扉を開けてはいないから

藤雪たすく

文字の大きさ
4 / 29
手を差し伸べてくれる人

3日目

しおりを挟む
「いってきます……」

「気をつけてね」

リビングから見送りに顔を出した母さんの後ろで窓からモルテさんが手を振っていて……ため息をつきながら外へ出た俺は思わず後退りした。

「環?どうしたの?」

「いや……何でも……ない」

やっぱり母さんにも見えていない。

玄関……門を出たところの道路に…赤い扉が立っていた。

確実に近づいて来てる。

僅かに震える足で一歩進むと扉もスッと後ろへ移動した。一定距離を保っている。

俺が歩き出すと扉も動く……今は数メートル後方を静かについてきている。気付かなかっただけで……ずっとついてきていたんだろうか?

後ろを振り返り間近で見る赤い扉の不穏さに冷や汗が滲んだ。


「御園……お前顔色悪いけど大丈夫か?」

重い頭を持ち上げると心配そうに見下ろす杉浦君の顔が見えた。
その肩ごし……教室の入り口のガラスの向こう、廊下に赤い扉が立っている。
ずっと見張られている様な気がして正体の知れない恐怖が体を震わせた。

「扉が……いや……何でもない……心配してくれてありがとう」

これ以上聞かれて、扉の事を話したところできっと杉浦君には見えていない。頭のおかしな奴と思われて終わり。

「扉?……そういえば雑賀も扉がどうとか言ってたな……」

突然飛び出した懐かしい名前に逸した視線を杉浦君に戻した。
雑賀君も……扉が見えていた?
もしかしてあの扉が雑賀君の命を奪ったのか?

扉を睨んだけれど、扉はただ静かに立っているだけ。

「何か悩んでるなら聞かせろよ?俺が雑賀の為にしてやれる事はそれぐらいしか無いから……」

寂しそうな笑顔を浮かべた杉浦君に頭を撫でられた。
雑賀君……君の残してくれたものは……今でも温かい。

「大丈夫……ありがとね」

ありがとう……杉浦君。
だけど……俺もやれる事を見つけたよ。

真っ直ぐに前を向いて笑顔になれた。

ーーーーーー

帰り道、後ろを振り返りついてきていた扉と向き合った。

「……お前が雑賀君を殺したのか?」

当然扉は何も答えない。
一歩踏み出すと一歩分扉も後ろへ移動する。走って近づいても一定の距離を保って扉は逃げていく。

近づけない……。
きれた息を整えながら扉を睨む。

「何をしようとしているんですか」

後ろから突然声を掛けられ、振り返ると窓からライさんがこちらを伺っている。
家の中以外でも出て来れたのか。

「あの扉……あの扉もライさん達と関係あるものですか?」

関係無いなんて言わせない……同時期に現れた怪異、無関係なはずが無い。

「それは……その……」

「それは言えないなぁ~言っちゃったら僕の労力が無駄になっちゃうし?」

モルテさんの軽い物言いに黙って体を反転させて家への帰宅路へ進路を戻した。

「御園君……詳しくは話せないけれど……俺は君を助けたいと思ってる。それだけは信じて欲しい」

信じる……?何を?
大切な事は何も話さないこの影を?

黙々と歩き続ける俺の後ろでライさんはひたすら『信じてくれ』『一緒に来てくれ』と言い続けている。

「黙って言うこと聞いたほうが良いと思うよ~?何の為にわざわざ僕が窓を開けたと思ってんの~?君の為を思って言ってあげてんのにさあ」

「煩い……煩い……煩いっ!!もう俺に構うなっ!!あんた達の事なんか信用出来ない!!」

いきなり大声を出した俺を周りを歩いていた人達が驚いて振り返る。

その視線から走って家へと逃げ帰った。

ーーーーーー

リビングの窓から外を眺めると塀の向こうに赤い扉が見える。

あの扉が雑賀君を……俺の大切な人を奪った。頭の中を巡る強い嫌悪に拳を握りしめて唇を噛んだ。

「御園君……あれに近づいていけない……お願いだ。俺の手を取ってくれ」

「もう自由にさせればいいじゃん。しつこい男は嫌われちゃうかもよ?」

「駄目だ!!御園君!!滅多な考えを起こしちゃ駄目だよ!?」

背後から聞こえる会話にゆっくり振り返った。

「お腹……空きませんか?夕飯作るので一緒に食べません?」

「……御園君?」

「ご飯!?食べる!!食べる!!そっちの食べ物は不思議な物が多くて大好き!!」

はしゃぐモルテさんの声を引き連れてキッチンへと足を踏み入れた。


まな板の上に並べたじゃが芋と人参と玉葱……玉葱を切りながら涙が目尻に滲んだ。

『お?御園慣れた手付き。料理出来んの?』

ずっと思い出さないようにしていた雑賀君の笑顔が蘇る。

市販ルーのカレーなんて誰が作っても大概同じ味になるのに……あの日のカレーはとても美味しかった。
自然の中で皆と協力して作り上げた物、みんな笑顔だったけれど……美味しい、美味しいと大袈裟に笑う雑賀君の笑顔だけが色濃く脳裏に焼き付いている。

出来上がったカレーをお皿によそい窓辺へ差し出す。

「すげぇ!!いい匂い!!美味そう!!」

「カ……カレー……カレー?」

はしゃぐモルテと考え込むライさんの前に俺も腰をおろしてカレーを一口スプーンで持ち上げる。

「うわぁ!!初めての味!!美味しいなぁ!!おかわりある?」

「とても……美味しいですね……」

口へ運んだその味は……あの日と比べ物にならないくらい……。

最期の晩餐に相応しいぐらい不味かった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

魔王の息子を育てることになった俺の話

お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。 「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」 現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません? 魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。 BL大賞エントリー中です。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。

キノア9g
BL
※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。 気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。 木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。 色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。 ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。 捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。 彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。 少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──? 騎士×妖精

僕、天使に転生したようです!

神代天音
BL
 トラックに轢かれそうだった猫……ではなく鳥を助けたら、転生をしていたアンジュ。新しい家族は最低で、世話は最低限。そんなある日、自分が売られることを知って……。  天使のような羽を持って生まれてしまったアンジュが、周りのみんなに愛されるお話です。

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

処理中です...