金貨一枚の聖女

星ふくろう

文字の大きさ
2 / 9

聖女の価格は金貨一枚だった‥‥‥

しおりを挟む
 ウィンダミア帝国帝都アフルァリア。
 本日は聖女認定の日。
 そして、最高神エリアルがそれを認めればーー
 自動的にその女性は、次期皇妃もしくは皇妃になることが確定する。
 そんな大事な大事な、儀式の日に。
 あまりにも愚かなで世間から笑いものにされるような出来事が起きてしまった。

 最高神エリアルの聖女を皇妃にすることで、帝国は両隣の列強国を退けてきた。
 その次期皇帝、レオン・ウィンダミアがエリアルを祭る大神殿の上段に座り、その隣には大神官が。
 皇帝夫妻が更に上位に座っている。

「では‥‥‥これより、エリアル神の聖女認定の儀式を行う」

 大神官の厳かでよく通る声が神殿内に響いていく。
 列強各国の大使や賓客、そして国内の有力貴族や文官・武官が左右に並ぶなか四人の少女が入り口に姿を現した。

 クルード公爵令嬢アリス。通称、レイス(生霊)。
 レイルド侯爵令嬢モニカ。通称、青ブタ。
 サイダル侯爵令嬢エリーゼ。通称、白い薔薇。
 ビロウ子爵令嬢アンリエッタ。通称、黒い薔薇。

 レオン皇太子が十二歳の誕生日の日に名付けたその異名は三人までは当てはまっていた。
 ただ一人。
 アリスを除いては。
 
「なぜ、クルード公爵令嬢アリス様だけレイスなど、と?
 それほどに、殿下をお怒りにさせる真似でもしたのだろうか?」
 
 その場にいた誰もがいぶかしむほどに、金髪を結い上げて質素だが意匠のよい白いドレスに身をまとった少女はまともに見えた。
 そして、白や黒の薔薇ほどにではないにせよ、賢くも美しくも見えていた。

 そんな四人の皇妃候補が整列し、挨拶をするなかでレオン皇太子は隣に立つ、帝国騎士に声をかける。
 
「おい、ゲイル。
 あの日のこと、五年前のあの言葉を忘れてはいないだろうな?」

「は、殿下。
 もちろんでございます‥‥‥」

 ゲイルと呼ばれた二十代後半の騎士は、苦渋の決断を迫られていた。
 四者択一。
 間違えばーー全ては崩壊する。
 脂汗が全身から噴き出ることを彼は感じていた。

(大丈夫だ、親類縁者には数年前から近隣諸国へ移住をそれとなくさせてある。
 妻子も両親も国外に出した。
 何かあればー‥‥‥)

 彼は一族を国内から出さな得ればならない程の、重要な選択をレオン皇太子から一任。
 いや、パワハラで押し付けられていた。

「安心しろ、ゲイル。
 もし、認定されずに逆らうようなバカな候補なら、ほれ。
 あそこに奴隷商人を待たせてある。
 売り飛ばせ」

 なにを言い出すのだ、この皇太子殿下はー‥‥‥
 こんな各国からの貴賓が集まる前でそのようなことをすればー
 この帝国は世界中の笑いものにされてしまう。
 つまり、間違えるな。
 そういうことか。
 
「殿下。
 最初は、あの別の候補でございました。
 しかし、今はーー」

 どうする?
 最初の候補でいいのか!?
 しかし‥‥‥あれは余りにも。
 愚かすぎる。
 皇妃にはできない。
 ならばーー

「いまは、レイスが良い。
 そう思ってございます」

 ふん、アリスか。
 まあ、あの生霊のようにフラフラとしていた女だ。
 ばかには違いない。
 レオンはでは、それでいくか。
 そう決めて、傍らにいた大神官に告げた。

「おい、大神官。
 アリスだ」

「はっーーかしこまりました。
 では、クルード公爵令嬢アリス様!!
 前へーー!!!」

 他の三名の候補から向けられる羨望と嫉妬。
 そして、殺してやりたいと思われるほどの怒りの視線を背中に受けてアリスは段上に上がる。
 未来の夫であるレオン皇太子に挨拶をした。
 その言葉の利発さと、洗練された動作、そして彼女の向ける知的な眼差しがレオンはなぜか気に食わなかった。

