【連作ホラー】伍横町幻想 —Until the day we meet again—

至堂文斗

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第二部【三神院幻想 ―Dawn comes to the girl―】

三十八話 三神院幻想

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「さあ、行きなさい。もう眠り姫は嫌でしょう? はやく帰って、王子様にキスでもしてもらいなさい」
「順番が逆だよ、お姉ちゃん」
「いいのよ、細かいところは」
「……ふふ、まあそうだね」

 王子様のキス、か。
 確かに、長い間眠り続けた彼女には、それくらいのプレゼントがあっていいよね。
 ヨウノお姉ちゃんにとって、今の言葉は相当重い決断だと思うけれど。
 残された人の幸せを考えたとき……それが一番だと、自分の中で結論を出せたのだろう。
 ああ、やっぱりお姉さんだなと、光井家の長女なんだなと、私は尊敬した。
 眼前に、光の渦が現れる。
 この渦がきっと、こちらとあちらを繋ぐ道だ。
 アキノが、光の向こう側へと歩き始める。
 ……その途上で、くるりとこちらを振り返った。

「……お姉ちゃんたちがお姉ちゃんで、私、本当に幸せだったよ! 私、世界一幸せ者の、妹だった!」

 それが、今のアキノの本心。
 嘘偽りのない、魂の叫びだった。
 だから私たちも同じように。
 魂の奥底からの思いを、最期に叫ぶ。

「それは私も同じだよ、アキノ!」
「そうよ! 私だって、アキノがいない世界なんて考えられないわ!」

 私たち姉妹はどうしようもなく姉妹なのだ。
 とても満ち足りた、三姉妹だったのだ。

「……私たち、幸せだね?」
「ええ。三人とも、幸せなんだわ」
「……約束、守れてたんだね。……本当に、良かった」

 いつの間にやら私たちは。
 揃いも揃って涙でぐしゃぐしゃになっていた。

「……それじゃあ、私……帰るよ。こんな私を待ってくれてる人が、あっちにもいるんだからね……」
「ええ……元気でね」

 アキノの体がゆっくりと、光の渦に呑まれて消えていく。

「さよなら、お姉ちゃん。また……会う日まで」

 また会う日まで。
 それはきっと、生者と死者の間で交わされるべき、別れの言葉なのかもしれない。

「うん。さよならだよ」
「また会う日まで……ね」

 そして、アキノは帰っていった。
 彼女が在るべき世界へと。




 ――声。

 ――懐かしい、声がして。

 私は、ゆっくりと目を開ける。

「……アキノちゃん」

 そこには、私を待つ人たちの姿があった。

「マスミさん、ミオさん……」
「ようやく、お目覚めだね」

 微かに赤らんだ目を細めて、マスミさんは微笑む。ミオさんも、安堵の表情を浮かべてくれていた。

「ずっとこの言葉を君に言える日がくるのを、待ってたんだよ。……おはよう、アキノちゃん」

 おはよう。
 その普遍的な挨拶を聞けたのは、何年ぶりだろう?
 当たり前の目覚めが来なくて。
 夜明けが来なくて。
 独りきりの世界でずっと苦しみ続けた日々は、今やっと終わりを迎えたのだ。
 大切なお姉ちゃんたちが、私に太陽を運んでくれたから。

「……うん、おはよう」

 私も、二人に言葉を返す。
 当たり前の挨拶を。

「ありがとう、マスミさんも、ミオさんも。とっても長くて、とっても辛くて。……とっても大切な、眠りだった」
「……そうだね」

 マスミさんが、そっと頭を撫でてくれる。
 その感触を確かめながら、私は言う。

「……私、もう子どものままじゃいられない。お姉ちゃんたちのためにも、私は色んなこと、知っていきたい」

 三年間の空白を埋めるため。
 お姉ちゃんたちの思いを受け取った私が――大人になるために。

「マスミさん、ミオさん」

 私を待っていてくれた人たち。

「これから私にもっと沢山のことを、教えていってください」

 マスミさんもミオさんも。
 温かな笑顔で、そんな私を受け入れてくれたのだった。

 ――こうして私、光井明乃が眠りから目覚める旅は、終わったのです……。
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