の匂いを感じる。

雨だけでなく、風も。
嵐の訪れを感じさせるような、強い風。
安物の窓ガラスを恫喝するように吹き荒ぶ。
何もできないそいつは、ただカタカタと、ガタガタと震えている。

舞台は、淡い茶色で統一された小さな紅茶専門店。
店内には、ジャズやクラシックが特段のこだわりもなく流れ、カフェスペースとテイクアウトに別れている。
あまり大きな店ではない。
といより、小さい。
こじんまりとしている。

また、立地もお世辞にも良いとは言えない。
大通りからは外れ、少し小道を行った先。
二台の形式的でしかない駐車スペースがある程度。
大衆客というよりは、一部のファンを集めることを目的にした店構えである。
資金も人脈もない。
ただ時間を持て余すだけの店主としては、賢い選択なのかもしれない。
弱者には、あるいは貧弱には、とるべき戦略がある。
王道で勝てるのは、王かそれに近しいものだけ。

カウンターの奥で、男がカップを磨いている。
彼の名前は浅井賢一。
年の頃は三十代前半。
身長は日本人の平均身長程度。
中肉中背、没個性的という言葉がよく似合う、ただの紅茶を愛するだけの男である。
ただ、外見からはどこなく爽やかさと優しさが滲み出ている。
ワイシャツにエプロンをかけたその姿は、平凡ながら理想的なイクメンの姿のそれであった。
だが、残念ながらイクメンではない。
まだ子供がいないからだ。
付け加えるなら、未婚者である。
もう一言言えば、彼女もいない。
最後にーーとここまでにしておこう。
世の中には秘するが花、ということもある。

浅井は、顔を上げて窓の外を見た。
見る必要もないほどの大雨。
落胆は既に済ませている。
今日は大人しく、店を閉めてしまっていいかもしれない。
不要なコストは、かけるべきではない。
こない客を待ち続けるというのも、どうにも寂しい。

「はぁ」

思わず、ため息が出た。
深呼吸だ、と言い訳するのも無理がある、純度99%のため息。



浅井の店は、11時から25時という、カフェスペース併用の店としては特異な営業時間をしていた。
普通のやり方をしては勝てない、という気をてらった戦略だった。
今は夜の手前といった時間ではあったが、大雨なので、見込み客はゼロと考えるのが適切という状況。
基本、通常の客層としては、帰宅途中のサラリーマン、夜の蝶、家出少年少女、自称小説家、エトセトラーーといった感じであり、正直統一性はまるでない。
だけれど、わざわざ大雨の中、この店に来るような変わり者は少ないだろう。
それでも、『open』の札をくるりと回す間際に、タイミング悪く来る客のことを考えると、浅井の体は仕事から離れられない。
おしぼりのストックを確認し、店内の暖房温度を確認し、雨の日サービスとしての茶菓子も準備した。

雨に濡れた時ほど、ちょっとした優しさが身に染みる。
そして、その時に飲む温かい紅茶の味はより味わい深くなる。
そのことを、浅井は理解していた。
言葉で、体で。

カランコロン、
カラン。

不意に、入り口のベルが鳴る。
入り口ぼ扉が開かれ、激しい雨音がより大きく響く。
浅井は、その来客者に視点を添える。

現れたのが、天使と見紛うばかりの、
美の擬人化の如き女性だったからだ。
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