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最終部【伍横町幻想 ―Until the day we meet again―】
二十一話 「お前はどうしたいのさ」
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伍横町が霊の空間へと変貌し。
町内に存在する少年刑務所もまた、その空間の中に落とされることとなった。
かつての事件の贖罪のため、その場所で長い時を過ごしていた少年――今はもう青年と呼ぶべきか――も、この異常事態にはすぐ気付いていた。
「これ……降霊術……なの?」
深夜とは言え、何人もの収容者や職員がいるこの刑務所だが、時計の針が零時を回った瞬間、人の気配が一瞬にして消えた。
そして、不穏な寒気。遠くから聞こえてくる、呻き声や金属音のようなもの。
彼――中屋敷麻耶は、今の状態が降霊術による霊空間の発生であると、過去の経験から確信した。
だが、規模が大きすぎる。
自身の関わった霧夏邸の事件では、二人の人物が降霊術を行ったことによる暴走で、邸内がすっぽりと霊空間に覆われた。しかし、今発生している空間は、町全体を覆っている。
「一体、何が起きてるって言うんだろ……」
そのとき、部屋の外から一段と甲高い声が響く。
生者の声ではない。暴走により怨みに支配された霊の叫びだ。
もしも、悪霊たちが生者の魂に釣られて自分の元へ集まってきたら。マヤはそんな可能性に恐怖し、身を震わせる。
「僕は……まだ死ぬわけにはいかないのに」
あのときの罪を、自分はまだ清算出来ていない。いや、ここで刑期を終えたからと言って、十字架が無くなるわけではないけれど。
少なくとも罪滅ぼしを終わらせるまでは、誰にも顔向け出来ないのだ。
ミツヤやハルナにもそうだが、既にあちら側の世界へと旅立っている者たちとは、特に。
あの子とは、特に。
ここから逃げ出すべきか。今は緊急時だ、それは認めてもらえるだろう。
でも、自分の気持ちが問題だった。マヤの根本は結局、思い込みの激しい臆病者だった。
いくら変えようとしても、根の性格を変えることは困難だった。
何かきっかけがあるのかもしれないが……それが今なのかもしれないが、臆病な心が邪魔をして、決断を下せないままでいた。
――死にたくない。
畢竟、胸の奥深くにあるのはその思いだったけれど。
頭に浮かんでくる人たちの表情や言葉に、マヤは動けなくなっていた。
……そこに。
「……ったく。情けないヤツだな、相変わらず」
「――え?」
誰もいない筈の部屋に、マヤ以外の声が響いた。
妄想の類ではない。明らかに、この空間の中に反響した確かな声。
マヤは、恐る恐る振り返る。その声に、一つの心当たりがあるのを意識しながら。
果たしてそれは、マヤの想起した人物に違いなかった。
「あ……」
「よ。久しぶりだな、マヤ」
――月白荘司。
かつてマヤやミツヤとともに霧夏邸へ忍び込み、降霊術を巡る事件に巻き込まれて犠牲になった少年。
あのときのままの彼が、霊としてマヤの眼前に立っていた。
相変わらずの馴れ馴れしさで、マヤに笑いかけていた。
「……今だけは出るも出ないも自由だ。お前はどうしたいのさ」
「ソウシ……」
「俺は行くぜ、あいつらのところに」
挑戦的に、ソウシは告げる。
「こういう状況でくらい、あいつらの役に立っておきたいからよ」
彼はそのために、ここへ戻ってきたのだ。
伍横町が霊空間に鎖されて。それをチャンスと、戻ってきた。
そんなことが出来るということにも驚きだったが……その行動力にもマヤは驚いていた。
死という安息から抜け出してでも……ミツヤたちの役に立つため、ソウシはここへ降り立ったのだ。
自分が同じ立場だったら果たして来れただろうかとマヤは自問し……答えは出なかった。
「……僕は」
「行くならさっさと行こうぜ」
ソウシは、手を差し伸べる。
罪深き自分へ、行こうと手を伸ばしてくれている。
マヤは……これこそがきっかけだ、と確信した。
臆病な自分が変わるため。今、手が差し伸べられた。
ならば、進むべき道は決まっている。
否、きちんと決めるべきだ。
「……ありがとう、ソウシ」
「礼なんて言わんでいいさ、気色悪いぜ」
