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第3部 恋するウサギはくじけないっ!
第31話 『悪意』はより純粋な『悪意』によって嚙み砕かれる
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クズ高の連中から、命からがら逃げだした翌日の土曜日。
なんだか最近ずっと誰かに追われているよなぁ、なんてことを考えながら、土曜日だというのに俺は2年A組へと出勤、もとい登校するべく、トロトロと学校へと続く坂道を歩いていた。
もちろん森実祭の準備を進めるためでる。
休日だというのに学校へ登校させられる……こうやって世の学生たちは一流の社畜となるべく日々教育を施されていくのである。
世界よ、これが社畜大国『日本』だっ!
「遅いっ! いつまでワガハイを待たせるつもりだ、下僕1号! 上級国民のつもりか? この下等生物がっ!」
「おっ、うさみん。おーす」
肛門――違う――校門をくぐるなり、バカチワワよろしくキャンキャンッ! 吠えるパツキン巨乳が、俺を温かく出迎えきてくれた。
いつものように発情期のお猿がごとく怒り狂っている姿を見て、ほっと安堵の吐息をこぼす。
どうやらすっかり元気を取り戻したらしい。
芽衣の家で一晩明かして、何か吹っ切れたのかな?
その顔は妙に清々しい印象を受けた。
「あれ? 芽衣とよこたんは? 一緒じゃねぇの?」
「お姉さまとヨッシーは、コンビニに寄ってから来るから、少し遅れるのじゃ。ワガハイは貴様に用があるから、先に来たがな」
「用? 俺に? なになに? 朝からこのイケメンフェイスが恋しくて、会いに来たのか?」
「真顔で気色の悪いことを言うでない……礼を言おうとする気が失せるじゃろうが」
朝から『うぷぷっ♪ そんなコトも分からないの? ザーコ♥』とメスガキムーブをブチかましてくるロリ巨乳に、俺のお股のグングニルが怒髪天を貫きそうになる。
まったく、ここに居るのが英国紳士も裸足で逃げ出す俺じゃなければ、今頃おまえ、COMICエ●オーデビューしている所だぞ?
気を付けろよな。
それにしても『お姉さま』と『ヨッシー』って……この一晩で随分とまぁ仲良くなったもので――って、うん?
「俺にお礼? うさみんが? 何の?」
「う、うむ」
お股の如意棒を勃てる代わりに、中指を立てようとした俺に、うさみんはモジモジと、どこか恥ずかしがるように視線を明後日の方向へ流した。
その姿はまるで恋する乙女のように可憐で、はっは~ん?
さてはキサマ、俺を攻略しにきているな?
「そのぅ……昨日はスマンかったな。勝手に逃げ出して……。心配をかけたみたいで……」
「OK、結婚し――あぁ、その件ね。別に気にすんなよ、ダチ公だろ? ハハッ!」
あっぶねぇぇぇぇぇぇっ!
危うく逆プロポーズして、幸せな家庭を築くところだったぁぁぁぁぁっっ!?
全身の毛穴という毛穴から謎の液体を噴出しつつ、思わず誤魔化すように某ネズミの国のマスコットキャラクターのような甲高い声が唇からまろび出る。
ふふっ、男心を巧みに弄ぶとは……なかなかヤルじゃないか、うさみん?
その齢にして、もうすでに男を手玉に取る技術を確立しているとは、なんて恐ろしい女なんだ。
まさにその姿は将来、都心の高級クラブに出稼ぎにいくウーマンそのものっ!
「そ、そんな事よりもっ! 昨日の夜はちゃんと元気と仲直り出来たか?」
身体中に迸る戦慄に気づかれないように、ナチュラルに話題を変えるのだが、何故か小首を傾げるロリ巨乳。
やっべ!?
あまりにもごく自然に話題を変え過ぎたせいで、逆に不自然に思われたか!?
俺のトークスキルの高さが、仇となったか!?
