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文化祭小話 1
しおりを挟む「おー結構可愛いじゃん!」
「殺してくれ……」
愉快そうに手を叩く樫谷に対し、虚な目で教室の床を眺める、小崎順平こと俺。
その身に纏っているのは制服でも、ましてや男性服でもなく。襟がついた黒地のワンピースに白いフリル付きのエプロン、そして胸元と腰の後ろには乙女チックなリボンがあしらわれた、所謂『メイド服』と呼ばれる衣服であった。
「んないつまでも落ち込んでんなって。仕方ねーだろ。明日の文化祭でうちのクラスがやる『執事・メイド喫茶』の執事服が足りなくて、メイド服が余ってんだから」
「……だからって何で俺が…」
「接客担当の中で1番サイズ合いそうなのがコイちゃんだから?」
「変わってくれ樫谷」
「絶対ヤダ。みっともねーし」
「もうこいつ最悪……」
ああ…、こんなことならさっさと家に帰っておけばよかった……。
俺が樫谷曰くみっともない格好をしている理由は、概ね彼の言った通りだ。明日の文化祭の最終準備を終え、樫谷と帰ろうとしていたその時、接客服の購入を担当していた女子が今になって服の枚数にミスがあったことに気付き、急遽メイド服を着てくれる人を探すこととなったのである。
しかし、連絡を取った女子生徒全員がそれぞれ予定ありで接客NG。白羽の矢が立ったのが、偶々その場に居合わせて、かつ元々数少ない接客担当で、しかもその中ではどちらかというと小柄な俺だったというわけだ。
別に接客など一人ぐらい居なくても良いと思うのだが、購入枚数をミスした女子──渡さんから青ざめた顔で必死に頭を下げられて断ることが出来なかった。まあ了承したのは何故か俺ではなく隣に居た樫谷だったのだが。
そして今は、サイズが合うかどうかの確認のために空き教室で試着中だ。……明日急に太ったりしたら着なくて良くなるんだろうか。そんな現実逃避をする事でしか正気を保てなかった。
因みに、明らかに俺には向いていない接客の担当についてだが、これも不運が重なった結果。決して自分で望んだわけではなく、偶々体調を崩して学校を休んでいる時に決まってしまっていた。
全員接客をやりたくなくて、その場に居なかった俺が押し付けられたのか?と思っていたら、どうやら樫谷と瀬川が推薦したらしかった。ふざけんな。交代は受け入れられなかったので、その日の夜俺は泣いた。
丈、短くないか…?足の付け根部分にまで直接空気が触れてスースーするし、落ち着かない。……こんな心もとないものを女子はいつも履いているのか?勇者か?
一応学校行事で着るものなので、コスプレ衣装でよくあるミニスカートではなく、丈は膝ぐらいまであった。しかしスカート初体験の俺にとってはそれでも長さが足りないと思ってしまう。
一生懸命伸びない布を引っ張って抑えながら、この場に瀬川が居なくてよかったと意識的にポジティブな事を考えた。瀬川は今日用事があって早く帰ったが、もしそうでなかったのなら絶対にこの俺の姿を見て変な事を言うだろうと予想はつく。まあ明日になったら否が応でも瀬川に、そして瀬川以外の人にもこの無様な女装姿を晒すことになるのだが…。う…嫌すぎて吐きそう。
そんな風にスカートへの意識が逸れた瞬間を狙って、樫谷があまりに自然な動作でガバリとそこを捲り上げた。一瞬何をされたか分からず固まって、しかし新鮮な風が通り抜ける感覚で全てを理解した次の瞬間、俺はありったけの声量で叫ぶ。
「ギャーーーッッ!!止めろッッ!?」
「あれ?パンツ履いてねーの?」
「履いてるわ馬鹿!!!」
咄嗟に樫谷の手を払い除けて、再度スカートの前面を押さえつけながら睨むが、彼はどこ吹く風といった態度で「じゃなくて、あの女物のやつ」と続けた。
メイド服が入れられてあった紙袋を漁り、「あった」と小さく呟いて取り出したのは、
布面積の少ない、女性用の下着。
「履くわけないだろ……」
それは樫谷の私物だ。……と言ったら語弊があるが、何やら仲間内のゲームで賞品として貰い、使い道を探していた物らしい。
「何で持ってきてたんだよ」
「彼女とマンネリ化してきた友達に押し付けようかと思って。でも今丁度良いなって」
「全然丁度良くない。要らない。寧ろお前が俺と同じ状況だったら履くのか」
「ンー、物理的にブツがはみ出るから履けねーかな。デカすぎて。あっはっはっは!!でもコイちゃんならいけるいける!」
「完全に馬鹿にしてるなお前!!俺だってはみ出るし!!」
「いやいや」
「いやいや!?」
「え、じゃあ履いてみて?」
「何が『じゃあ』なんだよ!履くかっ!!」
言っている途中で、またも許可なくスカートを捲り上げられる。もう追剥だ。
「ギャーーーッッ!!だからスカート捲りを止めろッッ!!!」
「パッと見そうは見えねーけど…」
樫谷の手とスカートの布を下ろそうとするがびくともしない。その間も樫谷は俺の股間をじっと観察していて、抗えない無力感と自分の性器の大きさを確認されているという激しい羞恥に顔が熱くなり、自然と涙で視界がぼやけた。
「~~っ、ゃ、……樫谷っ、やめろ……っ」
最後はもうほぼ懇願だった。せめて気持ちだけは負けてたまるかとキッ!と睨みつけると、股間から俺の顔に目線を移した樫谷は一瞬固まって、
「ぁ、悪ぃやり過ぎた。……泣くなよコイちゃん~。笑ってる方が可愛いぜ?」
「じゃあメイド代われ」
「や、それは無理」
空気のように軽い女性用のパンツを樫谷の顔に思い切り投げつけて八つ当たりすると、彼は何故か楽しそうに笑っていた。
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