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1.雨が呼んだモノ
2.美女の名は
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美人、
美女。
世の中に溢れた、ありふれた褒め言葉。
だけれど、浅井の両眼が捉えたその『美女』は、凡俗のそれらとは一線を画していた。
それも、明確に。
そして、圧倒的な差異をもって。
西洋系だろうか、彫りが深く整った顔立ちに、大きな目。
見慣れない蒼い虹彩。
艶やかな長い黒い髪が、腰のあたりまで伸びている。
肩を出したオープンショルダーのブラウス、合わせることの黒のロングスカート。
意識的にか、それとも無意識か。
結果的に強調されている大きな胸の膨らみに、目線が吸い寄せられる。
「い、いらっしゃいませ……」
突然の来訪者。
それもとびきりの女神相手に、浅井の声は上擦り、噛んだ。
恥ずかしさに顔が赤くなる。
体温の上昇を、意識せずとも感じる。
彼女は店内を軽く見回すと、カフェスペースへ向けて足を進めた。
どこかの令嬢を思わせる、優美な足取り。
その足取りで向かう先は、浅井がいるカウンター席。
「私の名前はセラス。貴方は?」
すとん、と席に座るなり、いきなりの自己紹介。
「……えっと、浅井、です。よろしくお願いします」
何をお願いするのかわからないが、と思いつつ、浅井は彼女に相対する。
吸い込まれそうな大きな瞳。
何かの幻術にかけられているような、この心のざわめき。
メディア以外で久方振りに出会う生身の美女。
浅井にとって、相当に刺激の強い存在であった。
「浅井、か。よろしくな。ーーそれで早速だが」
何事もないように呼び捨てすると、女性は当然のように続きの言葉を紡いだ。
「美味しい紅茶が飲みたい」
とても大雑把な注文である。
紅茶専門店、そのカフェスペースに入り、紅茶の注文をするのは当然である。
だが、ここはあくまで専門店。
曲がりなりにも専門店なのだ。
一口に言っても、紅茶には種類がある。
淹れ方もある。
砂糖の大小、ミルクの過少、味の濃淡。
様々だ。
もちろん、どのような注文にも応える準備と自信はある。
この立地が悪く、小さな店を5年程度切り盛りしてきた経験がある。
だが、
だがーー
「すまない。流石に大雑把だったな」
と彼女は薄く笑う。
浅井はほっと胸を撫で下ろす。
「貴方が作る、最高に美味しい紅茶をお願いする」
余分な修飾語がついただけ。
否、難易度が上がった分状況は悪くなった。
だが、いいだろう。
それに応えてこそプロだ。
眼前の美女の好みについては、把握は不可能。
完全に憶測と勘、そして運任せになる。
しかし、それがどうだというのだ。
たとえ、彼女が満足しようとしまいと、プロとしての自尊心が傷つく程度。
それがリスクと言えようか、いや言えまい。
紅茶を淹れて、お客が口をつければお代をいただく。
それがこの世界のルールだ。
仮に失敗しても、お互いが損をするだけ。
彼女はきっと二度とこの店にくることはないし、
浅井は彼女の姿を再び見つけることはない。
ただ、それだけのことだ。
それに、真に、本心から美味い紅茶を飲みたいならば、最初から自分の好みを言うべきだ。
それを彼女は怠った。
美人故の慢心か、
美人故の楽観か。
「かしこまりました。少々、お待ち下さい」
様々な邪推を胸に抱きつつ、浅井は紅茶を淹れに店の奥へと進む。
その頃には、出会った瞬間の緊張は消え失せていた。
いつも通りの浅井の姿に戻っていた。
感情が紅茶の味に影響するタイプの男ではない。
好きな人間でも、嫌いな人間でも同じ味の紅茶を淹れることができる、そんな男だ。
だから、ただ無心で茶葉に向き合い、お湯と語り、カップに注ぐことができる。
しかし、浅井には弱点というか欠点がある。
「ーー自分から、好みを聞けば良かった」