「いや、猿野とはまだ喧嘩別れ中じゃ。というか『昨日の夜』とは何ぞや?」
「??? だから、昨日の夜、元気と会っただろう?」
「んっ? ……会ってないが?」
うさみんは怪訝そうな瞳で俺を見上げてきて、あっれ~?
「昨日の晩、元気と会ってないの、おまえ?」
「う、うむ。昨日はずっと、お姉さまとヨッシーの家で恋バナをしておったぞい」
うさみんは嘘を吐いている風もなく、あっけらかんとそう言った。
んんん~?
「ありりっ? おかしいなぁ?」
「何がじゃ1号?」
「いや昨日の晩さ、俺、元気に会いに行ったんだよ。んで、そのあと元気のヤツがさ、今からうさみんの所に行くって言って、おまえらの家に向かって駆けだして行ったんだけど……」
「い、1号キサマ……よく喧嘩した直後の親友のもとまで素面で行けるな……? メンタルダイヤモンドか?」
豆腐メンタルが何か言っていたが、構わず俺は思考を走らせる。
う~ん、おかしいなぁ?
アイツは「やる」と言ったことは意地でも貫き通す頑固者なハズなんだが……もしかして芽衣の家が分からなかったとか?
もしくはオートロックの解除方法が分からず、諦めたとかか?
いや、アイツなら何らかの手段を使って芽衣の家の住所も割り出すし、オートロックなんて10秒あれば突破してしまうだろう。
おいおい、なんなのアイツ?
ルパンなの?
三世なの?
誰かとっつぁんを呼んで来い!
なんて思っていると、ぶるるるん♪ とポケットに入れていたスマホが勢いよく震えだす。
「スマホが鳴っとるぞ1号? 相手は誰じゃ? さ、猿野か?」
「んにゃ、よこたん」
スマホの画面には『よこたん』の文字が燦然と輝いていた。
アイツがこんな時間に電話してくるなんて珍しいなぁ。
なんて考えながら、スマホの通話ボタンをタップする。
「ヘイこちら、あなたのお耳の恋人シロウ・オオカミのスマホになりやすっ!」
「キサマ、いつもそのテンションで、ヨッシーの電話に出ておるのか……」
何故かほんのりドン引きしているうさみんを横目に、よこたんに声をかけるのだが……返事がない。ただの屍のようだ。
あっれ~?
おかしいなぁ?
いつもなら『もう、なにそれ~?』と甘い笑い声が俺の鼓膜と心を癒してくれるハズなのに、今日は一向に喋る気配がないぞぉ?
「よこたん? よこた~ん? なんで喋ってくれないの? もしかしてオコなの? 激オコなの? 師匠、何かしちゃった? お~い? 元気ですかぁっ!?」
『――――おはようございます喧嘩狼』
俺がアントニオ的な猪木のように、しゃくれたまま「いくぞぉっ!」と気合を入れようとした瞬間、電話越しから爆乳わん娘ではない別の男の声が、鼓膜を震わせた。
俺はこの男の声を知っている。
これは確か、昨日テントマン鷹野と一緒に居た、スキンヘッドの。
「……大和田くぅ~ん。な~んでチミの不愉快な声が、俺の愛弟子のスマホから聞こえてくるのかなぁ?」
「拾ったんですよ。さっきコンビニで。偶然にも、ね。でもまさか、このスマホの持ち主が大神様と面識のある方だったなんて……ほんと世の中狭いですよねぇ」
「偶然……?」
「えぇ、偶然です」
大和田の白々しい声音が耳朶を叩く。
ただならぬ雰囲気を察したのだろう、うさみんが『ワガハイにも聞かせろっ!』とアイコンタクトを飛ばしてきた。
俺は小さく頷くながら素早くスマホを操作して、うさみんにも聞こえるようにスピーカーモードへと切り替えた。
途端に大和田の不愉快極まりない声が、登校中の生徒たちに紛れて木霊する。
「そうそう、偶然ついでにもう1つ、拾ったモノがあったんでした。もしかしたら大神様の所有物かもしれませんので、確認のほどをよろしくお願いします」
