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8:新たな酒フレゲットだぜ
しおりを挟む「ふーん、ふふん」
勤務時間を終え、鼻歌交じりのアランが自宅へ帰る準備をしていると、同僚から声がかかる。
「アラン、仕事終わりか?」
「ああ」
「なら、これから飲みに行かないか」
そう同僚に誘われて、アランは即答できなかった。マリアンヌの用意する美食たちを知ってしまったからだ。
今までは嬉々として飲み屋に同行していたが、おそらく王宮で出てくる料理よりも豪華で美味しく、王子に内緒にしてもらっているからと金銭も要求しない。タダで美味しい料理を提供してくれるのに、それよりも劣る店にわざわざ金を払ってまで出かける意味が分からなかったのだ。
「あー、悪い。今日は遠慮しておくわ」
そう言ってアランは立ち去った。
「ルーク、アランは?」
「いや、ダメだった」
同僚ルークは、アランを見送った後飲み屋へ行くのを待っている仲間たちのもとへ戻る。
「またダメだったのか? ここ数日ずっとじゃないか」
「ああ、そうなんだよな。あの公爵令嬢が牢に入れられてからじゃないか?」
「でも、それが、アランが飲みに来ない理由に何の関係がある?」
「さあ? まあ、良いじゃないか。行こうぜ」
そう言いながらも、ルークも今まで欠かさず参加していたアランが欠席することに違和感を覚えていた。後日アランが誘いに乗らなくなった理由を確かめようと思ったのだった。
◇ ◇ ◇
「こ、ここか」
休憩時間が来たルークは、アランがいる時間帯に牢屋へと足を進める。
何やら油のような不思議な匂いがし、どっどっどっと何かの音が微かにしている。これが人の住む場所だろうかと、ルークは唾を呑みながら扉を開けた。
足音を消して進むと、聞きなれた声が聞こえてくる。
「焼き肉? ステーキと何が違うんだ?」
「似たようなものですよ。違うのは肉の薄さと、添えてあるソースの味と、一緒に食べる主食が米って所くらいじゃないですか?」
この牢屋は貴族の重罪人が入れられる。よほどのことがない限り、平民が住む程度の生活レベルの部屋が用意されるため、このような劣悪な環境に入れられる犯罪者はそういない。いまここに入れられているのは、マリアンヌ・ベラードただ一人だ。
どんな罪を犯したのかは知らないが、同僚であるアランが気安く喋るようなことはないはずだ。ルークは声を潜めて様子を窺っていたが、耐え切れずに思わず声をかける。
「……アラン?」
「誰だ!……ルーク?」
「あらー、困りましたね。また、賄賂が必要でしょうか」
「さあ、座ってください」とマリアンヌは不敵な笑みを浮かべる。薄く切った肉をホットプレートで焼いて、購入したタレにくぐらせて口に運び、それをビールで流し込む。
この一連の作業に、アランとルークは生唾を飲み込んだ。冷たささえ感じる鋭い瞳をした美しい女性が、恍惚とした表情をしているのだ。ビールの旨味を知らないルークでさえも、一口欲しいと願うくらい美味しそうに飲み食いしている。
「あら、食べないんですか?」
「い、いや! 食べます!……う、うまっ」
そう言ってルークは肉を口に運び、感激に目を見開いている。アランも同じような反応だったが、これまでの耐性か、先に復活し「あの、休みの日に……」とおねだりをしていた。
こうして、ルークもマリアンヌの焼肉という誘惑に負け、王族へはしばらく黙っているという制約を結ばされることとなった。
もっとも、アランに引き続いてルークまでもが食後の飲みに出掛けなくなったせいで、他の牢番や同僚たちに不思議がられ、あの牢屋に住んでいる女は、男を堕落させると噂される。
そして、それがジェレミーの耳へと届く一端になったことを、マリアンヌはまだ知らない。
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