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第二章 カエデ
第二章 カエデ 幕間
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* 幕間 *
今日の夕食は豚肉を厚手にスライスし、それをパン粉でつくった衣を着けて油で揚げた、タクトが言うにはトンカツという食べ物。
酸味と甘みのあるとろりとしたソースをかけて食べると、その味はやみつきになりそうで、トールは四枚目をリディからもらっていたが、まだ食べ足りないほどだった。
隣の席に座るタクトもまた、美味しそうにトンカツを食べ、ご飯を頬張っている。
――ふむ……。
広い食堂でタクトとともに食事をしながら、トールは考え込む。
――新鮮なシカの肉は食べるのを嫌がったのに、料理を食べるタクトはいつも幸せそうですね。
シカの肉も嫌いではなかったが、同じ材料でも様々な味が付けられる料理と違って、毎日食べると変化がなかったし、暑い時期は翌日には少々臭いもキツくなる。
それでも別に問題があるわけではなかったが、異世界で生まれ、料理を食べて過ごしてきたタクトには厳しかったかも知れない。
あのままあの洞窟でふたりで暮らしてもいいと思っていたトールだが、いまの幸せそうなタクトを見ていると、難しかったのではないかと思えていた。
――やはり、無能なわたしには足りないものがあったのですね。
どうにか使い慣れてきた箸を使い、たっぷりソースをかけたトンカツをひと口で平らげたトールは、ひとつのことを心に決める。
料理を食べ終わった後、トールはタクトと別れ、厨房へと向かった。
「え? トール様が、料理を、ですか?」
「はい。わたしも料理というものができるようになってみたいと思います」
タクトとトールの前に食事を済ませた兵士の分もあるのだろう、食器を洗っているリディに、自分も調理ができるようになりたいと申し出てみた。
いま、厨房で仕事をしているのはリディひとり。
前回無差別に女性を掠っていこうとした魔王軍。そして怪我をしてさらに減ってしまった屋敷の兵士。
女給としてカエデが連れてきた四人の女性たちは、警備戦力の低下と危険が及ぶ可能性を考えて、いまは王都でもカエデ専属だったリディが残っているだけの体制となった。
そのリディに、トールは食事のつくり方を教えてほしいと、三歩あった距離をもう一歩詰めて願い出た。
「トール様が、料理ですか……」
食器を洗う手を止め、端正な顔を歪めて悩むリディの答えを、トールはひたすらに待つ。
背丈は違うが、服装は主に仕える、タクトが言うにはメイド服という同じものを着ているリディとトール。
タクトの眷属で、彼に仕える者ならば、彼とともにあるために、調理の技術を身につけたかった。
単純に、タクトに喜んでもらいたかった。
「まぁ、調理の技術は一朝一夕で身につくものではありませんが、最低限のことであればいまこんな状況でもお教えすることはできるかも知れませんね……。タクト様からシカを綺麗に捌いていたとお聞きしましたから、手先は器用なのだと思いますし……」
いつ魔王軍が襲ってくるのかわからない状況で、調理を教わるということが仕事の邪魔になることはわかっていた。
けれど、それでも、習いたい。
本隊が到着した後は、この屋敷に残り続けるかどうかはわからない。
だとしたらいまのうちに、今晩も昨晩も美味しい料理をつくってくれたリディの調理技術を、少しでも教わっておきたかった。
「わかりました。正直少し手が足りていませんでしたので、明日少し時間をつくります」
「ありがとうございます!」
深く頭を下げ、トールはニッコリとリディに笑いかけた。
テラスで欠伸をかみ殺しながら本を読んでいたとき、なにやら裏庭が騒がしくなってきたことに気がついた。
俺は本にしおりを挟んで、椅子から立ち上がりテラスの端から裏庭を見下ろしてみる。
警備の兵士の人たちが煉瓦を重ねたり、薪を持ってきたり、リディさんがテーブルを出して食材を切り始めたりと、なんだかキャンプの様相が出来上がっていた。
「あれ? 確か今日は、トールがリディさんに料理を習うとか言ってなかったっけ?」
昼過ぎにそんな話をして、ニコニコと厨房にトールが向かっていたのは憶えている。
それがなんでキャンプ料理みたいなことになったのか、俺にはわからなかった。
「いや、そもそも、トールはどこに行った?」
よくよく見てみると、トールの姿がない。
兵士の男性は三人くらいしか見えないけど、女性はリディさんと、陽の差さないところに椅子を据えて作業の様子を眺めてる姫だけだった。
今日の主役のひとりであるトールは、やっぱりどこにもいない。
「どうかしたんですかー? リディさん。トールがいないみたいですがー?」
大きめの声で、簡易テーブルの上でまな板と包丁を使い食材を切っているリディさんに声をかけてみる。
「こんにちは、タクト様。トール様は……、その、ちょっと……」
「んー? タクトか。トールならば別の作業しているよ」
「別の作業?」
言葉を濁したリディさんの代わりに、すぐ下辺りにいる黒いワンピースを身につけた姫が言葉を継いでくれる。
「あぁ、まぁ、何と言うか……。屋敷の修理を、な」
「……そうですか」
なんとなく釈然としないものを感じつつも、やはり言葉を濁す姫に、俺はそれ以上問うことをやめた。
トールの力があれば、屋敷に壊れたところがあったりするなら重宝するだろう。
でも料理を習うはずだった彼女が、どうして屋敷の修理に駆り出されているのかがわからない。
