1 / 19
1:どうやら悪役令嬢のようです
しおりを挟む
王立学園の卒業式、当日。絢爛豪華な広々としたホールには、卒業生たちが集まり、パーティーが開催されていた。
輝かしくも新しい未来に向け、卒業生たちは晴れやかな笑みを浮かべていた。そんなめでたい式典に、よく通る声が響き渡る。声の持ち主であるアルヴェンダ王国第一王子、ジェレミー・アルヴェンダは言った。
「マリアンヌ・ベラード! 貴様との婚約を破棄する!!」
「は? 婚約、破棄?」
マリアンヌと呼ばれた少女は、自分の身に起きた事実が理解できずに王子の言葉を反芻する。マリアンヌは、幼少期よりジェレミーとの婚約を結ばれ、卒業後には結婚式を控えている身だったのだ。
「そうだ、お前がリリィを虐めているのは分かっている!」
「マリアンヌ、リリィ、婚約破棄……」
何かを思い出しそうになったマリアンヌは、考え込むようにして俯いた。艶やかな金の髪がマリアンヌの顔を隠していく。
彼女が悄然としているのだとジェレミーは思い、愉悦に口端を上げる。
やっと目の上の瘤と婚約破棄が出来るのだと。
ジェレミーにとって、マリアンヌは目の上の瘤と同じ存在だった。
あれをしてはいけません、これをしなければなりません。
母である王妃ですら、それほど口うるさく言わない。しかし、マリアンヌだけはジェレミーに己の行いを振り返るようにと諭した。
それがジェレミーにとっては、ひどく苦痛だった。それに比べて、リリィはマリアンヌとは違ってジェレミーの事を褒めてくれる。ジェレミーは素晴らしい男だ、ジェレミーといると癒される、ジェレミーは他の男とは違うと。
天真爛漫で愛らしい少女と、見目が麗しいだけで口うるさい少女。どちらを選ぶのかは一目瞭然だった。
「リリィの教科書を破いたり、水をかけるだけでも重罪だというのに、階段から突き落としたそうだな!」
「……教科書、水、階段?」
上手に思い出せないまま、頭の中にモヤがかかったような気持ち悪さの中、どこかで聞いた事があると、マリアンヌは必死に頭をひねった。
「そうです! わ、わたし、怖かったんだから。ジェレミー様には相応しくないって言って、か、階段から……」
マリアンヌからの被害を訴えたリリィは、その大きくぱっちりとした空色の瞳に涙を溜めた。マリアンヌの視界の端で桃色の髪がひらりと揺れた。男の庇護欲をそそる少女には、どこか見覚えがある。
「お前のような女は、私に相応しくない! マリアンヌ・ベラードとの婚約を破棄し、リリィ・フリーベルトとの婚約を発表する!!」
(……あ、これ、知ってる)
ヒロインに断罪される悪役令嬢、空色の瞳、嫉妬から嫌がらせをしたという噂。光属性で多くの魔力量を持っている男爵家のヒロイン、美しく賢くもコンプレックスをもつ婚約者。
(ああ、これ、私が読んでた恋愛小説だわ)
この世界が、かつて自分が好きだった小説だと思い出した時、マリアンヌは、かつて日本で社会人として生活をしていた神崎真里亜だったことを思い出した。
ブラック企業に就職し、二十連勤中だった自分の名前が脳裏に浮かぶ。
終電もなく仕事をしていて、七本目のエナジードリンクを手に取って……
(あー、死んだんだな、多分)
七本目のエナジードリンクを飲みほしたと同時に、真里亜の記憶は途切れている。
真里亜はもう自分が死んでしまっていて、マリアンヌとして今を生きていることを自覚した。そして、この世界が、仕事に忙殺されている中の小さな癒しとして読んでいた、小説であることを思い出したのだ。
天真爛漫なヒロインである男爵令嬢リリィが、王子の婚約者であるマリアンヌに虐められながらも苦難を乗り越え、王子と結婚するシンデレラストーリーであること。マリアンヌはこの先、王子の愛しい人を虐めたという理由で断罪され、牢屋に入れられ、生涯幽閉されるということも。
(え、幽閉? 牢屋に? それって働かなくていいってこと?)
