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散らばる不穏な種
12.ぺらぺらの紙にのった私の高校生活
しおりを挟む目の前には眉を寄せた見知らぬ男子 (しかも体格がいいから余計怖い)、その隣で欠伸をしている美加 (私にぜんぶ投げたよこの人!)、背後にはにっこり微笑んでいる東先輩 (ひたすら怖い)。
全員が私を見ている。それでもって私たちを囲むようにしてできた野次馬から興味本位の視線や嫉妬の視線が突き刺さる。
なんで、こうなった……っ!
「じゃ、お前庶務で生徒会に入れ」
「な!む、無理です。嫌です絶対に嫌ですこれ以上面倒ごとはたくさんです!……あ」
思わず言い過ぎて口を押さえるも目の前の厳つい男子は更に表情を険しくした。美加は優しく微笑んで傍観に徹してる。ひど過ぎる。
「あはは、おかしいな。もしかして面倒ごとって風紀のことも含まれてる?」
「てめえいい度胸だな。佐奈だっけ?覚えたぞ。……というか、なんで徹(とおる)がここにいんだよ。今日は集会だろうが」
東先輩の穏やかな声色になんだか凄くゾッとして逃げようとした瞬間肩を掴まれた。本気で心臓が飛び出るかと思った。厳つい男子はそんな様子を見て首を傾げている。さっきまでは厳つい男子が怖かったのに、いまは東先輩が怖すぎる。嫌な汗が肌を伝う。
「近藤さんを回収しに来たんだよ。手っ取り早いから紹介するね。新風紀メンバー」
「回収って……」
「ああ゛!?聞いてねえぞ!」
「言ってなかったから。今日近藤さんに書類にサインして貰って蓮(れん)に渡すつもりだったからね」
「……じゃあまだ風紀委員じゃねえんだな」
「ううん風紀委員」
「え、ちが」
「悪いがコイツは生徒会に入って貰う」
「え?なんの話」
「あれ?蓮って耳悪いの?あーそういえばそうだったね。ごめんごめん」
「てめっ!」
……私、帰っていいかなあ?
厳つい男子は蓮さんというらしい。様子を見るに東先輩と親しいみたいだから蓮さんは先輩なんだろう。友達かなあ。うん、どうでもいいから私の話聞いてほしいなあ。
「ねえ、佐奈」
「なに?」
眠そうにしていた美加が野次馬を押しのけて私の隣に並んだ。そして私の顔を見たあと、言い争いをしている先輩方を見てひとつ頷く。
「アンタいっつもこんな面白い体験してたのね。アンタを取り合う図見てるの凄く面白いわ」
「どうしよういま凄く切ないよ。ぜんぜん楽しくないんだからね。しかも誤解を招く発言はやめて、って!そもそも美加が原因じゃんか!私を巻き込まないでよー」
そうだ。私が生徒会に入れば美加自身も生徒会に入るだなんて言ったから、私にとばっちりがきたんだ。不満を伝えるために睨んでみれば、何故か生暖かい笑みを浮かべもって頭を撫でられた。不本意だ。
「なんか分かったわ。アイツが来て言い争いになって野次馬ができているのに気がついたんだけど、どうまとまりをつけるか悩んでいたのよ。そこで佐奈がアイツにぶつかったでしょ?なんか一気に冷静になって、そしたら、ああ佐奈を巻き込めばいいやって思いついたのよ」
「いやいやいやいや!巻き込めばいいやって!」
「なんか凄くキッカケになるのよね、佐奈って」
「う、嬉しくない!」
「それよりあっちも片付きそうよ」
「へ?」
ちょっと納得できなかったけど、指差すほうを見てみればそこにはなぜかたじたじになっている蓮先輩と微笑み続ける東先輩がいた。
「だから俺は」
「あはは。蓮お前くどい」
…………怖い。
東先輩がにっこり微笑んですっごく冷たい声色で言い切った。なにはともあれ話はまとまったようだ。野次馬の中には小さく拍手している人が。うん、分かるよ……。おお?でも野次馬のなかには蓮先輩を応援している人もいる。頑張ってください会長!なんて言いながらよろめいた蓮先輩を支えていた。蓮先輩って会長だったんだ。
隣で美加が「暑苦しいわね」と溜息。わあ、完全に他人事だ。
「さて」
「ひっ!」
「ひどいなあ近藤さん。そんな反応されたら傷つくよ。……さあ風紀室に行こうね」
「ばいばい」
くるりと首の向きを変えて私を見た東先輩に心底驚いて思い切り顔をそらしてみたけど、がっしり腕を掴まれた。美加はどうせ助けてくれない。というかもうばいばいって見捨てられた。
「……蓮先輩。美加は押しに弱いです。そして現実的な利益が大好きです」
「ちょ」
「生徒会に入るメリットを先輩含め多数で説得して、入るまで諦めない根性で勧誘を続ければおちます」
「分かったよく教えてくれた。ということで園田、いまから生徒会室に一緒に行こう。俺たちが生徒会がどういうものか教え──おい!どこに行く!」
「佐奈!アンタ覚えてなさいよ!」
「それどこかのチンピラの台詞だよー!私だけこんな思いするのは嫌だもんねー!へっへー!」
久しぶりに見た美加の焦った表情にすっかり心が軽くなる。切り替えが早いらしい蓮先輩の急な話題に必死で逃げる美加は見ものだった。あっはっはっはっは!
