金貨一枚の聖女

星ふくろう

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聖女の価格は金貨一枚だった‥‥‥

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 ウィンダミア帝国帝都アフルァリア。
 本日は聖女認定の日。
 そして、最高神エリアルがそれを認めればーー
 自動的にその女性は、次期皇妃もしくは皇妃になることが確定する。
 そんな大事な大事な、儀式の日に。
 あまりにも愚かなで世間から笑いものにされるような出来事が起きてしまった。

 最高神エリアルの聖女を皇妃にすることで、帝国は両隣の列強国を退けてきた。
 その次期皇帝、レオン・ウィンダミアがエリアルを祭る大神殿の上段に座り、その隣には大神官が。
 皇帝夫妻が更に上位に座っている。

「では‥‥‥これより、エリアル神の聖女認定の儀式を行う」

 大神官の厳かでよく通る声が神殿内に響いていく。
 列強各国の大使や賓客、そして国内の有力貴族や文官・武官が左右に並ぶなか四人の少女が入り口に姿を現した。

 クルード公爵令嬢アリス。通称、レイス(生霊)。
 レイルド侯爵令嬢モニカ。通称、青ブタ。
 サイダル侯爵令嬢エリーゼ。通称、白い薔薇。
 ビロウ子爵令嬢アンリエッタ。通称、黒い薔薇。

 レオン皇太子が十二歳の誕生日の日に名付けたその異名は三人までは当てはまっていた。
 ただ一人。
 アリスを除いては。
 
「なぜ、クルード公爵令嬢アリス様だけレイスなど、と?
 それほどに、殿下をお怒りにさせる真似でもしたのだろうか?」
 
 その場にいた誰もがいぶかしむほどに、金髪を結い上げて質素だが意匠のよい白いドレスに身をまとった少女はまともに見えた。
 そして、白や黒の薔薇ほどにではないにせよ、賢くも美しくも見えていた。

 そんな四人の皇妃候補が整列し、挨拶をするなかでレオン皇太子は隣に立つ、帝国騎士に声をかける。
 
「おい、ゲイル。
 あの日のこと、五年前のあの言葉を忘れてはいないだろうな?」

「は、殿下。
 もちろんでございます‥‥‥」

 ゲイルと呼ばれた二十代後半の騎士は、苦渋の決断を迫られていた。
 四者択一。
 間違えばーー全ては崩壊する。
 脂汗が全身から噴き出ることを彼は感じていた。

(大丈夫だ、親類縁者には数年前から近隣諸国へ移住をそれとなくさせてある。
 妻子も両親も国外に出した。
 何かあればー‥‥‥)

 彼は一族を国内から出さな得ればならない程の、重要な選択をレオン皇太子から一任。
 いや、パワハラで押し付けられていた。

「安心しろ、ゲイル。
 もし、認定されずに逆らうようなバカな候補なら、ほれ。
 あそこに奴隷商人を待たせてある。
 売り飛ばせ」

 なにを言い出すのだ、この皇太子殿下はー‥‥‥
 こんな各国からの貴賓が集まる前でそのようなことをすればー
 この帝国は世界中の笑いものにされてしまう。
 つまり、間違えるな。
 そういうことか。
 
「殿下。
 最初は、あの別の候補でございました。
 しかし、今はーー」

 どうする?
 最初の候補でいいのか!?
 しかし‥‥‥あれは余りにも。
 愚かすぎる。
 皇妃にはできない。
 ならばーー

「いまは、レイスが良い。
 そう思ってございます」

 ふん、アリスか。
 まあ、あの生霊のようにフラフラとしていた女だ。
 ばかには違いない。
 レオンはでは、それでいくか。
 そう決めて、傍らにいた大神官に告げた。

「おい、大神官。
 アリスだ」

「はっーーかしこまりました。
 では、クルード公爵令嬢アリス様!!
 前へーー!!!」

 他の三名の候補から向けられる羨望と嫉妬。
 そして、殺してやりたいと思われるほどの怒りの視線を背中に受けてアリスは段上に上がる。
 未来の夫であるレオン皇太子に挨拶をした。
 その言葉の利発さと、洗練された動作、そして彼女の向ける知的な眼差しがレオンはなぜか気に食わなかった。

