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第三部【流刻園幻想 ―Omnia fert aetas―】
二十六話 取込
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……頭の痛みで、意識が覚醒した。
重たいまぶたを何とか開くと、そこはこれまで以上に非現実的な世界へと変貌していた。
「……ここ、は……」
全てが青白く染まった世界。
まるで大吹雪に襲われて何もかもが凍り付いたような。
……それでも、ここは確かに二年一組の教室だ。
オレとミイちゃんが過ごした、懐かしい教室の風景だ。
「……あ、ユウサクくん」
上体を起こすと、近くにいた彼女がこちらを振り返った。
声からしてミイちゃんだろうと確信はしていたが……その姿は、二十年前の彼女そのものになっていた。
「ミイ、ちゃん……」
「あはは。何だろう、目が覚めたらこの姿になっちゃっててさ」
自分でも、二十年前の容姿になったのが少し恥ずかしいのだろう、スカートを押さえてはにかみながら、彼女は答えた。
オレからすれば、その姿こそいつものミイちゃんだ。
「……ここ、何なんだろうね」
「さあ……」
凍り付いた教室。違う例えをするならば、ネガポジを反転したような風景。
何となく、時間が止まった世界というような印象を受ける。映画やアニメでよくある演出というか。
「あいつの、心の中の世界……とか? はは、当てずっぽうだけどさ」
「……いえ、おおむねその通りよ」
オレの仮説に答えてくれた声は、メイさんのものだった。どこにいるのだろうと室内を見回していると、例の眩い光とともに、彼女の姿が現れる。
ただ、彼女の姿はミイちゃんと違い、音楽室で見た半透明な状態のままだった。更に言えば、時折ノイズのようにその姿がブレている。
「メイさん……」
「メイさんって……ああ、吹奏楽部の特別顧問だった?」
ミイちゃんはオレと同じく当時のことを知っているため、メイさんのことも名前を聞いただけで思い出したようだ。
「ミオくんに話を聞いたおかげで、何とか介入できたわ。でも、会話をするのが精一杯ね」
相変わらず目元は見えなかったが、メイさんが苦しげな表情をしているのは分かる。かなり霊体に負担がかかっているようだ。
「ここは、玉川理久くんの記憶世界よ。別な表現をすれば、確かに心の中の世界とも言えるわ」
「……どうしてオレたちはこんなところへ」
「それは、リクくんがあなたたち二人の魂の力を吸収し、ある程度の力を取り戻して……計画を完了させるためだと思うわ」
吸収。
たしかにリクは、ガラス瓶の中からその正体を見せた直後、オレたちの魂を自らの元へ引き寄せた。
それは、自分の中にオレたちを引き込み、生命力を吸い尽くすためだったということか。
なら、ここにいればいるほど、オレもミイちゃんもあいつに力を奪われ続けてしまうわけだ……。
「計画の完了って……?」
「ミイちゃんも分かってると思う。あいつは、自分が手にした全部を自分で壊そうとしていた。だから、オレたちを殺して、その上で僅かな時間でも現実に蘇り……最後の生き残りも殺すつもりなんだ」
「ミイナを……?」
「……恐らくね」
オレの考えに、メイさんも同意してくれる。
狂気が辿り着く答えなんて、単純極まりないものだ。そして、だからこそ恐ろしい。
「このまま闇雲に動き回っても、ただ力を吸収されるだけのはず。だから……そうね。この世界の繋がりを分断できればいいのだけど」
「分断?」
「ええ。この体はユウサクくん、あなたのもの。そしてそこに、ユウキくんとリクくんという二つの魂が強引に詰められている。なら、その繋がりを断つことができれば、リクくんの魂は弾き出されるはず。そのとき溜め込んだ力も、引き剥がせれば申し分ないのだけれどね」