「さあ行こうね」
「あはは……」
そして私は逃げる術がない。
「おっせーなーおい佐奈!お前ちんたらしてんじゃねえよ」
「まあまあそう言わない」
「佐奈ちゃん逃げてたの?」
「どうせ無駄なんだからさっさと諦めてよね。支障が出る」
もう逃がしてくれる気はさらさらないらしい東先輩はおそらく私の風紀委員入りを正式なものにする書類を取りに行った。もうここまできたら諦めます。無理です逃げられない。
楽しそうに笑う風紀面子の会話を聞きながら溜息を吐く。私に味方はいないのか。これはもう現実逃避しかない。窓の向こうに見える植物をぼんやり眺める。
「だりー」
同感ですよ……。
隣から聞こえた神谷先輩の声に深く頷いて、ふと思う。
「神谷先輩ってなんで風紀委員なんですか?絶対こんなめんどくさいことしなさそうなのに」
「お前大人しい面して言うこと言うな。……分かるだろ。俺もお前と一緒だ。あれだあれ」
神谷先輩は小さな声でそう言って、無言で首をその人に向ける。東先輩がいた。
「ああ、納得です」
「だろ」
「なにか言ったかな?」
「…………ナンデモナイデス」
微笑む東先輩に私と神谷先輩は同時に首を逸らす。お陰で、渡された書類が予想通りのものだと分かっても風紀委員入りを認める署名を書かざるをえなかった。くそう。
まあ、似たような人がいるってのが分かって少しは安心できる場所になった。うん。
「さて、今日の議題だけどね。今年最初の関門、学園祭のことだよ」
「「「学園祭?」」」
「へえ?まあ一年生は知らないか。この学校はね、四月初めに各学年ごとにするはずのオリエンテーションをなくして、代わりに六月末に文化祭をしているんだ。同学年で絆を深めるだけじゃなくて、どうせなら全学年の絆を深めようじゃないかっていう傍迷惑な思惑のせいで出来たものだよ。学校に慣れない一年生と、一年いたことで少し浮き足立った二年生と、最後の年だからとはじける三年生が平等に組み分けされて行うもんだからトラブル満載なんだよね。しかも他校や一般も迎え入れオッケーときてるもんだから最悪極まりないかな」
折本くんたちと顔を見合わせる。正確には刀(かたな)くんと。剣(けん)くんはめんどくさそうに机にもたれかかっていた。
「あーアレは最悪だったな。主に紫苑が」
「え」
「傑作だったよね。女装コンテストで一位になるのはともかくとして、他校や一般たまに同校の人たちから本気で迫られて必死で逃げるなんて。そんな写真まで売れてるんだから流石だよ」
「あれには俺も心の底から同情したわ。主にアイツに惚れた奴らに」
「男だって証明するために脱いだのに露出狂呼ばわりされてたね。結局まな板女子だって誤解されただけだし、しかも脱いだために痴女とかも言われてたっけ」
「鼻血出してる奴らいたよな」
淀みなく語られる思い出話に心が沈んでいく。気のせいか涙が浮かんできた。桜(おう)先輩、可哀想過ぎる。そしてなんだか私は署名したばかりのこの紙を思い切りちぎりたい衝動にかられている。
「ああ、書けたみたいだね。貰うよ」
「あ」
なんなく奪われた紙を見る。
あんなぺらぺらの紙一枚で私は高校生活三年を売ったことになるのか……。
「ねーねー徹ちゃん。もしかして俺ら一年が多くて先輩が少ないのってー」
刀くんが聞かなくてもいいことを聞いてしまった。剣くんはげろげろと苦虫を噛んだような顔をする。
「察しのいい子が多くて助かるよ」
東先輩は凄くいい笑顔だった。
神谷先輩は私たちに凄く同情を混ぜた優しい笑顔を見せてくれた。初めてあんな顔を見た。
私は帰りたくなった。まる。
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