紅茶と悪魔を【R18】

くわっと

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2.カフェでの日常・非日常

6.ショートコント『接客』

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苦笑を堪えつつ、浅井は店の中を案内する。
幸か不幸か、店の中は広くはない。
というより、普通に狭い。
だが、それは他と比較してという意味に過ぎない。
綺麗かつ丁寧に掃除をしようと思えば、一人では少々分が悪い。
事実、浅井の仕事量の多くをこの『掃除』に占有されている。
カウンターは勿論、各所のテーブル、雑誌ラック、窓、トイレ、目につくところ、つかないところを問わず、掃き掃除に拭き掃除を行う必要がある。
別段、掃除は嫌いではなかった。
汚れが消えれば気持ちもすっきりするし、目の前の混沌を消すことにより、何か成し遂げた感覚を得ることができる。
しかし、その結果に酔ってしまっているのもまた事実。
浅井は掃除の求道者ではない。
紅茶を極める、という目的からは遠く離れてしまっている。

「成る程な、各所に簡易の掃除道具を置き、掃除への心理負荷を減らしている。気づいた際に即断即決を促す、良き心理効果だな」

うんうん、と納得するようにセラスは頷く。
働くと自ら切り出したのだから、この手の雑務は彼女にのしかかる。
そこに美人も不美人も関係ない。
線引きはしっかりしないといけない。

「裏方仕事は嫌いではない。この通り、給仕用の服を持っているくらいだからな」

「そうですか。なら、期待させてもらいます」

自宅をその格好で掃除しているのか。
想像すると笑ってしまいそうになるが。
彼女に自身の常識は通用しない。
そもそも、『セラス』という名前からして日本人ではない。
目も蒼いし、髪は黒いが日本人らしからぬスタイルをしている。
異文化交流をしているつもりでいかなければ。

「じゃあ、接客の方も教えていこうか」

「よろしく頼む」

頼む、という相変わらずの口調。
口を開かなければ、ただの美人であるのに。
極力、喋らない無口メイド設定の方がいいのかもしれない。
だけれど、本人はやる気のようだから、一応試してはみようか。
ーー浅井は内心でよし、と心を決めて言葉を繋いだ。

「軽く流れを教える前に、状況を確認してみようか。僕がお客さんをやるから、一度接客をしてみてくれないか」

「ショートコントのような入りだな。だが、承知した。任された」

うむ、という風に頷くと、一本後ろに控えた。
先ほどまでの軽薄かつ不遜な雰囲気が消失。
口を開く前のーー初対面の美人が目の前に現れる。

「お、おぅっ……」

変な声が浅井の口から漏れた。
その様子をクリスはくすっと笑う。

「どうかなされましたか?」

それも、丁寧な口調で。
やればできるタイプの女性らしい。

「いや、何でもない。こうゆう変わった人もいるから、その人をイメージしてみただけだ」

「そうですか。それは重畳」

口元に手を当て、上品に笑みを隠す。
くそ、いきなり失敗した。
別段、マウントをとるつもりはなかったが、これでは店主の名目が丸潰れである。
いや、そんなもの最初からなかったか。
多少は堪えたとはいえ、押されるままに、言われるままに雇ってしまったのだから。

「カランコロン、カラン」

浅井は口でベルの物真似をする。
実に低クオリティ。
まさにショートコントの入りであった。
だがセラスは笑うこともなく、平然としていた。

「いらっしゃませ」

笑う代わりに、微笑みを。
純度100%の営業スマイル、足すことの文句のつけがたい見事なお辞儀。
スタイルが良いだけに、その曲線美がワンランク上のおもてなし感を演出していた。
ただの中肉中背、一般的かつ平均的な日本人男性たる浅井には真似できない芸当であった。

「どうかなさいましたか、お客様?」

予想以上のクオリティの高さに度肝を抜かれている浅井の心中を読んでいるのか、セラスはクスリと笑った。
先の営業的なソレとは違う、少女のような悪戯っぽい笑顔。
その笑顔に、下半身ではなく、胸を締め付けられた。
浅井は、自身の胸に小人の存在を感じた。
心を抉る、可愛くも残虐な小人の存在を。
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