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1.雨が呼んだモノ
3.1杯の紅茶
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体感時間としては長かった。
もちろん、注文を受けてからお客を長い間待たせる、なんてことはしない。
そのための下準備であり、そのための技術と経験である。
ーーではあるが、今回は相手が相手である。
初期ほどの緊張はなかったとはいえ、紅茶を淹れるまでの一つ一つの動作への集中の使い方はいつも違った。
その結果、疲労感と淹れ終わった後の充足感が大いに違った。
久しぶりに自身の全力を出せた、そう感じる浅井であった。
「おお、良き香りだ。どこの茶葉を使っている」
大仰な喋り口調。
セラスはカップを顔に近づけて匂いを味わった。
その微かに緩んだ表情を見れば、結果は悪くないと見える。
「企業秘密です」
浅井の答えに、彼女は小さく笑い。
そのままカップを口元に当てた。
併せて砂糖とミルクも出したが、彼女はそれを手にすることはなかった。
ストレート、浅井の作品とも言える一杯を、そのままに味わった。
「成る程、成る程な」
セラスは、カップをテーブルにおく。
呼吸を整えるように、吐息を漏らす。
彼女の外見故だろう、どうにも色っぽく、情動を掻き立てる所作。
生物学上、ヒト種の雄に分類される浅井の心を再度かき乱した。
「舌に触れた瞬間の温かみ。口の中に広がる、爽やかな感覚。甘みと渋みの絶妙なバランス感覚。飲み終えた後の微かな甘み。なんと、なんということ……」
なんだか、別の作品に転移したような感覚。
浅井は自身のほっぺをつねり、痛みによって現実を認識した。
とりあえず、ベタ褒めのようだ。
「あぁ、ああ。これはーー」
料理漫画であれば、服が弾け飛んでいたことだろう。
あるいは、特殊なリアクション空間が形成されていたことだろう。
だけれど、ここは現実世界。
そのような非現実は発生しない。
ここは美女の満足そうな微笑みで満足しよう。
いや、それだけでーー否、それこそが至福であろう。
自身が淹れた、自慢の一杯。
その感覚が目の前の美女と共有できた。
同じものを、同じように美味しいと感じられる。
それ以上の幸福があろうか、いやない。
加えていえば、その対象が美しきものであれば、尚更である。
「気に入っていただけたでしょうか?」
彼女の表情。
つまりは、きらきらと輝く目と、緩んだ口元を見れば十分であった。
だが、言葉にして欲しいこともある。
「無論だ。良き、とても良き紅茶だ!」
高らかに宣言された。
これで、浅井の勝利が確定した。
「それは良かったです。好みも分からなかったので、美味しいと思っていただけるか不安でしたが」
「それも含めて、貴方の技量を試したのだ」
セラスは再度、浅井に微笑みを投げかけた。
ただ、それは、先のような満足感故の笑みではなく。
どこか、誘惑するような種類のそれであった。
「私の理想の一杯に近い。過去最高のできたーーということだから、貴方っ!」
ビシッ、
と強調された効果音でもつきそうな程、見事に指を差された。
当然の如く、白く美しい手。
思わず平伏しそうになるも、男としてのプライドで堪える。
「私に、紅茶の淹れ方、教えてくれんか?」
まさかの講習要求。
成る程、それ目的ということか。
この店にも数人はこの手の客は来たことがある。
だが、浅井は一度としてその要求を受け入れたことはない。
それは、自身がまだ一人前ではないことを自覚しているため。
加えて、人に教えるという時間が惜しい、ということだ。
浅井の店は、忙しくはないが、暇と言うほど暇ではないのだ。
今日は、たまたま雨だったからこんな有様であるが、通常は多少の客が変わり代わりくる。
単価も少し強気な高め設定をしている。
反面、出す茶葉にはこだわりをもっているし、その一杯も常に全力を出している。
ーーつまりは、他人に割く余力はない、ということだ。
……ということで、本来は即答で『無理です』の一言を告げるだけなのだが。
「えっと……それは、少し……」
出てこないのである。
理由は分かりきっている。
言語化するまでもなく、明確であり、浅井自身、その理由を一切の誤解なく把握している。
だが、その理由こそが肝要なのである。
つまりは彼女が美人、であるということ。
さらに、巨乳であるということ。
浅井は、紅茶専門店の店主である前に、一人の男なのである。
生きていれば死は避けらない運命のように。
男である限り、巨乳で美人との交渉は、不利な立場になるしかない。
それが自然の摂理であり、絶対のルール。
もちろん、この世界には趣味趣向が存在する。
貧乳が好き、ぽっちゃりが好き、幼女が好き、熟女が好き、エトセトラ……数え上げればキリがない。
だけれど、浅井は普通に巨乳が好きだったのだ。
その柔らかな肉に触れてみたい、
濡れたブラウスが張り付く肌色の誘惑に抗えないのだ。
「どうした?返答は?」
「うーん……でもなぁ……」
ここまで耐えているだけでも、十分に勲章ものなのである。
並の男であれば即落ちしているところを、
堂々でもなく、
