紅茶と悪魔を【R18】

くわっと

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2.カフェでの日常・非日常

10.悪魔の囁き

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「それで、その後はどうなったのだ?卒業して、普通に就職でもしたのか?」

「いいえ。話はここからです。状況が落ち着いてから、再び僕はあの店を訪れました。あの時以来、何度も店の前を通りはしましたが、忙しくて入る暇も精神的余裕もなかったので」

浅井は自身もカップに口をつけた。
……我ながら美味しい。
温かくて、柔らかくて。
でも、あの域にはたどり着けていない。
思い出の中のあの味は、やはり遙か遠く。

「でも、中に入ることはできませんでした」

「どうして?」

「既に閉店していたからです」

「それはーー不運だったな」

セラスは言いつつ、目を伏せる。
そういった気遣いができる女性らしい。
案外、優しいところもあるようだ。

「いえ、もう大分昔のことなので、気にしないでください。気持ちの整理はできていますし、死に別れた訳でもない。運が良ければ、また会えますよ」

力なく浅井は笑った。
気にしていない、確かにそれは事実である。
店主とは一度紅茶を出された関係、家族でも恋人でも、親友ですらない。
真っ赤な他人だ。
だけれども、その他人に人生を大きく変えられた。
いや、正しくは変える理由になった。
そんな人物に会うチャンスを失った、というのはそれなりに心に傷を残した。
浅いが、それでいて鈍く痛む。
治り難い傷を。

この広い世界の中、運良く会える確率なんてそう高くはないだろう。
それに、あの年齢だ、きっと浅井よりは早く死ぬ。
人の出会いは一期一会、どうしてあの時、もっと話をしなかったのかと自責の念に駆られる。
研究よりも、就職よりも、大事な世界がそこにはあった。
あったということに、終わってから気づく、愚か者。

「なので、あの味を再現してみようーーということで、巡り巡って今に至る、というわけです」

話はここから、と言いつつ、浅井はその話を結んだ。
思い出に刃、というのは心に痛いからだ。
痛みに耐えてまで、話すべきことではない。
それに、大枠は、粗筋は話すことができた。
これで十分だろう。

「……後半、かなり短くしたな」

少し不満げにクリスは言う。
だけれど、別段それを責める雰囲気はなかった。

「無駄に長引かせても仕方がないので。大して面白くもなく、大事な所でもありません。ディレクターズカット、というやつです。

「まあいい。未公開の部分は、またいづれ聞かせてもらおう。全て一度に聞いては、それはそれで味気ない」

言いつつ、彼女はカップを再度口につけた。

「茶菓子には程良い話だったな」

と、空になったカップをテーブルに置く。
かつんと、高い音が響く。

「しかし、これは良くないな」

悩ましげに、呟くように彼女は言う。
髪はかきあげ、濡れたような瞳を浅井に向ける。
はぁ、と溜息とは違う、色っぽい息遣い。

「な、何がですか?」

彼女の言葉に、浅井は同様しながら反応した。
ついさっき、真面目な過去語りをしたばかりなのにこの状況。
戻れない過去への後悔とは別種の、胸の痛み。
苦しく、それと同時に心地よい。

「なんだかんだとお預け状態だったのでな。存外、カフェの店員というのも忙しい。君の全力の一杯、というのが久し振りだった。あの雨の日以来だ」

故にーーと、セラスは立ち上がる。
てくり、てくりと。
かつ、かつと。
焦らすように浅井の元へと動く。
そして、ちょこんと隣に座る。
向かい併せから、隣同士。
隣接距離。

物理的距離が近づく。
息遣いが聞こえる。
紅茶とは異なる匂いが、香りが届く。
甘い、脳を揺さぶる香り。

「セラスさん?」

「そうだ、私の名前はセラス。セラス=アシュメダイト」

アシュメダイト?
犯されつつある思考の中で、その単語には引っかかる。
知っている、という訳ではなく、単純な違和感。

「人に堕ちた、悪魔の一柱の成れの果てだ」

彼女は、
自称元悪魔の彼女は。
浅井の耳元で囁くように言った。
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