そう、それはおっちょこちょい。
つまり、ドジっ子であるということだ。
美女。
世の中に溢れた、ありふれた褒め言葉。
だけれど、浅井の両眼が捉えたその『美女』は、凡俗のそれらとは一線を画していた。
それも、明確に。
そして、圧倒的な差異をもって。
西洋系だろうか、彫りが深く整った顔立ちに、大きな目。
見慣れない蒼い虹彩。
艶やかな長い黒い髪が、腰のあたりまで伸びている。
肩を出したオープンショルダーのブラウス、合わせることの黒のロングスカート。
意識的にか、それとも無意識か。
結果的に強調されている大きな胸の膨らみに、目線が吸い寄せられる。
「い、いらっしゃいませ……」
突然の来訪者。
それもとびきりの女神相手に、浅井の声は上擦り、噛んだ。
恥ずかしさに顔が赤くなる。
体温の上昇を、意識せずとも感じる。
彼女は店内を軽く見回すと、カフェスペースへ向けて足を進めた。
どこかの令嬢を思わせる、優美な足取り。
その足取りで向かう先は、浅井がいるカウンター席。
「私の名前はセラス。貴方は?」
すとん、と席に座るなり、いきなりの自己紹介。
「……えっと、浅井、です。よろしくお願いします」
何をお願いするのかわからないが、と思いつつ、浅井は彼女に相対する。
吸い込まれそうな大きな瞳。
何かの幻術にかけられているような、この心のざわめき。
メディア以外で久方振りに出会う生身の美女。
浅井にとって、相当に刺激の強い存在であった。
「浅井、か。よろしくな。ーーそれで早速だが」
何事もないように呼び捨てすると、女性は当然のように続きの言葉を紡いだ。
「美味しい紅茶が飲みたい」
とても大雑把な注文である。
紅茶専門店、そのカフェスペースに入り、紅茶の注文をするのは当然である。
だが、ここはあくまで専門店。
曲がりなりにも専門店なのだ。
一口に言っても、紅茶には種類がある。
淹れ方もある。
砂糖の大小、ミルクの過少、味の濃淡。
様々だ。
もちろん、どのような注文にも応える準備と自信はある。
この立地が悪く、小さな店を5年程度切り盛りしてきた経験がある。
だが、
だがーー
「すまない。流石に大雑把だったな」
と彼女は薄く笑う。
浅井はほっと胸を撫で下ろす。
「貴方が作る、最高に美味しい紅茶をお願いする」
余分な修飾語がついただけ。
否、難易度が上がった分状況は悪くなった。
だが、いいだろう。
それに応えてこそプロだ。
眼前の美女の好みについては、把握は不可能。
完全に憶測と勘、そして運任せになる。
しかし、それがどうだというのだ。
たとえ、彼女が満足しようとしまいと、プロとしての自尊心が傷つく程度。
それがリスクと言えようか、いや言えまい。
紅茶を淹れて、お客が口をつければお代をいただく。
それがこの世界のルールだ。
仮に失敗しても、お互いが損をするだけ。
彼女はきっと二度とこの店にくることはないし、
浅井は彼女の姿を再び見つけることはない。
ただ、それだけのことだ。
それに、真に、本心から美味い紅茶を飲みたいならば、最初から自分の好みを言うべきだ。
それを彼女は怠った。
美人故の慢心か、
美人故の楽観か。
「かしこまりました。少々、お待ち下さい」
様々な邪推を胸に抱きつつ、浅井は紅茶を淹れに店の奥へと進む。
その頃には、出会った瞬間の緊張は消え失せていた。
いつも通りの浅井の姿に戻っていた。
感情が紅茶の味に影響するタイプの男ではない。
好きな人間でも、嫌いな人間でも同じ味の紅茶を淹れることができる、そんな男だ。
だから、ただ無心で茶葉に向き合い、お湯と語り、カップに注ぐことができる。
しかし、浅井には弱点というか欠点がある。
「ーー自分から、好みを聞けば良かった」
そう、それはおっちょこちょい。
つまり、ドジっ子であるということだ。
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