「おい、ゲイル。
 これでいいのだな?」

 まるで核爆弾のスイッチを押す最終確認をするかのようにーー
 レオンは傍らにいた騎士に問いかけた。
 その目の前で交わされるやり取りに、アリスはこれはなにかおかしい、そう感じ始めていた。
 まるで、そう。
 賭け事の対象にされたような。
 そんな印象を受けたからだった。
 しかし、まさかこのような神聖な場でそんなことはしないだろう。
 彼女は自分が疑いの念を持ったことを恥じて、視線を床に落とす。

(うーむ。
 どうにもこれではない、な。
 これは、賢い。
 そんな女はーー)

 駄目だ。
 これでは自分の自由が無くなる。
 こんな嫁は要らん。
 レオンは大神官抜きで席から立ち上がり、自ら階段を降りて下にいる三人の他の候補の元へと向かった。 
 そして、一人の少女を立たせると、上階で唖然としているアリスにせせら笑うように告げた。

「やっぱ、お前は賢いから要らん。
 俺はバカな女がいいのだ。自由にできるからな
 あのレイルド侯爵令嬢モニカでいいわ。
 消えてくれ、アリス」

 消えてくれ?
 こんな、大勢の前で聖女に選んでおきながら?
 消えろ?
 そんな侮辱を受け入れる程ー‥‥‥
 自分は安い女ではない!!

 アリスは自分がけなされ馬鹿にされたと理解し、階下を駆け下りレオンの頬を張っていた。

 パァンーーーーーー!!!

 小気味の良い音が大神殿の中に響き渡り、レオンは一瞬、なにをされたかを理解できずにいた。
 次の瞬間、

「このレイス風情が!!
 皇族以外は奴隷と変わらんのを知らんのか!!」

 そう怒鳴りながらアリスの顔を殴打していた。
 あうっ、そんな悲鳴と共に横に倒れこむアリスは白と黒の薔薇のドレスを血まみれにしてしまう。
 それを見ていた皇帝が声を上げようとした時、レオンは先に叫んでいた。

「おい、ザイード!!!」

 呼ばれたのはこれまた丸々と太った牛のように大きな奴隷商人だった。

「金貨一枚だ。
 それで売ってやる。
 連れて行け‥‥‥」

 胸元から出した金貨をレオン皇太子に手渡すと、誰の文句も許さない。 
 そんな雰囲気を彼は作り上げ、アリスは奴隷商人の手によって奴隷にされてしまった。 

「さて、青ブタ。
 いやー‥‥‥レイルド侯爵令嬢モニカ殿。
 あなたが次の聖女であり、皇妃候補だ。
 さあ、どうぞこちらにーー」

 聖女を決めるのは正妃を持たない皇帝か、次期皇帝候補。
 この決まりごとは帝国始まってからのルールだ‥‥‥皇帝は何も言えないもどかしさを感じていた。

「大神官、あれを」

 合図をされて、大神官が差し出したのは黄色い宝珠だった。
 それに触れて赤く輝けば、聖女になれる。
 全世界の神の頂点にいる最高神エリアルの聖女に。
 あれが次期聖女か‥‥‥もう世界は終わりだ。
 青ブタの形容にふさわしい丸々と太った、髪型も、化粧も、その仕草すらも場末の風俗嬢以下の彼女をみて誰もがそう思っていた。
 そして、宝珠は反応しなかった。

「‥‥‥これはどういうことだ、大神官?」

 冷静にレオンは彼に問いかける。
 大神官は全身に冷や汗をかいて、聖女認定は否認されました。
 そう告げた。

「青ブタ。
 消えろー‥‥‥目障りだ」

「そんなーー!!??
 殿下ーーーああああーーーーーーーーー!!!」

 青ブタの悲鳴は、衛士に両腕をつかまれて引きずられて行く彼女の声はまさしくブタのそのものだった。
 そして、レオンは判断を委ねた騎士ゲイルに冷酷に伝えてやる。

「お前の親類縁者はすべて国境で捕縛してもうこの世にはおらん。
 消えろ、ゲイル。
 騎士らしく、な」

 その夜、騎士ゲイルは自宅で自害した。
 そして、残りの二人。
 白と黒の薔薇も聖女認定には失敗する。
 レオンが奴隷商人ザイードをその場で呼びつけてアリスは!?
 そう問うと、彼は答えた。
 もう、外国行きの船に乗せております、と。
 こうして、聖女はいなくなった。
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