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ご主人様編2-1

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 食堂へ向かいながらジッと自分の手のひらを見つめる。手に残るチハナの肌の感触。

 チハナのお腹が鳴らなければどこまでやるつもりだった?まだまだ子供のチハナに……成長するまで待つと決めたのに意思の脆い事だ。チハナの事になると余裕がないな。

 自嘲の笑みが出るが、チハナに振り回されている自分は結構好きかもしれない。チハナに出会う前の……流されて生きているだけの自分よりよほど良いと頭の中で頷いた。

「ヒョーイ△△」

 食堂についてすぐ、チハナは嬉しそうにヒョーイに駆け寄っていった。

 うん……ヒョーイは身の回りの事、言語の練習、警護、様々な点で世話になるから信頼関係を築くのは大切だと思う。思うけれどヒョーイの側から戻って来ないチハナに、面白くなくてヒョーイを睨む。

 ヒョーイは俺の視線に気付きながらも顔色一つ変えずにチハナの背中を押した。

「チハナ様、いけません。お席へお戻りください」

 ヒョーイに押されながら俺の横の席に座ったチハナは居心地悪そうにキョロキョロしている。俺の横は落ち着かないのだろうか?今までの反応から嫌がられてるとは思えないのだが……。

 首を傾げて料理を睨むチハナ。嫌いな物でも入っていたか、チハナの国では食べ慣れない物でもあったか……皆でチハナの行動をなんとはなしに……それでも固唾を飲んで見守る。

 少し戸惑いながらもナイフとフォークを持って肉を切ったチハナは……皆が注目する中、俺の前にその肉を差し出した……俺に口を開けろと言っているのか!?

『リオルキース、あ~んして?』みたいなのか?若い恋人達の幸せ絶頂期のアレか!?

 俺もチハナに同じ事をしたけれど、あれはどちらかというと看病色が強かったが……これは……新婚の戯れじゃないか。一応由緒あるガルージア家、使用人達の前で……それは……そう思うもチハナの瞳は期待に揺れながら顔は火でも吹き出すのではないかというくらい赤く染まっている。

 自分からして来たのに、恥じらう姿。俺を悶え死にさせたいのだろうか?

「△△△△△、口を……」

 何かを言葉にしながら……恥ずかしそうに『あ~ん』と口を開いた。全身の血が沸騰する……駄目だ、想像しては駄目だ……チハナにバレないうちに頭の中の卑猥な映像を追い出す。

 ジワジワと潤み出すチハナの瞳……これ以上待たせてはチハナに恥をかかせてしまう……全てを投げ出してその肉を口にした。嬉しそうに微笑むチハナの顔。

 ……俺は頭を抱えた。

 チハナに食べさせた時は照れくさそうな顔が可愛いと思ったが、されるのは思った以上に恥ずかしかった。食事の味なんて全く分からない。

「嬉しい、嬉しいけど……」

 こういうのは2人きりの時が良い。羞恥もあるが、こんなに可愛いチハナを他の者達に見せたくない。周りを睨むとサッと目を背けられた。

 チハナも自分の食事を進める様に促すと、寂しそうな顔で自分の前に置かれた少し固形物の増えたスープを飲んでいる。

 物足りなかったか……?夕食は肉を増やしても良いかもしれないな。

ーーーーーー

 午後から、使用人達にチハナを紹介して回った。俺の婚約者だ、誰も手を触れるなと牽制の睨みをきかせながら……一通りチハナのお披露目を終えて部屋に戻ると一番要注意人物がいた。