さらには、なぜ今日は野外で料理をすることになったのか繋がらなくて、俺は首を傾げるしかなかった。
今日の夕食は豚肉を厚手にスライスし、それをパン粉でつくった衣を着けて油で揚げた、タクトが言うにはトンカツという食べ物。
酸味と甘みのあるとろりとしたソースをかけて食べると、その味はやみつきになりそうで、トールは四枚目をリディからもらっていたが、まだ食べ足りないほどだった。
隣の席に座るタクトもまた、美味しそうにトンカツを食べ、ご飯を頬張っている。
――ふむ……。
広い食堂でタクトとともに食事をしながら、トールは考え込む。
――新鮮なシカの肉は食べるのを嫌がったのに、料理を食べるタクトはいつも幸せそうですね。
シカの肉も嫌いではなかったが、同じ材料でも様々な味が付けられる料理と違って、毎日食べると変化がなかったし、暑い時期は翌日には少々臭いもキツくなる。
それでも別に問題があるわけではなかったが、異世界で生まれ、料理を食べて過ごしてきたタクトには厳しかったかも知れない。
あのままあの洞窟でふたりで暮らしてもいいと思っていたトールだが、いまの幸せそうなタクトを見ていると、難しかったのではないかと思えていた。
――やはり、無能なわたしには足りないものがあったのですね。
どうにか使い慣れてきた箸を使い、たっぷりソースをかけたトンカツをひと口で平らげたトールは、ひとつのことを心に決める。
料理を食べ終わった後、トールはタクトと別れ、厨房へと向かった。
「え? トール様が、料理を、ですか?」
「はい。わたしも料理というものができるようになってみたいと思います」
タクトとトールの前に食事を済ませた兵士の分もあるのだろう、食器を洗っているリディに、自分も調理ができるようになりたいと申し出てみた。
いま、厨房で仕事をしているのはリディひとり。
前回無差別に女性を掠っていこうとした魔王軍。そして怪我をしてさらに減ってしまった屋敷の兵士。
女給としてカエデが連れてきた四人の女性たちは、警備戦力の低下と危険が及ぶ可能性を考えて、いまは王都でもカエデ専属だったリディが残っているだけの体制となった。
そのリディに、トールは食事のつくり方を教えてほしいと、三歩あった距離をもう一歩詰めて願い出た。
「トール様が、料理ですか……」
食器を洗う手を止め、端正な顔を歪めて悩むリディの答えを、トールはひたすらに待つ。
背丈は違うが、服装は主に仕える、タクトが言うにはメイド服という同じものを着ているリディとトール。
タクトの眷属で、彼に仕える者ならば、彼とともにあるために、調理の技術を身につけたかった。
単純に、タクトに喜んでもらいたかった。
「まぁ、調理の技術は一朝一夕で身につくものではありませんが、最低限のことであればいまこんな状況でもお教えすることはできるかも知れませんね……。タクト様からシカを綺麗に捌いていたとお聞きしましたから、手先は器用なのだと思いますし……」
いつ魔王軍が襲ってくるのかわからない状況で、調理を教わるということが仕事の邪魔になることはわかっていた。
けれど、それでも、習いたい。
本隊が到着した後は、この屋敷に残り続けるかどうかはわからない。
だとしたらいまのうちに、今晩も昨晩も美味しい料理をつくってくれたリディの調理技術を、少しでも教わっておきたかった。
「わかりました。正直少し手が足りていませんでしたので、明日少し時間をつくります」
「ありがとうございます!」
深く頭を下げ、トールはニッコリとリディに笑いかけた。
テラスで欠伸をかみ殺しながら本を読んでいたとき、なにやら裏庭が騒がしくなってきたことに気がついた。
俺は本にしおりを挟んで、椅子から立ち上がりテラスの端から裏庭を見下ろしてみる。
警備の兵士の人たちが煉瓦を重ねたり、薪を持ってきたり、リディさんがテーブルを出して食材を切り始めたりと、なんだかキャンプの様相が出来上がっていた。
「あれ? 確か今日は、トールがリディさんに料理を習うとか言ってなかったっけ?」
昼過ぎにそんな話をして、ニコニコと厨房にトールが向かっていたのは憶えている。
それがなんでキャンプ料理みたいなことになったのか、俺にはわからなかった。
「いや、そもそも、トールはどこに行った?」
よくよく見てみると、トールの姿がない。
兵士の男性は三人くらいしか見えないけど、女性はリディさんと、陽の差さないところに椅子を据えて作業の様子を眺めてる姫だけだった。
今日の主役のひとりであるトールは、やっぱりどこにもいない。
「どうかしたんですかー? リディさん。トールがいないみたいですがー?」
大きめの声で、簡易テーブルの上でまな板と包丁を使い食材を切っているリディさんに声をかけてみる。
「こんにちは、タクト様。トール様は……、その、ちょっと……」
「んー? タクトか。トールならば別の作業しているよ」
「別の作業?」
言葉を濁したリディさんの代わりに、すぐ下辺りにいる黒いワンピースを身につけた姫が言葉を継いでくれる。
「あぁ、まぁ、何と言うか……。屋敷の修理を、な」
「……そうですか」
なんとなく釈然としないものを感じつつも、やはり言葉を濁す姫に、俺はそれ以上問うことをやめた。
トールの力があれば、屋敷に壊れたところがあったりするなら重宝するだろう。
でも料理を習うはずだった彼女が、どうして屋敷の修理に駆り出されているのかがわからない。
さらには、なぜ今日は野外で料理をすることになったのか繋がらなくて、俺は首を傾げるしかなかった。
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