「おい、ゲイル。
 これでいいのだな?」

 まるで核爆弾のスイッチを押す最終確認をするかのようにーー
 レオンは傍らにいた騎士に問いかけた。
 その目の前で交わされるやり取りに、アリスはこれはなにかおかしい、そう感じ始めていた。
 まるで、そう。
 賭け事の対象にされたような。
 そんな印象を受けたからだった。
 しかし、まさかこのような神聖な場でそんなことはしないだろう。
 彼女は自分が疑いの念を持ったことを恥じて、視線を床に落とす。

(うーむ。
 どうにもこれではない、な。
 これは、賢い。
 そんな女はーー)

 駄目だ。
 これでは自分の自由が無くなる。
 こんな嫁は要らん。
 レオンは大神官抜きで席から立ち上がり、自ら階段を降りて下にいる三人の他の候補の元へと向かった。 
 そして、一人の少女を立たせると、上階で唖然としているアリスにせせら笑うように告げた。

「やっぱ、お前は賢いから要らん。
 俺はバカな女がいいのだ。自由にできるからな
 あのレイルド侯爵令嬢モニカでいいわ。
 消えてくれ、アリス」

 消えてくれ?
 こんな、大勢の前で聖女に選んでおきながら?
 消えろ?
 そんな侮辱を受け入れる程ー‥‥‥
 自分は安い女ではない!!

 アリスは自分がけなされ馬鹿にされたと理解し、階下を駆け下りレオンの頬を張っていた。

 パァンーーーーーー!!!

 小気味の良い音が大神殿の中に響き渡り、レオンは一瞬、なにをされたかを理解できずにいた。
 次の瞬間、

「このレイス風情が!!
 皇族以外は奴隷と変わらんのを知らんのか!!」

 そう怒鳴りながらアリスの顔を殴打していた。
 あうっ、そんな悲鳴と共に横に倒れこむアリスは白と黒の薔薇のドレスを血まみれにしてしまう。
 それを見ていた皇帝が声を上げようとした時、レオンは先に叫んでいた。

「おい、ザイード!!!」

 呼ばれたのはこれまた丸々と太った牛のように大きな奴隷商人だった。

「金貨一枚だ。
 それで売ってやる。
 連れて行け‥‥‥」

 胸元から出した金貨をレオン皇太子に手渡すと、誰の文句も許さない。 
 そんな雰囲気を彼は作り上げ、アリスは奴隷商人の手によって奴隷にされてしまった。 

「さて、青ブタ。
 いやー‥‥‥レイルド侯爵令嬢モニカ殿。
 あなたが次の聖女であり、皇妃候補だ。
 さあ、どうぞこちらにーー」

 聖女を決めるのは正妃を持たない皇帝か、次期皇帝候補。
 この決まりごとは帝国始まってからのルールだ‥‥‥皇帝は何も言えないもどかしさを感じていた。

「大神官、あれを」

 合図をされて、大神官が差し出したのは黄色い宝珠だった。
 それに触れて赤く輝けば、聖女になれる。
 全世界の神の頂点にいる最高神エリアルの聖女に。
 あれが次期聖女か‥‥‥もう世界は終わりだ。
 青ブタの形容にふさわしい丸々と太った、髪型も、化粧も、その仕草すらも場末の風俗嬢以下の彼女をみて誰もがそう思っていた。
 そして、宝珠は反応しなかった。

「‥‥‥これはどういうことだ、大神官?」

 冷静にレオンは彼に問いかける。
 大神官は全身に冷や汗をかいて、聖女認定は否認されました。
 そう告げた。

「青ブタ。
 消えろー‥‥‥目障りだ」

「そんなーー!!??
 殿下ーーーああああーーーーーーーーー!!!」

 青ブタの悲鳴は、衛士に両腕をつかまれて引きずられて行く彼女の声はまさしくブタのそのものだった。
 そして、レオンは判断を委ねた騎士ゲイルに冷酷に伝えてやる。

「お前の親類縁者はすべて国境で捕縛してもうこの世にはおらん。
 消えろ、ゲイル。
 騎士らしく、な」

 その夜、騎士ゲイルは自宅で自害した。
 そして、残りの二人。
 白と黒の薔薇も聖女認定には失敗する。
 レオンが奴隷商人ザイードをその場で呼びつけてアリスは!?
 そう問うと、彼は答えた。
 もう、外国行きの船に乗せております、と。
 こうして、聖女はいなくなった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