「……何の用だ?自分の部屋へ戻れ」

「失礼だな。わざわざイエルバに頼んで子供の服を貰って来てやったのに」

 そう言うとフレイクスは幾つかの大きな袋を指差した。

「チハナの服……本当か?なんか面倒見の良い兄みたいだ……」

 昼間の事といい……フレイクスがすごい兄っぽい。

「みたいじゃなくて、俺ほど弟思いな兄はいないっての」

 俺の頭を軽く小突くとフレイクスはにこにこしながらチハナの前に立った。

「自己紹介は初めてだね、女神様。俺はフレイクス。リオルキースの一応、兄だよ。あいつは全然敬わないけどね」

「???」

 フレイクスの言葉は理解出来なかった様で正体不明の男にチハナが不安げな目を向けて来る。やっぱり初見でフレイクスに服従の意を示したのは混乱していただけだったんだな。ほっと息を小さく吐くと目ざといフレイクスは「まだ根に持ってたのかよ……」と眉を顰めて笑った。

 ヒョーイが絵本を広げて俺とフレイクスの関係を説明しているが……「リオルキース坊ちゃん、フレイクス坊ちゃん」

 坊ちゃん呼びは教えないで欲しい。

「フレイクスお兄さん!△△△△△△!!」

 チハナは背筋を伸ばして深々と頭を下げた……俺はあまり名前を呼んで貰えないのに……。

「……何だよその目は……」

 睨む俺を無視してフレイクスは服を取り出すとチハナの体にあてた。

「うん、似合うね!!サイズもぴったりだ」

 チハナは自分の為の服だと分かっていないのか俺を見上げてくる。

「良かったな」

 笑いかけると、自分の為の物だとわかったのか、体にあててみている。この国の服を着てこの国の人間に近づいていく……早くこの国に染まって欲しい……元の国の事は忘れて欲しいと思うのは我が儘だろうか。

「△△△……」

 何かを言いかけて、チハナはポケットから紙を取り出すとパラパラと捲っていく。覗き込んだが、書かれている記号は全く理解出来ない。チハナは探し物が見つかったのか、手を止めるとフレイクスを見上げた。

「フレイクス△△、ありがとう」

 背が小さいので仕方ないとはいえ、フレイクスを上目遣いで見る姿が嫌だ。嫌なのにチハナの笑顔の可憐さに頭の中に花畑が広がった……花畑の中を俺の名を呼びながら駆けてくるチハナ……。

「どういたしまして、男の子の嫁とかどうなんだと思ったけど君はとても良い子だね」

 妄想に耽っているうちにフレイクスが馴れ馴れしくチハナに触れている。フレイクスの言葉を理解したのか、していないのか分からないが頬を赤く染めてフレイクスに頭を撫でられているチハナの腕を引いて、自分の方へ手繰り寄せる。

「勝手に触るな……俺の女神だ!!結婚の約束だってもう交わしたんだ」

「お?そんな態度取っていいの?せっかく親父に口添えしてやろうと思ってんのに」

「別に親父に認められなくても、チハナと共に生きる為ならガルージアの名前は捨てる」

 そして何処か誰も来ない場所で二人で暮らすんだ。

「あの親父がそれを許すと思うか?地の果てまで追われるぞ?俺が上手い事親父に話してやるよ」

 戦闘時以外では人当たりの良いフレイクスは、学生の頃からよくモテていた……チハナに愛されている自信はある……が、不安がない訳ではない。フレイクスやヒョーイが名前を呼んでもらえている特別感が嫌だ。

 そっとチハナを抱きしめた。

「チハナ……俺のことも……リオルキースと名前で呼んでくれ」

 フレイクス達に聞こえないように耳元でお願いすると……チハナの耳が真っ赤に染まっていく……噛み付きたくなる衝動と必死に戦う。

「リ……リオルキース……△△?」

 チハナの口から俺の名が紡がれ……心に広がっていた暗雲は一気に霧散していった。

 体から力が抜けて崩れ落ちそうになる体を支えると、真っ赤な顔で俺を愛しそうに見つめるチハナの顔に、こちらも愛おしさが止めどなく吹き出した。

「愛してる……チハナ」

 フレイクスやヒョーイがいる事も忘れ……チハナの温かい唇に囚われた。
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