父を死なせた鍛冶屋に、娘が弟子入りする話。伝説の職人はなぜ、火を絶やさず剣を打たないのか?

NIKE

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第3話 噂と真実

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 工房を出て村へ下る道は、朝よりも長く感じられた。霧は相変わらず低く垂れ込め、足元を曖昧にしている。石畳は湿り、踏みしめるたびに鈍い音を立てた。

 昼前の酒場には、人がいた。仕事を終えた者、あるいは仕事を持たない者。いずれにしても、噂はこうした場所で息をする。

 パドキアがグラドの名を出すと、杯を持つ手がいくつか止まった。視線が交わされ、誰かが言葉を吐いた。

 「……まだ、火は入れているのか」

 「入れているらしい」

 別の者が答え、短く笑った。

 「剣も打たずに、な」

 その笑いには、嘲りよりも困惑が混じっていた。

 「勇者に見限られた鍛冶師が」

 噂は、いつも簡潔だった。理由も、背景も削ぎ落とされ、結果だけが残っている。
 別の町で聞いたのと同じ噂だ。

 パドキアは、黙ってそれを聞いていた。
 その時だった。

 「違う」

 酒場の奥から、低い声がした。

 年老いた男が、杯を机に置いている。長くこの村に住んでいる顔だった。

 「勇者は見限ったんじゃない。行きたくても行けんのじゃ」

 その言葉に、場の空気がわずかに変わった。

 「……どういう意味だ」

 誰かが問う。

 老人は一拍置いてから、静かに言った。

 「力の勇者だ。あの鍛冶屋の剣を持っていた」

 パドキアの喉が、わずかに鳴った。

 「東のダンジョンの最奥に入った。最後の魔物を倒さなければ戻れない階層だ」

 それ以上の説明は、必要なかった。迷宮の最奥とは、そういう場所だ。退路が断たれ、外と隔てられる。

 「逃げ場はなかった」

 言葉が重なり、やがて一つに収束する。

 「剣が折れた」

 戦いの最中だったのか、渾身の一撃だったのかは、誰も知らない。ただ、折れた。そして、魔物はまだ生きていた。その事実だけが残っている。

 「それで、終わった」

 勇者は戻らず、魔物は討たれず、物語は途中で途切れた。

 パドキアは、杯に触れなかった。指先が冷たかった。
 工房へ戻ると、火はまだ燃えていた。朝と同じ弱さで、しかし確かに生きている。

 グラドは炉の前にいた。姿勢も、視線も変わらない。

 「……勇者は、戻らなかったんですね」

 パドキアが言うと、グラドは否定も肯定もせず、しばらく火を見ていた。

 「死んだ」

 やがて、短く答えた。
 それ以上の言葉はなかった。

 「剣が折れたと、聞きました」

 火が、ぱちりと鳴った。

 「あなたの剣が」

 グラドは首を縦に振った。

 「ああ。……そうだ」

 声は落ち着いていた。感情を抑え込んだというより、既に沈殿した声だった。

 「長旅に、限界を迎えた」

 鉄は、永遠ではない。どれほど鍛え、どれほど信じても、使われれば摩耗し、やがて折れる。

 「だが」

 グラドは炉の縁に手を置いた。

 「わしは、信じすぎていた」

 視線は火に向いたままだ。

 「自分の腕を」

 「剣の出来栄えを」



 「そして、勇者を」



 剣は折れない。勇者は勝つ。そう思い込んでいた。

 「待てと言うべきだった」

 言葉が、静かに落ちた。

 「行くなと言うべきだった」

 「戻れと……」


 そこまで言って、グラドは口を閉ざした。

 「力で敗れ、勇者が死んだわけではない」

 低い声で、はっきりと言った。

 「わしが、殺した」

 パドキアは何も言えなかった。

 「折れない剣などない」

 「死なない勇者など、いない」

 「それを忘れたまま、わしはあやつを送り出した」

 火は弱いまま燃えている。剣は打たれず、金床は冷えている。

 グラドは火から目を離さなかった。それは作る者の姿ではなく、弔う者の姿だった。
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