『完璧すぎる令嬢は婚約破棄を歓迎します ~白い結婚のはずが、冷徹公爵に溺愛されるなんて聞いてません~』

鷹 綾
恋愛
「君は完璧すぎる」 その一言で、王太子アルトゥーラから婚約を破棄された令嬢エミーラ。 有能であるがゆえに疎まれ、努力も忠誠も正当に評価されなかった彼女は、 王都を離れ、辺境アンクレイブ公爵領へと向かう。 冷静沈着で冷徹と噂される公爵ゼファーとの関係は、 利害一致による“白い契約結婚”から始まったはずだった。 しかし―― 役割を果たし、淡々と成果を積み重ねるエミーラは、 いつしか領政の中枢を支え、領民からも絶大な信頼を得ていく。 一方、 「可愛げ」を求めて彼女を切り捨てた元婚約者と、 癒しだけを与えられた王太子妃候補は、 王宮という現実の中で静かに行き詰まっていき……。 ざまぁは声高に叫ばれない。 復讐も、断罪もない。 あるのは、選ばなかった者が取り残され、 選び続けた者が自然と選ばれていく現実。 これは、 誰かに選ばれることで価値を証明する物語ではない。 自分の居場所を自分で選び、 その先で静かに幸福を掴んだ令嬢の物語。 「完璧すぎる」と捨てられた彼女は、 やがて―― “選ばれ続ける存在”になる。

噂の聖女と国王陛下 ―婚約破棄を願った令嬢は、溺愛される

柴田はつみ
恋愛
幼い頃から共に育った国王アランは、私にとって憧れであり、唯一の婚約者だった。 だが、最近になって「陛下は聖女殿と親しいらしい」という噂が宮廷中に広まる。 聖女は誰もが認める美しい女性で、陛下の隣に立つ姿は絵のようにお似合い――私など必要ないのではないか。 胸を締め付ける不安に耐えかねた私は、ついにアランへ婚約破棄を申し出る。 「……私では、陛下の隣に立つ資格がありません」 けれど、返ってきたのは予想外の言葉だった。 「お前は俺の妻になる。誰が何と言おうと、それは変わらない」 噂の裏に隠された真実、幼馴染が密かに抱き続けていた深い愛情―― 一度手放そうとした運命の絆は、より強く絡み合い、私を逃がさなくなる。

氷の王弟殿下から婚約破棄を突き付けられました。理由は聖女と結婚するからだそうです。

吉川一巳
恋愛
ビビは婚約者である氷の王弟イライアスが大嫌いだった。なぜなら彼は会う度にビビの化粧や服装にケチをつけてくるからだ。しかし、こんな婚約耐えられないと思っていたところ、国を揺るがす大事件が起こり、イライアスから神の国から召喚される聖女と結婚しなくてはいけなくなったから破談にしたいという申し出を受ける。内心大喜びでその話を受け入れ、そのままの勢いでビビは神官となるのだが、招かれた聖女には問題があって……。小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

冤罪で殺された聖女、生まれ変わって自由に生きる

みおな
恋愛
聖女。 女神から選ばれし、世界にたった一人の存在。 本来なら、誰からも尊ばれ大切に扱われる存在である聖女ルディアは、婚約者である王太子から冤罪をかけられ処刑されてしまう。 愛し子の死に、女神はルディアの時間を巻き戻す。 記憶を持ったまま聖女認定の前に戻ったルディアは、聖女にならず自由に生きる道を選択する。

ベッドの上で婚約破棄されました

フーツラ
恋愛
 伯令嬢ニーナはベッドの上で婚約破棄を宣告された。相手は侯爵家嫡男、ハロルド。しかし、彼の瞳には涙が溜まっている。何か事情がありそうだ。

女神に頼まれましたけど

実川えむ
ファンタジー
雷が光る中、催される、卒業パーティー。 その主役の一人である王太子が、肩までのストレートの金髪をかきあげながら、鼻を鳴らして見下ろす。 「リザベーテ、私、オーガスタス・グリフィン・ロウセルは、貴様との婚約を破棄すっ……!?」 ドンガラガッシャーン! 「ひぃぃっ!?」 情けない叫びとともに、婚約破棄劇場は始まった。 ※王道の『婚約破棄』モノが書きたかった…… ※ざまぁ要素は後日談にする予定……

私の願いは貴方の幸せです

mahiro
恋愛
「君、すごくいいね」 滅多に私のことを褒めることがないその人が初めて会った女の子を褒めている姿に、彼の興味が私から彼女に移ったのだと感じた。 私は2人の邪魔にならないよう出来るだけ早く去ることにしたのだが。

聖女の、その後

六つ花えいこ
ファンタジー
私は五年前、この世界に“召喚”された。

処理中です...