「……それでもだよ」
彼の軽口も、むしろ心地よかった。
マヤは必ず役に立とうと決意し……自らの意思で、牢獄から抜け出したのだった。
町内に存在する少年刑務所もまた、その空間の中に落とされることとなった。
かつての事件の贖罪のため、その場所で長い時を過ごしていた少年――今はもう青年と呼ぶべきか――も、この異常事態にはすぐ気付いていた。
「これ……降霊術……なの?」
深夜とは言え、何人もの収容者や職員がいるこの刑務所だが、時計の針が零時を回った瞬間、人の気配が一瞬にして消えた。
そして、不穏な寒気。遠くから聞こえてくる、呻き声や金属音のようなもの。
彼――中屋敷麻耶は、今の状態が降霊術による霊空間の発生であると、過去の経験から確信した。
だが、規模が大きすぎる。
自身の関わった霧夏邸の事件では、二人の人物が降霊術を行ったことによる暴走で、邸内がすっぽりと霊空間に覆われた。しかし、今発生している空間は、町全体を覆っている。
「一体、何が起きてるって言うんだろ……」
そのとき、部屋の外から一段と甲高い声が響く。
生者の声ではない。暴走により怨みに支配された霊の叫びだ。
もしも、悪霊たちが生者の魂に釣られて自分の元へ集まってきたら。マヤはそんな可能性に恐怖し、身を震わせる。
「僕は……まだ死ぬわけにはいかないのに」
あのときの罪を、自分はまだ清算出来ていない。いや、ここで刑期を終えたからと言って、十字架が無くなるわけではないけれど。
少なくとも罪滅ぼしを終わらせるまでは、誰にも顔向け出来ないのだ。
ミツヤやハルナにもそうだが、既にあちら側の世界へと旅立っている者たちとは、特に。
あの子とは、特に。
ここから逃げ出すべきか。今は緊急時だ、それは認めてもらえるだろう。
でも、自分の気持ちが問題だった。マヤの根本は結局、思い込みの激しい臆病者だった。
いくら変えようとしても、根の性格を変えることは困難だった。
何かきっかけがあるのかもしれないが……それが今なのかもしれないが、臆病な心が邪魔をして、決断を下せないままでいた。
――死にたくない。
畢竟、胸の奥深くにあるのはその思いだったけれど。
頭に浮かんでくる人たちの表情や言葉に、マヤは動けなくなっていた。
……そこに。
「……ったく。情けないヤツだな、相変わらず」
「――え?」
誰もいない筈の部屋に、マヤ以外の声が響いた。
妄想の類ではない。明らかに、この空間の中に反響した確かな声。
マヤは、恐る恐る振り返る。その声に、一つの心当たりがあるのを意識しながら。
果たしてそれは、マヤの想起した人物に違いなかった。
「あ……」
「よ。久しぶりだな、マヤ」
――月白荘司。
かつてマヤやミツヤとともに霧夏邸へ忍び込み、降霊術を巡る事件に巻き込まれて犠牲になった少年。
あのときのままの彼が、霊としてマヤの眼前に立っていた。
相変わらずの馴れ馴れしさで、マヤに笑いかけていた。
「……今だけは出るも出ないも自由だ。お前はどうしたいのさ」
「ソウシ……」
「俺は行くぜ、あいつらのところに」
挑戦的に、ソウシは告げる。
「こういう状況でくらい、あいつらの役に立っておきたいからよ」
彼はそのために、ここへ戻ってきたのだ。
伍横町が霊空間に鎖されて。それをチャンスと、戻ってきた。
そんなことが出来るということにも驚きだったが……その行動力にもマヤは驚いていた。
死という安息から抜け出してでも……ミツヤたちの役に立つため、ソウシはここへ降り立ったのだ。
自分が同じ立場だったら果たして来れただろうかとマヤは自問し……答えは出なかった。
「……僕は」
「行くならさっさと行こうぜ」
ソウシは、手を差し伸べる。
罪深き自分へ、行こうと手を伸ばしてくれている。
マヤは……これこそがきっかけだ、と確信した。
臆病な自分が変わるため。今、手が差し伸べられた。
ならば、進むべき道は決まっている。
否、きちんと決めるべきだ。
「……ありがとう、ソウシ」
「礼なんて言わんでいいさ、気色悪いぜ」
「……それでもだよ」
彼の軽口も、むしろ心地よかった。
マヤは必ず役に立とうと決意し……自らの意思で、牢獄から抜け出したのだった。
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