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なんとか開店準備を終わらせると、すでに開店時間の五分前だった。ぎりぎりなんとか開店前に作業は終わらせられたけど、圧倒的にいつもより遅い。
婚約話を申し込まれるのならさっさと申し込んで、この一件をどうにかしたい、と思う反面、婚約話が本決まりすれば、今度こそわたしは『リノ』をやめて、コンフィッター家のシノリア・コンフィッターに戻らないといけない。
逃げ場がないこの期に及んでも、縛りのない今日がまた続かないかな、と夢を見ているのだ。
――カラン。
今日何度目か分からない溜息を吐こうとしたところで、入口のドアベルが鳴る。わたしは慌てて溜息を飲み込んだ。
開店には早いけど、まあ、五分くらいならいいか。
わたしはそう思って、入口の方を見て、声をかけようとして――。
「いらっしゃ、いま――」
――言葉を失った。
そこに立っているのは、エストラント様と、一人の男性だったからだ。二人ともそれなりに平民の街で目立たない恰好をしているけれど、間違いなく本人。エストラント様の後ろにいる連れは、確実に護衛だろう。そんな感じの風貌だ。
わたしはゆっくりとすーっと息を吸うと、「開店時間まで時間がありますので、少々お待ちください……」と言って、奥へ引っ込む。
やばい、やばいってこれ。
わたし自身がバレる心配はそこまでしていない。貴族令嬢としてのわたしを知っていて、その上女慣れしているソルヴェード様がわたしを一発で見抜けなかったのだ。エストラント様に見抜けるわけがない。
問題は『シルくん』だ。
多少変装を教え込み、彼も慣れてきたようだけれど、それでも別人のごとく、がらっと変わったわけじゃない。身内が見れば一発で化粧とヴィッグで誤魔化したソルヴェード様だと分かってしまう。
「シルくんシルくんシルくん」
わたしは小声で彼に声をかける。
ソルヴェード様がいるのは、キッチンの近くにある、食器や備品がある棚の前。客席と区切りをつけるために衝立は立っているが、その高さはわたしが丁度隠れるくらいの高さ。わたしよりも頭一つ以上背の高い彼は、ばっちり見えてしまう。
「しゃがんで、隠れて、まずいんです!」
わたしは小声のまま、彼を強引にしゃがませた。ソルヴェード様はエストラント様がやってきたことに気が付いていないから、不思議そうな顔をしていた。
「大変なんです、今――」
「――成程、ここにいたのか、ソルヴェード」
しゃがんだまま、こっそり状況説明して一旦彼を隠そうとしたのが失敗だった。
エストラント様はいつの間にか近くにまで来ていて、衝立の向こうから、わたしたちを覗き込んでいた。彼もまた、高身長だから、この程度の衝立だったら覗き込めるのだろう。
こちらを覗き込む彼は、無表情で、圧があった。
婚約話を申し込まれるのならさっさと申し込んで、この一件をどうにかしたい、と思う反面、婚約話が本決まりすれば、今度こそわたしは『リノ』をやめて、コンフィッター家のシノリア・コンフィッターに戻らないといけない。
逃げ場がないこの期に及んでも、縛りのない今日がまた続かないかな、と夢を見ているのだ。
――カラン。
今日何度目か分からない溜息を吐こうとしたところで、入口のドアベルが鳴る。わたしは慌てて溜息を飲み込んだ。
開店には早いけど、まあ、五分くらいならいいか。
わたしはそう思って、入口の方を見て、声をかけようとして――。
「いらっしゃ、いま――」
――言葉を失った。
そこに立っているのは、エストラント様と、一人の男性だったからだ。二人ともそれなりに平民の街で目立たない恰好をしているけれど、間違いなく本人。エストラント様の後ろにいる連れは、確実に護衛だろう。そんな感じの風貌だ。
わたしはゆっくりとすーっと息を吸うと、「開店時間まで時間がありますので、少々お待ちください……」と言って、奥へ引っ込む。
やばい、やばいってこれ。
わたし自身がバレる心配はそこまでしていない。貴族令嬢としてのわたしを知っていて、その上女慣れしているソルヴェード様がわたしを一発で見抜けなかったのだ。エストラント様に見抜けるわけがない。
問題は『シルくん』だ。
多少変装を教え込み、彼も慣れてきたようだけれど、それでも別人のごとく、がらっと変わったわけじゃない。身内が見れば一発で化粧とヴィッグで誤魔化したソルヴェード様だと分かってしまう。
「シルくんシルくんシルくん」
わたしは小声で彼に声をかける。
ソルヴェード様がいるのは、キッチンの近くにある、食器や備品がある棚の前。客席と区切りをつけるために衝立は立っているが、その高さはわたしが丁度隠れるくらいの高さ。わたしよりも頭一つ以上背の高い彼は、ばっちり見えてしまう。
「しゃがんで、隠れて、まずいんです!」
わたしは小声のまま、彼を強引にしゃがませた。ソルヴェード様はエストラント様がやってきたことに気が付いていないから、不思議そうな顔をしていた。
「大変なんです、今――」
「――成程、ここにいたのか、ソルヴェード」
しゃがんだまま、こっそり状況説明して一旦彼を隠そうとしたのが失敗だった。
エストラント様はいつの間にか近くにまで来ていて、衝立の向こうから、わたしたちを覗き込んでいた。彼もまた、高身長だから、この程度の衝立だったら覗き込めるのだろう。
こちらを覗き込む彼は、無表情で、圧があった。
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