今のところ、オレたちの魂は全てオレの肉体に詰め込まれているらしい。そこからリクの魂だけをどうにか切り離せれば……という感じか。
元の宿主がオレ自身であることが、僅かな希望なのだろうが……切り離すにしても、その方法がさっぱり分からない。
「……どうすれば?」
訊ねてはみたが、メイさんもその具体的な方法は思いつかないようで、申し訳なさそうに首を振る。
その動作の間に、彼女の姿は大きくブレた。
「ごめんなさい、もう限界みたいね」
「……これ以上、留まれませんか」
メイさんはリクにとって、ただの侵入者だ。これだけ留まって話をしてくれただけでも十分過ぎる、か。
「方法は、浮かばないけれど……この世界でのリクくんを拒絶することができれば、きっと」
そこで、ふつりと言葉が途切れる。
後は僅かな余韻だけを残し、メイさんの姿は跡形もなく消え去ってしまった。
……結局、状況と方向性だけは何とか把握出来たものの、ここで何をすればいいのかは、分からないままだ。
あても無しに、とりあえず進んでいくしかないのだろう。
「……はあ。最後にして最大の面倒事だな」
「そだね。まさか、こんなことになっちゃうなんて」
そう言いながらも、ミイちゃんはどこか楽しそうだ。
「でも、全然怖くないよ。ユウくんが、そばにいてくれるんだもんね」
「……遅くなってごめんな」
「いいんだよ。この瞬間だけでも……嬉しいから」
「はは、同感だ」
オレにとっては数時間ぶりで。
ミイちゃんにとっては、数十年ぶりの、二人の時間。
願わくばこのまま、時が遡ればいいのにと思ってしまうけれど……馬鹿な夢は、それくらいにしておく。
「さ、五里霧中だけどとりあえず行こうか。こんな世界……オレがさっさと拒絶してやるさ」
「頼りにしてるよ、ユウくんっ」
と、急にミイちゃんが両手を広げてオレに抱き着いてくる。
あまりに唐突だったので、オレは驚いてガチガチに固まってしまった。
「うおっ、やめろいい年して」
「今は十六歳ですよーだ!」
そりゃ、確かにそうだけど。
というツッコミを心の中で入れながら、それでもオレは、暫くの間彼女の抱擁に身を任せているのだった。
重たいまぶたを何とか開くと、そこはこれまで以上に非現実的な世界へと変貌していた。
「……ここ、は……」
全てが青白く染まった世界。
まるで大吹雪に襲われて何もかもが凍り付いたような。
……それでも、ここは確かに二年一組の教室だ。
オレとミイちゃんが過ごした、懐かしい教室の風景だ。
「……あ、ユウサクくん」
上体を起こすと、近くにいた彼女がこちらを振り返った。
声からしてミイちゃんだろうと確信はしていたが……その姿は、二十年前の彼女そのものになっていた。
「ミイ、ちゃん……」
「あはは。何だろう、目が覚めたらこの姿になっちゃっててさ」
自分でも、二十年前の容姿になったのが少し恥ずかしいのだろう、スカートを押さえてはにかみながら、彼女は答えた。
オレからすれば、その姿こそいつものミイちゃんだ。
「……ここ、何なんだろうね」
「さあ……」
凍り付いた教室。違う例えをするならば、ネガポジを反転したような風景。
何となく、時間が止まった世界というような印象を受ける。映画やアニメでよくある演出というか。
「あいつの、心の中の世界……とか? はは、当てずっぽうだけどさ」
「……いえ、おおむねその通りよ」
オレの仮説に答えてくれた声は、メイさんのものだった。どこにいるのだろうと室内を見回していると、例の眩い光とともに、彼女の姿が現れる。
ただ、彼女の姿はミイちゃんと違い、音楽室で見た半透明な状態のままだった。更に言えば、時折ノイズのようにその姿がブレている。
「メイさん……」
「メイさんって……ああ、吹奏楽部の特別顧問だった?」
ミイちゃんはオレと同じく当時のことを知っているため、メイさんのことも名前を聞いただけで思い出したようだ。