確認? と俺がつぶやくのと同時に、
――ヒュポッ。
とラインに『ある画像』が送られてきた。
「? 1号、何か送られてきて――ひぃっ!?」
俺のスマホに視線を落としていたうさみんが、小さく悲鳴をあげた。
大和田から送られてきた画像。
スマホの画面一杯に映りこんだソレ。
――猿野元気が顔を腫らして頭から血を流している姿が、そこにはあった。
さらにはその背後で、制服姿の古羊姉妹が、手足を拘束されている姿が映っていて……
「どうでしょうか? 大神様の所有物で間違いなかったでしょうか?」
「大和田くぅ~ん? 随分とまぁ、手の込んだマネをしてくれるじゃないの? 自殺志願者かな?」
「はて? ナニを言っているのか分かりませんね?」
大和田のクソ野郎の上機嫌な声が、肌を撫でる。
途端に全身の産毛という産毛が逆立ち、こめかみの血管がブチ切れそうなくらい、目の前が赤く染まる。
痛いくらい眉根が寄り、みっともないほど鼻息が荒くなる。
一瞬にして身体中の細胞が『怒り』の感情に支配されたのが分かった。
「3人にナニをしやがった?」
「質問をしているのはコチラですよ、大神様? それと、あまり舐めた態度をとっていますと、大神様の所有物が『うっかり』傷ついちゃうかもしれませんよ?」
胸に去来したのは 強烈な嫌悪感と汚泥にまみれた悪意のみ。
気を抜いたら、怒りでどうにかなってしまいそうだ。
何度も何度も「落ち着け、落ち着け」と、呪文のように繰り返し、自分に言い聞かせる。
「要求は?」
「『要求』だなんて、とんでもないっ! わたくしたちはただ、大神様の所有物を返却してさしあげようと思っているだけです」
大和田は白々しい態度で、いかにも親切心からきていると言わんばかりに口をひらいた。
「まぁただ、返却する際に2点ほど約束していただきたいことがございますが」
「約束?」
「はい。今回の件、警察ないしは教職員には伝えないようにお願いします。まぁ万が一、約束を反故にされたら、残念ですか返却はナシです。そうなったら、大神様の所有物が壊れてしまうかもしれませんねぇ」
「……なにが約束だ。脅迫の間違いじゃねぇか」
大和田はこちらの話に耳を傾けることなく、残りの『約束』とやらを、聞いてもいないのに勝手に説明しはじめた。
「もう1点は時間厳守でお願いします。受け取り場所は、町はずれにある使用されていない倉庫。受け取り時間は本日の午前9時となります」
チラッ、と時計を確認する。
時刻は8時ちょい過ぎ。
約束の時間まで、もう1時間を切っていた。
町はずれの倉庫まで、学校からだと40分はかかる。
コイツら、俺に準備するヒマを与えない気か。
言葉の節々から『今日狩られるのはオマエの方だ』と告げられているかのようだ。
ほんと気にくわない野郎である。
「別にお仲間を呼んでいただいても構いませんよ? ……まぁ、お仲間が居ればの話なんですけどね?」
「人を童貞ボッチみたいに言うの、やめてくんない?」
「それでは失礼致します、大神様。……あなたがやってくるのを、わたくしたち一同、楽しみに待っていますよ」
こちらの返事にリアクションすることも無く、ブツッ! と一方的に通話を切られる。
俺はスマホを固く握りしめながら、今、登ってきたばかりの坂を下るように踵を返そうとして。
「待て、下僕1号」
うさみんに止められた。
「これは明らかに罠じゃ。行けば死ぬぞ?」
「行かなくても死ぬんだよ、俺は」
暴れ狂う熱量が、勝手に俺の唇を動かしていく。