みっともない感じではあるが、
耐えているのだから。
もちろん、注文を受けてからお客を長い間待たせる、なんてことはしない。
そのための下準備であり、そのための技術と経験である。
ーーではあるが、今回は相手が相手である。
初期ほどの緊張はなかったとはいえ、紅茶を淹れるまでの一つ一つの動作への集中の使い方はいつも違った。
その結果、疲労感と淹れ終わった後の充足感が大いに違った。
久しぶりに自身の全力を出せた、そう感じる浅井であった。
「おお、良き香りだ。どこの茶葉を使っている」
大仰な喋り口調。
セラスはカップを顔に近づけて匂いを味わった。
その微かに緩んだ表情を見れば、結果は悪くないと見える。
「企業秘密です」
浅井の答えに、彼女は小さく笑い。
そのままカップを口元に当てた。
併せて砂糖とミルクも出したが、彼女はそれを手にすることはなかった。
ストレート、浅井の作品とも言える一杯を、そのままに味わった。
「成る程、成る程な」
セラスは、カップをテーブルにおく。
呼吸を整えるように、吐息を漏らす。
彼女の外見故だろう、どうにも色っぽく、情動を掻き立てる所作。
生物学上、ヒト種の雄に分類される浅井の心を再度かき乱した。
「舌に触れた瞬間の温かみ。口の中に広がる、爽やかな感覚。甘みと渋みの絶妙なバランス感覚。飲み終えた後の微かな甘み。なんと、なんということ……」
なんだか、別の作品に転移したような感覚。
浅井は自身のほっぺをつねり、痛みによって現実を認識した。
とりあえず、ベタ褒めのようだ。
「あぁ、ああ。これはーー」
料理漫画であれば、服が弾け飛んでいたことだろう。
あるいは、特殊なリアクション空間が形成されていたことだろう。
だけれど、ここは現実世界。
そのような非現実は発生しない。
ここは美女の満足そうな微笑みで満足しよう。
いや、それだけでーー否、それこそが至福であろう。
自身が淹れた、自慢の一杯。
その感覚が目の前の美女と共有できた。
同じものを、同じように美味しいと感じられる。
それ以上の幸福があろうか、いやない。
加えていえば、その対象が美しきものであれば、尚更である。
「気に入っていただけたでしょうか?」
彼女の表情。
つまりは、きらきらと輝く目と、緩んだ口元を見れば十分であった。
だが、言葉にして欲しいこともある。
「無論だ。良き、とても良き紅茶だ!」
高らかに宣言された。
これで、浅井の勝利が確定した。
「それは良かったです。好みも分からなかったので、美味しいと思っていただけるか不安でしたが」
「それも含めて、貴方の技量を試したのだ」
セラスは再度、浅井に微笑みを投げかけた。
ただ、それは、先のような満足感故の笑みではなく。
どこか、誘惑するような種類のそれであった。
「私の理想の一杯に近い。過去最高のできたーーということだから、貴方っ!」
ビシッ、
と強調された効果音でもつきそうな程、見事に指を差された。
当然の如く、白く美しい手。
思わず平伏しそうになるも、男としてのプライドで堪える。
「私に、紅茶の淹れ方、教えてくれんか?」
まさかの講習要求。
成る程、それ目的ということか。
この店にも数人はこの手の客は来たことがある。
だが、浅井は一度としてその要求を受け入れたことはない。
それは、自身がまだ一人前ではないことを自覚しているため。
加えて、人に教えるという時間が惜しい、ということだ。
浅井の店は、忙しくはないが、暇と言うほど暇ではないのだ。
今日は、たまたま雨だったからこんな有様であるが、通常は多少の客が変わり代わりくる。
単価も少し強気な高め設定をしている。
反面、出す茶葉にはこだわりをもっているし、その一杯も常に全力を出している。
ーーつまりは、他人に割く余力はない、ということだ。
……ということで、本来は即答で『無理です』の一言を告げるだけなのだが。
「えっと……それは、少し……」
出てこないのである。
理由は分かりきっている。
言語化するまでもなく、明確であり、浅井自身、その理由を一切の誤解なく把握している。
だが、その理由こそが肝要なのである。
つまりは彼女が美人、であるということ。
さらに、巨乳であるということ。
浅井は、紅茶専門店の店主である前に、一人の男なのである。
生きていれば死は避けらない運命のように。
男である限り、巨乳で美人との交渉は、不利な立場になるしかない。
それが自然の摂理であり、絶対のルール。
もちろん、この世界には趣味趣向が存在する。
貧乳が好き、ぽっちゃりが好き、幼女が好き、熟女が好き、エトセトラ……数え上げればキリがない。
だけれど、浅井は普通に巨乳が好きだったのだ。
その柔らかな肉に触れてみたい、
濡れたブラウスが張り付く肌色の誘惑に抗えないのだ。
「どうした?返答は?」
「うーん……でもなぁ……」
ここまで耐えているだけでも、十分に勲章ものなのである。
並の男であれば即落ちしているところを、
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みっともない感じではあるが、
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