働きたくないので断罪ENDを希望します

雨夜りょう

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1:どうやら悪役令嬢のようです

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 王立学園の卒業式、当日。絢爛豪華な広々としたホールには、卒業生たちが集まり、パーティーが開催されていた。
 輝かしくも新しい未来に向け、卒業生たちは晴れやかな笑みを浮かべていた。そんなめでたい式典に、よく通る声が響き渡る。声の持ち主であるアルヴェンダ王国第一王子、ジェレミー・アルヴェンダは言った。

「マリアンヌ・ベラード! 貴様との婚約を破棄する!!」

「は? 婚約、破棄?」

 マリアンヌと呼ばれた少女は、自分の身に起きた事実が理解できずに王子の言葉を反芻する。マリアンヌは、幼少期よりジェレミーとの婚約を結ばれ、卒業後には結婚式を控えている身だったのだ。

「そうだ、お前がリリィを虐めているのは分かっている!」

「マリアンヌ、リリィ、婚約破棄……」

 何かを思い出しそうになったマリアンヌは、考え込むようにして俯いた。艶やかな金の髪がマリアンヌの顔を隠していく。
 彼女が悄然しょうぜんとしているのだとジェレミーは思い、愉悦に口端を上げる。
 やっと目の上の瘤と婚約破棄が出来るのだと。
 ジェレミーにとって、マリアンヌは目の上の瘤と同じ存在だった。
 あれをしてはいけません、これをしなければなりません。
 母である王妃ですら、それほど口うるさく言わない。しかし、マリアンヌだけはジェレミーに己の行いを振り返るようにと諭した。
 それがジェレミーにとっては、ひどく苦痛だった。それに比べて、リリィはマリアンヌとは違ってジェレミーの事を褒めてくれる。ジェレミーは素晴らしい男だ、ジェレミーといると癒される、ジェレミーは他の男とは違うと。
 天真爛漫で愛らしい少女と、見目が麗しいだけで口うるさい少女。どちらを選ぶのかは一目瞭然だった。

「リリィの教科書を破いたり、水をかけるだけでも重罪だというのに、階段から突き落としたそうだな!」

「……教科書、水、階段?」

 上手に思い出せないまま、頭の中にモヤがかかったような気持ち悪さの中、どこかで聞いた事があると、マリアンヌは必死に頭をひねった。

「そうです! わ、わたし、怖かったんだから。ジェレミー様には相応しくないって言って、か、階段から……」

 マリアンヌからの被害を訴えたリリィは、その大きくぱっちりとした空色の瞳に涙を溜めた。マリアンヌの視界の端で桃色の髪がひらりと揺れた。男の庇護欲をそそる少女には、どこか見覚えがある。

「お前のような女は、私に相応しくない! マリアンヌ・ベラードとの婚約を破棄し、リリィ・フリーベルトとの婚約を発表する!!」


(……あ、これ、知ってる)

 ヒロインに断罪される悪役令嬢、空色の瞳、嫉妬から嫌がらせをしたという噂。光属性で多くの魔力量を持っている男爵家のヒロイン、美しく賢くもコンプレックスをもつ婚約者。

(ああ、これ、私が読んでた恋愛小説だわ)

 この世界が、かつて自分が好きだった小説だと思い出した時、マリアンヌは、かつて日本で社会人として生活をしていた神崎真里亜かんざきまりあだったことを思い出した。
 ブラック企業に就職し、二十連勤中だった自分の名前が脳裏に浮かぶ。
 終電もなく仕事をしていて、七本目のエナジードリンクを手に取って……

(あー、死んだんだな、多分)

 七本目のエナジードリンクを飲みほしたと同時に、真里亜の記憶は途切れている。
 真里亜はもう自分が死んでしまっていて、マリアンヌとして今を生きていることを自覚した。そして、この世界が、仕事に忙殺されている中の小さな癒しとして読んでいた、小説であることを思い出したのだ。
 天真爛漫なヒロインである男爵令嬢リリィが、王子の婚約者であるマリアンヌに虐められながらも苦難を乗り越え、王子と結婚するシンデレラストーリーであること。マリアンヌはこの先、王子の愛しい人を虐めたという理由で断罪され、牢屋に入れられ、生涯幽閉されるということも。

(え、幽閉? 牢屋に? それって働かなくていいってこと?)

 本来であれば泣き叫ぶところだった。
 しかし、真里亜としての人格が強く表へ出てしまったマリアンヌは、あの恐怖の二十連勤から解放された喜びで、場所が牢屋だろうとなんだろうとどうでもよくなってしまっていた。

(そうか、働かなくていいのか。終電まで働いて、始発で仕事に行って。休みもないまま、二十連勤をしなくてもいいのか)

 それって、最高なのでは。だって働かなくて良いってことなのだろう?一月間休みなく働いていたのに、これからは働かなくて良いのだ。
 そうなってくると、気になるのは今後の流れである。牢屋に幽閉されるとして、食事は毎食与えられるのか、どのレベルの食事が与えられるのか。ベッドは?風呂は?

(そう言えば、マリアンヌって魔力も少ないし、役に立たないスキルしか持ち合わせてないって話だったよね。詳しく描写されてはなかったけど……ってあれ、これってネットショッピング?)

 由緒ある公爵家の令嬢で、美しい美貌の持ち主のマリアンヌ。王子の婚約者に選ばれた彼女には、ネットショッピングというスキルを与えられたが、どうしても使うことが出来なかった。
 人々が知らぬスキルなら、さぞ希少なものだろう。それならば、魔力が少なくとも、婚約者として相応しいのではと、マリアンヌはジェレミーの婚約者に収まった。
 しかし、一向にスキルは使えず、周囲の落胆はすさまじかった。それならば、多少家格と容貌を落とせば、魔力量の多い娘はいたからだ。

(もしかすると、この婚約破棄は王家も納得の上かもしれないな)

「…………い、おい! 聞いているのかマリアンヌ!」

「ああ、はい。聞いています、婚約破棄ですよね」

 スキルを使ってみたくて仕方がなかったマリアンヌは、ジェレミーの話などまったくもって聞いていなかった。もっと言うと、さっさと牢屋へ行ってしまいたかったのだ。
 しかし、平然とした顔をしてはいけない。俯いて慄然としていなければならないのだ。
 そう見えるように表情を作った。

「そうだ、お前は私の婚約者に無礼を働いた罪で、牢へ幽閉する。生涯だ!」

「…………そんな」

 ありがとうございますという言葉は呑み込んだ。こうして、マリアンヌは無事に、待望の牢屋へと幽閉される運びとなったのだ。
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