「ミオくんに話を聞いたおかげで、何とか介入できたわ。でも、会話をするのが精一杯ね」
相変わらず目元は見えなかったが、メイさんが苦しげな表情をしているのは分かる。かなり霊体に負担がかかっているようだ。
「ここは、玉川理久くんの記憶世界よ。別な表現をすれば、確かに心の中の世界とも言えるわ」
「……どうしてオレたちはこんなところへ」
「それは、リクくんがあなたたち二人の魂の力を吸収し、ある程度の力を取り戻して……計画を完了させるためだと思うわ」
吸収。
たしかにリクは、ガラス瓶の中からその正体を見せた直後、オレたちの魂を自らの元へ引き寄せた。
それは、自分の中にオレたちを引き込み、生命力を吸い尽くすためだったということか。
なら、ここにいればいるほど、オレもミイちゃんもあいつに力を奪われ続けてしまうわけだ……。
「計画の完了って……?」
「ミイちゃんも分かってると思う。あいつは、自分が手にした全部を自分で壊そうとしていた。だから、オレたちを殺して、その上で僅かな時間でも現実に蘇り……最後の生き残りも殺すつもりなんだ」
「ミイナを……?」
「……恐らくね」
オレの考えに、メイさんも同意してくれる。
狂気が辿り着く答えなんて、単純極まりないものだ。そして、だからこそ恐ろしい。
「このまま闇雲に動き回っても、ただ力を吸収されるだけのはず。だから……そうね。この世界の繋がりを分断できればいいのだけど」
「分断?」
「ええ。この体はユウサクくん、あなたのもの。そしてそこに、ユウキくんとリクくんという二つの魂が強引に詰められている。なら、その繋がりを断つことができれば、リクくんの魂は弾き出されるはず。そのとき溜め込んだ力も、引き剥がせれば申し分ないのだけれどね」
今のところ、オレたちの魂は全てオレの肉体に詰め込まれているらしい。そこからリクの魂だけをどうにか切り離せれば……という感じか。
元の宿主がオレ自身であることが、僅かな希望なのだろうが……切り離すにしても、その方法がさっぱり分からない。
「……どうすれば?」
訊ねてはみたが、メイさんもその具体的な方法は思いつかないようで、申し訳なさそうに首を振る。
その動作の間に、彼女の姿は大きくブレた。
「ごめんなさい、もう限界みたいね」
「……これ以上、留まれませんか」
メイさんはリクにとって、ただの侵入者だ。これだけ留まって話をしてくれただけでも十分過ぎる、か。
「方法は、浮かばないけれど……この世界でのリクくんを拒絶することができれば、きっと」
そこで、ふつりと言葉が途切れる。
後は僅かな余韻だけを残し、メイさんの姿は跡形もなく消え去ってしまった。
……結局、状況と方向性だけは何とか把握出来たものの、ここで何をすればいいのかは、分からないままだ。
あても無しに、とりあえず進んでいくしかないのだろう。
「……はあ。最後にして最大の面倒事だな」
「そだね。まさか、こんなことになっちゃうなんて」
そう言いながらも、ミイちゃんはどこか楽しそうだ。
「でも、全然怖くないよ。ユウくんが、そばにいてくれるんだもんね」
「……遅くなってごめんな」
「いいんだよ。この瞬間だけでも……嬉しいから」
「はは、同感だ」
オレにとっては数時間ぶりで。
ミイちゃんにとっては、数十年ぶりの、二人の時間。
願わくばこのまま、時が遡ればいいのにと思ってしまうけれど……馬鹿な夢は、それくらいにしておく。
「さ、五里霧中だけどとりあえず行こうか。こんな世界……オレがさっさと拒絶してやるさ」
「頼りにしてるよ、ユウくんっ」
と、急にミイちゃんが両手を広げてオレに抱き着いてくる。
あまりに唐突だったので、オレは驚いてガチガチに固まってしまった。
「うおっ、やめろいい年して」
「今は十六歳ですよーだ!」
そりゃ、確かにそうだけど。
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