本来であれば泣き叫ぶところだった。
しかし、真里亜としての人格が強く表へ出てしまったマリアンヌは、あの恐怖の二十連勤から解放された喜びで、場所が牢屋だろうとなんだろうとどうでもよくなってしまっていた。
(そうか、働かなくていいのか。終電まで働いて、始発で仕事に行って。休みもないまま、二十連勤をしなくてもいいのか)
それって、最高なのでは。だって働かなくて良いってことなのだろう?一月間休みなく働いていたのに、これからは働かなくて良いのだ。
そうなってくると、気になるのは今後の流れである。牢屋に幽閉されるとして、食事は毎食与えられるのか、どのレベルの食事が与えられるのか。ベッドは?風呂は?
(そう言えば、マリアンヌって魔力も少ないし、役に立たないスキルしか持ち合わせてないって話だったよね。詳しく描写されてはなかったけど……ってあれ、これってネットショッピング?)
由緒ある公爵家の令嬢で、美しい美貌の持ち主のマリアンヌ。王子の婚約者に選ばれた彼女には、ネットショッピングというスキルを与えられたが、どうしても使うことが出来なかった。
人々が知らぬスキルなら、さぞ希少なものだろう。それならば、魔力が少なくとも、婚約者として相応しいのではと、マリアンヌはジェレミーの婚約者に収まった。
しかし、一向にスキルは使えず、周囲の落胆はすさまじかった。それならば、多少家格と容貌を落とせば、魔力量の多い娘はいたからだ。
(もしかすると、この婚約破棄は王家も納得の上かもしれないな)
「…………い、おい! 聞いているのかマリアンヌ!」
「ああ、はい。聞いています、婚約破棄ですよね」
スキルを使ってみたくて仕方がなかったマリアンヌは、ジェレミーの話などまったくもって聞いていなかった。もっと言うと、さっさと牢屋へ行ってしまいたかったのだ。
しかし、平然とした顔をしてはいけない。俯いて慄然としていなければならないのだ。
そう見えるように表情を作った。
「そうだ、お前は私の婚約者に無礼を働いた罪で、牢へ幽閉する。生涯だ!」
「…………そんな」
ありがとうございますという言葉は呑み込んだ。こうして、マリアンヌは無事に、待望の牢屋へと幽閉される運びとなったのだ。
輝かしくも新しい未来に向け、卒業生たちは晴れやかな笑みを浮かべていた。そんなめでたい式典に、よく通る声が響き渡る。声の持ち主であるアルヴェンダ王国第一王子、ジェレミー・アルヴェンダは言った。
「マリアンヌ・ベラード! 貴様との婚約を破棄する!!」
「は? 婚約、破棄?」
マリアンヌと呼ばれた少女は、自分の身に起きた事実が理解できずに王子の言葉を反芻する。マリアンヌは、幼少期よりジェレミーとの婚約を結ばれ、卒業後には結婚式を控えている身だったのだ。
「そうだ、お前がリリィを虐めているのは分かっている!」
「マリアンヌ、リリィ、婚約破棄……」
何かを思い出しそうになったマリアンヌは、考え込むようにして俯いた。艶やかな金の髪がマリアンヌの顔を隠していく。
彼女が悄然としているのだとジェレミーは思い、愉悦に口端を上げる。
やっと目の上の瘤と婚約破棄が出来るのだと。
ジェレミーにとって、マリアンヌは目の上の瘤と同じ存在だった。
あれをしてはいけません、これをしなければなりません。
母である王妃ですら、それほど口うるさく言わない。しかし、マリアンヌだけはジェレミーに己の行いを振り返るようにと諭した。
それがジェレミーにとっては、ひどく苦痛だった。それに比べて、リリィはマリアンヌとは違ってジェレミーの事を褒めてくれる。ジェレミーは素晴らしい男だ、ジェレミーといると癒される、ジェレミーは他の男とは違うと。
天真爛漫で愛らしい少女と、見目が麗しいだけで口うるさい少女。どちらを選ぶのかは一目瞭然だった。
「リリィの教科書を破いたり、水をかけるだけでも重罪だというのに、階段から突き落としたそうだな!」
「……教科書、水、階段?」
上手に思い出せないまま、頭の中にモヤがかかったような気持ち悪さの中、どこかで聞いた事があると、マリアンヌは必死に頭をひねった。
「そうです! わ、わたし、怖かったんだから。ジェレミー様には相応しくないって言って、か、階段から……」
マリアンヌからの被害を訴えたリリィは、その大きくぱっちりとした空色の瞳に涙を溜めた。マリアンヌの視界の端で桃色の髪がひらりと揺れた。男の庇護欲をそそる少女には、どこか見覚えがある。