「ここで立ち止まったら、俺が『俺』じゃなくなるんだ。そんなもん、死んだも同然だ」
「……己の美学のために死ぬとは、相変わらずロマンチストなヤツじゃのう」
「止めるなよ、うさみん?」
「誰が止めるか、バカたれめ」
気がつくと、うさみんはニンマリと笑みを深めながらバシバシッ! と俺の背中を勢いよく叩き出した。
「では行くとするかのう1号。猿野たちを救出しに」
「うさみん、おまえ……」
「言っておくが『来るな!』とか言うでないぞい? 別に貴様のためではない、ワガハイは一刻も早く、猿野と仲直りせねばならんからのう。ゆえにワガハイはワガハイのために行く」
文句は無いじゃろ? と、挑発的な笑みを浮かべるロリ巨乳。
文句なんて最初からねぇよ、バカ。
自然と2人して口元に笑みが浮かんでくる。
こんなときだというに、無性に楽しくなってきやがった。
「それにキサマの事じゃ。勝算が無いワケでは無いのじゃろう?」
「流石うさみん、よくお分かりで」
俺は握り締めたスマホから『とある』グループラインを画面に開く。
そのまま流れるように『緊急事態コール:タイプD 発令』と素早く打ち込み、ラインへ送信。
瞬間、間髪入れずに100以上の既読がついた。
「それで? 一体どうやって猿野たちを救出するんじゃ?」
「流石に俺1人じゃ救出は難しいだろうからさ、『お仲間』に頼ることにしたわ」
「お仲間?」
はて? と首を傾げるうさみんに、コクリと頷きながら、俺はいそいそと自分の鞄の中を漁り始める。
確かここらへんに入れておいたハズなんだが……おっ?
あった、あった!
「おう。奴さんも『お仲間を呼んでいただいて構わない』って言ってたからさ、お言葉に甘えようと思って」
「どういう意味じゃ?」
「そうだなぁ、分かりやすく言うのであれば――アイツらは拉致する人間を間違えた」
そう言って俺は、鞄から純白のブリーフを1枚取り出した。
なんだか最近ずっと誰かに追われているよなぁ、なんてことを考えながら、土曜日だというのに俺は2年A組へと出勤、もとい登校するべく、トロトロと学校へと続く坂道を歩いていた。
もちろん森実祭の準備を進めるためでる。
休日だというのに学校へ登校させられる……こうやって世の学生たちは一流の社畜となるべく日々教育を施されていくのである。
世界よ、これが社畜大国『日本』だっ!
「遅いっ! いつまでワガハイを待たせるつもりだ、下僕1号! 上級国民のつもりか? この下等生物がっ!」
「おっ、うさみん。おーす」
肛門――違う――校門をくぐるなり、バカチワワよろしくキャンキャンッ! 吠えるパツキン巨乳が、俺を温かく出迎えきてくれた。
いつものように発情期のお猿がごとく怒り狂っている姿を見て、ほっと安堵の吐息をこぼす。
どうやらすっかり元気を取り戻したらしい。
芽衣の家で一晩明かして、何か吹っ切れたのかな?
その顔は妙に清々しい印象を受けた。
「あれ? 芽衣とよこたんは? 一緒じゃねぇの?」
「お姉さまとヨッシーは、コンビニに寄ってから来るから、少し遅れるのじゃ。ワガハイは貴様に用があるから、先に来たがな」
「用? 俺に? なになに? 朝からこのイケメンフェイスが恋しくて、会いに来たのか?」
「真顔で気色の悪いことを言うでない……礼を言おうとする気が失せるじゃろうが」
朝から『うぷぷっ♪ そんなコトも分からないの? ザーコ♥』とメスガキムーブをブチかましてくるロリ巨乳に、俺のお股のグングニルが怒髪天を貫きそうになる。
まったく、ここに居るのが英国紳士も裸足で逃げ出す俺じゃなければ、今頃おまえ、COMICエ●オーデビューしている所だぞ?
気を付けろよな。
それにしても『お姉さま』と『ヨッシー』って……この一晩で随分とまぁ仲良くなったもので――って、うん?
「俺にお礼? うさみんが? 何の?」
「う、うむ」
お股の如意棒を勃てる代わりに、中指を立てようとした俺に、うさみんはモジモジと、どこか恥ずかしがるように視線を明後日の方向へ流した。
その姿はまるで恋する乙女のように可憐で、はっは~ん?
さてはキサマ、俺を攻略しにきているな?
「そのぅ……昨日はスマンかったな。勝手に逃げ出して……。心配をかけたみたいで……」
「OK、結婚し――あぁ、その件ね。別に気にすんなよ、ダチ公だろ? ハハッ!」
あっぶねぇぇぇぇぇぇっ!
危うく逆プロポーズして、幸せな家庭を築くところだったぁぁぁぁぁっっ!?
全身の毛穴という毛穴から謎の液体を噴出しつつ、思わず誤魔化すように某ネズミの国のマスコットキャラクターのような甲高い声が唇からまろび出る。
ふふっ、男心を巧みに弄ぶとは……なかなかヤルじゃないか、うさみん?
その齢にして、もうすでに男を手玉に取る技術を確立しているとは、なんて恐ろしい女なんだ。
まさにその姿は将来、都心の高級クラブに出稼ぎにいくウーマンそのものっ!
「そ、そんな事よりもっ! 昨日の夜はちゃんと元気と仲直り出来たか?」
身体中に迸る戦慄に気づかれないように、ナチュラルに話題を変えるのだが、何故か小首を傾げるロリ巨乳。
やっべ!?
あまりにもごく自然に話題を変え過ぎたせいで、逆に不自然に思われたか!?
俺のトークスキルの高さが、仇となったか!?
「いや、猿野とはまだ喧嘩別れ中じゃ。というか『昨日の夜』とは何ぞや?」
「??? だから、昨日の夜、元気と会っただろう?」
「んっ? ……会ってないが?」
うさみんは怪訝そうな瞳で俺を見上げてきて、あっれ~?
「昨日の晩、元気と会ってないの、おまえ?」
「う、うむ。昨日はずっと、お姉さまとヨッシーの家で恋バナをしておったぞい」
うさみんは嘘を吐いている風もなく、あっけらかんとそう言った。
んんん~?
「ありりっ? おかしいなぁ?」
「何がじゃ1号?」
「いや昨日の晩さ、俺、元気に会いに行ったんだよ。んで、そのあと元気のヤツがさ、今からうさみんの所に行くって言って、おまえらの家に向かって駆けだして行ったんだけど……」
「い、1号キサマ……よく喧嘩した直後の親友のもとまで素面で行けるな……? メンタルダイヤモンドか?」
豆腐メンタルが何か言っていたが、構わず俺は思考を走らせる。
う~ん、おかしいなぁ?
アイツは「やる」と言ったことは意地でも貫き通す頑固者なハズなんだが……もしかして芽衣の家が分からなかったとか?
もしくはオートロックの解除方法が分からず、諦めたとかか?
いや、アイツなら何らかの手段を使って芽衣の家の住所も割り出すし、オートロックなんて10秒あれば突破してしまうだろう。
おいおい、なんなのアイツ?
ルパンなの?
三世なの?
誰かとっつぁんを呼んで来い!
なんて思っていると、ぶるるるん♪ とポケットに入れていたスマホが勢いよく震えだす。
「スマホが鳴っとるぞ1号? 相手は誰じゃ? さ、猿野か?」
「んにゃ、よこたん」
スマホの画面には『よこたん』の文字が燦然と輝いていた。
アイツがこんな時間に電話してくるなんて珍しいなぁ。
なんて考えながら、スマホの通話ボタンをタップする。
「ヘイこちら、あなたのお耳の恋人シロウ・オオカミのスマホになりやすっ!」
「キサマ、いつもそのテンションで、ヨッシーの電話に出ておるのか……」
何故かほんのりドン引きしているうさみんを横目に、よこたんに声をかけるのだが……返事がない。ただの屍のようだ。
あっれ~?
おかしいなぁ?
いつもなら『もう、なにそれ~?』と甘い笑い声が俺の鼓膜と心を癒してくれるハズなのに、今日は一向に喋る気配がないぞぉ?
「よこたん? よこた~ん? なんで喋ってくれないの? もしかしてオコなの? 激オコなの? 師匠、何かしちゃった? お~い? 元気ですかぁっ!?」
『――――おはようございます喧嘩狼』
俺がアントニオ的な猪木のように、しゃくれたまま「いくぞぉっ!」と気合を入れようとした瞬間、電話越しから爆乳わん娘ではない別の男の声が、鼓膜を震わせた。
俺はこの男の声を知っている。
これは確か、昨日テントマン鷹野と一緒に居た、スキンヘッドの。
「……大和田くぅ~ん。な~んでチミの不愉快な声が、俺の愛弟子のスマホから聞こえてくるのかなぁ?」
「拾ったんですよ。さっきコンビニで。偶然にも、ね。でもまさか、このスマホの持ち主が大神様と面識のある方だったなんて……ほんと世の中狭いですよねぇ」
「偶然……?」
「えぇ、偶然です」
大和田の白々しい声音が耳朶を叩く。
ただならぬ雰囲気を察したのだろう、うさみんが『ワガハイにも聞かせろっ!』とアイコンタクトを飛ばしてきた。
俺は小さく頷くながら素早くスマホを操作して、うさみんにも聞こえるようにスピーカーモードへと切り替えた。
途端に大和田の不愉快極まりない声が、登校中の生徒たちに紛れて木霊する。
「そうそう、偶然ついでにもう1つ、拾ったモノがあったんでした。もしかしたら大神様の所有物かもしれませんので、確認のほどをよろしくお願いします」
確認? と俺がつぶやくのと同時に、
――ヒュポッ。
とラインに『ある画像』が送られてきた。
「? 1号、何か送られてきて――ひぃっ!?」
俺のスマホに視線を落としていたうさみんが、小さく悲鳴をあげた。
大和田から送られてきた画像。
スマホの画面一杯に映りこんだソレ。
――猿野元気が顔を腫らして頭から血を流している姿が、そこにはあった。
さらにはその背後で、制服姿の古羊姉妹が、手足を拘束されている姿が映っていて……
「どうでしょうか? 大神様の所有物で間違いなかったでしょうか?」
「大和田くぅ~ん? 随分とまぁ、手の込んだマネをしてくれるじゃないの? 自殺志願者かな?」
「はて? ナニを言っているのか分かりませんね?」
大和田のクソ野郎の上機嫌な声が、肌を撫でる。
途端に全身の産毛という産毛が逆立ち、こめかみの血管がブチ切れそうなくらい、目の前が赤く染まる。
痛いくらい眉根が寄り、みっともないほど鼻息が荒くなる。
一瞬にして身体中の細胞が『怒り』の感情に支配されたのが分かった。
「3人にナニをしやがった?」
「質問をしているのはコチラですよ、大神様? それと、あまり舐めた態度をとっていますと、大神様の所有物が『うっかり』傷ついちゃうかもしれませんよ?」
胸に去来したのは 強烈な嫌悪感と汚泥にまみれた悪意のみ。
気を抜いたら、怒りでどうにかなってしまいそうだ。
何度も何度も「落ち着け、落ち着け」と、呪文のように繰り返し、自分に言い聞かせる。
「要求は?」
「『要求』だなんて、とんでもないっ! わたくしたちはただ、大神様の所有物を返却してさしあげようと思っているだけです」
大和田は白々しい態度で、いかにも親切心からきていると言わんばかりに口をひらいた。
「まぁただ、返却する際に2点ほど約束していただきたいことがございますが」
「約束?」
「はい。今回の件、警察ないしは教職員には伝えないようにお願いします。まぁ万が一、約束を反故にされたら、残念ですか返却はナシです。そうなったら、大神様の所有物が壊れてしまうかもしれませんねぇ」
「……なにが約束だ。脅迫の間違いじゃねぇか」
大和田はこちらの話に耳を傾けることなく、残りの『約束』とやらを、聞いてもいないのに勝手に説明しはじめた。
「もう1点は時間厳守でお願いします。受け取り場所は、町はずれにある使用されていない倉庫。受け取り時間は本日の午前9時となります」
チラッ、と時計を確認する。
時刻は8時ちょい過ぎ。
約束の時間まで、もう1時間を切っていた。
町はずれの倉庫まで、学校からだと40分はかかる。
コイツら、俺に準備するヒマを与えない気か。
言葉の節々から『今日狩られるのはオマエの方だ』と告げられているかのようだ。
ほんと気にくわない野郎である。
「別にお仲間を呼んでいただいても構いませんよ? ……まぁ、お仲間が居ればの話なんですけどね?」
「人を童貞ボッチみたいに言うの、やめてくんない?」
「それでは失礼致します、大神様。……あなたがやってくるのを、わたくしたち一同、楽しみに待っていますよ」
こちらの返事にリアクションすることも無く、ブツッ! と一方的に通話を切られる。
俺はスマホを固く握りしめながら、今、登ってきたばかりの坂を下るように踵を返そうとして。
「待て、下僕1号」
うさみんに止められた。
「これは明らかに罠じゃ。行けば死ぬぞ?」
「行かなくても死ぬんだよ、俺は」
暴れ狂う熱量が、勝手に俺の唇を動かしていく。
「ここで立ち止まったら、俺が『俺』じゃなくなるんだ。そんなもん、死んだも同然だ」
「……己の美学のために死ぬとは、相変わらずロマンチストなヤツじゃのう」
「止めるなよ、うさみん?」
「誰が止めるか、バカたれめ」
気がつくと、うさみんはニンマリと笑みを深めながらバシバシッ! と俺の背中を勢いよく叩き出した。
「では行くとするかのう1号。猿野たちを救出しに」
「うさみん、おまえ……」
「言っておくが『来るな!』とか言うでないぞい? 別に貴様のためではない、ワガハイは一刻も早く、猿野と仲直りせねばならんからのう。ゆえにワガハイはワガハイのために行く」
文句は無いじゃろ? と、挑発的な笑みを浮かべるロリ巨乳。
文句なんて最初からねぇよ、バカ。
自然と2人して口元に笑みが浮かんでくる。
こんなときだというに、無性に楽しくなってきやがった。
「それにキサマの事じゃ。勝算が無いワケでは無いのじゃろう?」
「流石うさみん、よくお分かりで」
俺は握り締めたスマホから『とある』グループラインを画面に開く。
そのまま流れるように『緊急事態コール:タイプD 発令』と素早く打ち込み、ラインへ送信。
瞬間、間髪入れずに100以上の既読がついた。
「それで? 一体どうやって猿野たちを救出するんじゃ?」
「流石に俺1人じゃ救出は難しいだろうからさ、『お仲間』に頼ることにしたわ」
「お仲間?」
はて? と首を傾げるうさみんに、コクリと頷きながら、俺はいそいそと自分の鞄の中を漁り始める。
確かここらへんに入れておいたハズなんだが……おっ?
あった、あった!
「おう。奴さんも『お仲間を呼んでいただいて構わない』って言ってたからさ、お言葉に甘えようと思って」
「どういう意味じゃ?」
「そうだなぁ、分かりやすく言うのであれば――アイツらは拉致する人間を間違えた」
そう言って俺は、鞄から純白のブリーフを1枚取り出した。
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