「お前のような女は、私に相応しくない! マリアンヌ・ベラードとの婚約を破棄し、リリィ・フリーベルトとの婚約を発表する!!」
(……あ、これ、知ってる)
ヒロインに断罪される悪役令嬢、空色の瞳、嫉妬から嫌がらせをしたという噂。光属性で多くの魔力量を持っている男爵家のヒロイン、美しく賢くもコンプレックスをもつ婚約者。
(ああ、これ、私が読んでた恋愛小説だわ)
この世界が、かつて自分が好きだった小説だと思い出した時、マリアンヌは、かつて日本で社会人として生活をしていた神崎真里亜だったことを思い出した。
ブラック企業に就職し、二十連勤中だった自分の名前が脳裏に浮かぶ。
終電もなく仕事をしていて、七本目のエナジードリンクを手に取って……
(あー、死んだんだな、多分)
七本目のエナジードリンクを飲みほしたと同時に、真里亜の記憶は途切れている。
真里亜はもう自分が死んでしまっていて、マリアンヌとして今を生きていることを自覚した。そして、この世界が、仕事に忙殺されている中の小さな癒しとして読んでいた、小説であることを思い出したのだ。
天真爛漫なヒロインである男爵令嬢リリィが、王子の婚約者であるマリアンヌに虐められながらも苦難を乗り越え、王子と結婚するシンデレラストーリーであること。マリアンヌはこの先、王子の愛しい人を虐めたという理由で断罪され、牢屋に入れられ、生涯幽閉されるということも。
(え、幽閉? 牢屋に? それって働かなくていいってこと?)
本来であれば泣き叫ぶところだった。
しかし、真里亜としての人格が強く表へ出てしまったマリアンヌは、あの恐怖の二十連勤から解放された喜びで、場所が牢屋だろうとなんだろうとどうでもよくなってしまっていた。
(そうか、働かなくていいのか。終電まで働いて、始発で仕事に行って。休みもないまま、二十連勤をしなくてもいいのか)
それって、最高なのでは。だって働かなくて良いってことなのだろう?一月間休みなく働いていたのに、これからは働かなくて良いのだ。
そうなってくると、気になるのは今後の流れである。牢屋に幽閉されるとして、食事は毎食与えられるのか、どのレベルの食事が与えられるのか。ベッドは?風呂は?
(そう言えば、マリアンヌって魔力も少ないし、役に立たないスキルしか持ち合わせてないって話だったよね。詳しく描写されてはなかったけど……ってあれ、これってネットショッピング?)
由緒ある公爵家の令嬢で、美しい美貌の持ち主のマリアンヌ。王子の婚約者に選ばれた彼女には、ネットショッピングというスキルを与えられたが、どうしても使うことが出来なかった。
人々が知らぬスキルなら、さぞ希少なものだろう。それならば、魔力が少なくとも、婚約者として相応しいのではと、マリアンヌはジェレミーの婚約者に収まった。
しかし、一向にスキルは使えず、周囲の落胆はすさまじかった。それならば、多少家格と容貌を落とせば、魔力量の多い娘はいたからだ。
(もしかすると、この婚約破棄は王家も納得の上かもしれないな)
「…………い、おい! 聞いているのかマリアンヌ!」
「ああ、はい。聞いています、婚約破棄ですよね」
スキルを使ってみたくて仕方がなかったマリアンヌは、ジェレミーの話などまったくもって聞いていなかった。もっと言うと、さっさと牢屋へ行ってしまいたかったのだ。
しかし、平然とした顔をしてはいけない。俯いて慄然としていなければならないのだ。
そう見えるように表情を作った。
「そうだ、お前は私の婚約者に無礼を働いた罪で、牢へ幽閉する。生涯だ!」
「…………そんな」
ありがとうございますという言葉は呑み込んだ。こうして、マリアンヌは無事に、待望の牢屋へと幽閉される運びとなったのだ。
1
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢の心変わり
ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。
7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。
そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス!
カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!
運命に勝てない当て馬令嬢の幕引き。
ぽんぽこ狸
恋愛
気高き公爵家令嬢オリヴィアの護衛騎士であるテオは、ある日、主に天啓を受けたと打ち明けられた。
その内容は運命の女神の聖女として召喚されたマイという少女と、オリヴィアの婚約者であるカルステンをめぐって死闘を繰り広げ命を失うというものだったらしい。
だからこそ、オリヴィアはもう何も望まない。テオは立場を失うオリヴィアの事は忘れて、自らの道を歩むようにと言われてしまう。
しかし、そんなことは出来るはずもなく、テオも将来の王妃をめぐる運命の争いの中に巻き込まれていくのだった。
五万文字いかない程度のお話です。さくっと終わりますので読者様の暇つぶしになればと思います。
所(世界)変われば品(常識)変わる
章槻雅希
恋愛
前世の記憶を持って転生したのは乙女ゲームの悪役令嬢。王太子の婚約者であり、ヒロインが彼のルートでハッピーエンドを迎えれば身の破滅が待っている。修道院送りという名の道中での襲撃暗殺END。
それを避けるために周囲の環境を整え家族と婚約者とその家族という理解者も得ていよいよゲームスタート。
予想通り、ヒロインも転生者だった。しかもお花畑乙女ゲーム脳。でも地頭は悪くなさそう?
ならば、ヒロインに現実を突きつけましょう。思い込みを矯正すれば多分有能な女官になれそうですし。
完結まで予約投稿済み。
全21話。
聖女の力は使いたくありません!
三谷朱花
恋愛
目の前に並ぶ、婚約者と、気弱そうに隣に立つ義理の姉の姿に、私はめまいを覚えた。
ここは、私がヒロインの舞台じゃなかったの?
昨日までは、これまでの人生を逆転させて、ヒロインになりあがった自分を自分で褒めていたのに!
どうしてこうなったのか、誰か教えて!
※アルファポリスのみの公開です。
悪役令嬢だから知っているヒロインが幸せになれる条件【8/26完結】
音無砂月
ファンタジー
※ストーリーを全て書き上げた上で予約公開にしています。その為、タイトルには【完結】と入れさせていただいています。
1日1話更新します。
事故で死んで気が付いたら乙女ゲームの悪役令嬢リスティルに転生していた。
バッドエンドは何としてでも回避したいリスティルだけど、攻略対象者であるレオンはなぜかシスコンになっているし、ヒロインのメロディは自分の強運さを過信して傲慢になっているし。
なんだか、みんなゲームとキャラが違い過ぎ。こんなので本当にバッドエンドを回避できるのかしら。
悪役令嬢が行方不明!?
mimiaizu
恋愛
乙女ゲームの設定では悪役令嬢だった公爵令嬢サエナリア・ヴァン・ソノーザ。そんな彼女が行方不明になるというゲームになかった事件(イベント)が起こる。彼女を見つけ出そうと捜索が始まる。そして、次々と明かされることになる真実に、妹が両親が、婚約者の王太子が、ヒロインの男爵令嬢が、皆が驚愕することになる。全てのカギを握るのは、一体誰なのだろう。
※初めての悪役令嬢物です。
【長編版】悪役令嬢は乙女ゲームの強制力から逃れたい
椰子ふみの
恋愛
ヴィオラは『聖女は愛に囚われる』という乙女ゲームの世界に転生した。よりによって悪役令嬢だ。断罪を避けるため、色々、頑張ってきたけど、とうとうゲームの舞台、ハーモニー学園に入学することになった。
ヒロインや攻略対象者には近づかないぞ!
そう思うヴィオラだったが、ヒロインは見当たらない。攻略対象者との距離はどんどん近くなる。
ゲームの強制力?
何だか、変な方向に進んでいる気がするんだけど。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる