少しだけ狂った世界線で僕らは愛を語らう

星ふくろう

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第一章

少しだけ狂った世界線の愛情 1

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 兄二人の帰宅は朝早かった。
 深夜22時から朝5時までの深夜勤務。
 高校生であることを捨てた二人。年齢的には良いが、学生では勤務できない。
 そこを短期紹介派遣という裏技を使って日払いで対価を得る日々。
 給与だけなら、二人だけで50万はくだらない。
 ただ、この家の維持費・税金・秋穂の治療費。
 何もかもが足りそうで足りない日々。
 玄関脇の寝室で寝ている秋穂は、二人の夫の帰宅を彼等が乗る原付バイクの音で知る。
 不自由な足で玄関に座り込み、昔の時代劇の武家の妻がするように頭を下げて夫を迎え入れる。

「お帰りなさいませ、旦那様」

 たち、とはつけない。
 どちらも自分には夫。比較はしない。ただ、どちらに対しても同じように。
 その姿を見続けて、もう一年。
 双子の兄弟はもう、何も言わなくなった。

「ただいま」
「うん、ありがとう、秋穂」

 戸籍的には片方は夫。
 片方は秋穂の養子。
 その実態は一人の妻に二人の夫。
 一歳年下の妻に対して彼らは優しい。
 多くを求めない、ただ献身的に彼女の回復を願って働き、学校に三人で行き、そしてまた帰る。
 少し狂った世界線でその愛は育まれていた。

 夏休みに入る前。

「遠矢君、今日は歩いていけるかも」

 家を出れば三人は1JK2DKとなる。
 旦那様から、個別の名前に。
 でもなぜか、友紀だけは友紀と呼ばれる。
 それは、養子ですよ、そういう意思表示かもしれない。
 一番は遠矢で、友紀は二番目。
 遠矢は兄だし、元々、秋穂が好きなのは彼だっただろう。
 そう弟の友紀は感じているから何も文句は言わない。

「ねえ、友紀。
 あれ取ってくれませんか?」

 口調は丁寧だが、どこか冷たさがあるのは義母としての思いがあるからかもしれない。
 秋穂の心は、誰にも分からなかった。

「ああ、ほら。
 これでいい、秋穂」
「うん、ありがとうございます」
 この丁寧な口調は昔から変わらない。
 変わったのは生活だけだ。
「遠矢君、あまり寝てないよね。
 秋穂が起こしますから。寝て下さい」
「ん?
 うーん、そうだな」

 自宅近くのバス停からバスで三十分ほど。
 そこに三人と七星、そして樹乃が通う県立佐山高校がある。
 少しだけ周囲より高いところにあるその坂を、行きは遠矢が帰りは友紀が肩を貸して登下校。
 学年が違うから、その間だけは秋穂は全て自分でしなければならない。
 不自由な片足は不便だ。

 片目は見えないとついつい、瞑ろうとするから顔の筋肉が左によりがちになる。
 気を付けないと、左右非対称になると七星に注意を受けてからは秋穂は自分で訓練を始めた。
 見えなくても慣れる練習、片目の視界に慣れるまで半年が必要だった。
 慣れてくれば足元への注意ができる。
 だがそれまでは、常用している杖につまづいたり、階段から転げ落ちたことも少なくない。
 その度に、腰を打ったり、片腕の骨にひびが入ったりと事故にも縁が多い。
 双子の夫の心配は尽きなかった。

「秋穂、生きてるか?」

 昼休み、必ず遠矢は秋穂と食事をする。
 友紀はいない。弟は兄に遠慮して、一人で食事をするか七星や樹乃といることが多い。

「兄さん、兄さんも夫なんだから……」

 そう樹乃が諭したことがある。
 もっと秋穂を二人で愛するべきだと。
 友紀の答えは樹乃には納得がいかないものだった。

「いいんだよ、僕は弟だし、戸籍では養子だからね。
 いつかは、遠矢と秋穂が二人で夫婦になれるように。
 いまは支えるだけだよ」

 そう真顔で答える兄に、樹乃は心で叫んだものだ。

(本当は一番好きなくせに。兄貴のバーカ!!)、と。

 七星は居候という立場からか、三人については家の中でも外でも樹乃といる時以外は何も言わない。
 ただ、片足が不自由、その点以外は自分も同じだから少しだけ冷めた目で秋穂を見ている。
 誰にも気づかれないように。
 気づいているのは、樹乃だけだ。
 いまのところは。
 


 そして、今日。
 学校はまだ夏休み期間。
 今日は遠矢と秋穂の少し横で友紀がいた。
 樹乃と七星は体調が悪いと部屋に籠っている。

「旦那様、どうしますか。
 先に休まれますか?」

 簡単な食事なら、作れます。
 そう、秋穂は遠矢に聞いていた。調理までは出来る。
 配膳は秋穂の身長に合わせた台を遠矢が買ってきた。
 だが、二人は基本的に秋穂に家事をさせない。

「ん? いいよ、友紀。
 なんか作れないか?」
「遠矢は何がいい? 秋穂は?」

 大体、こんな感じで時間が過ぎていく。
 遠矢が一番。秋穂はその横にいて、友紀は多くの家事をする。

「僕は養子だからね。
 夫は形だけだよ。遠矢はそれで納得して」

 それだけで、この二人には通じ合うものがある。
 全部を半分には出来ない。遠矢は妻としての愛情を。
 友紀は母としての愛情を。
 樹乃や七星が知らないところで受け取っていた。

 ただ、困るのは秋穂の世話だ。
 秋穂はどちらにも妻として尽くそうとする。
 だが、昨晩のように一人で風呂などに入れないことも多い。
 誰かが付き添い、もしくは誰かと入ることになる。

 秋穂には夫二人と寝たい。二人と一緒に、無理なら二回。
 そう言ってくるから、双子は困ることがある。
 このまま関係を持っていいのか。
 妻として扱うべきなのか。
 それとも、介護をしている感覚で付き添うべきなのか困ってしまうのだ。

 そうなると被害に遭うのはだいたい、樹乃か七星だ。
 女同士なら、頼むよ。
 そう言われても二人にも見られたくない秘密がある。
 仕事からどちらかが早めに帰宅して、風呂に入ろうとしたら秋穂が待っていることも多くある。
 三人一緒はさすがにあり得ない。

 ただ、どちらかが一緒入ることは多々あるし、一緒に寝ることも多々ある。
 その時に何があったかは、互いに聞かないし語らない。
 ただ、樹乃が思うことは多分、友紀は関係を持っていない。
 そして、遠矢も。
 二人はいつか、秋穂が自分で生きれるようになった時。
 そっと愛する人を見つけれるように環境を作り、あとは送り出すだろう。

 その先にある、瀬名家からの報復を自分たちで受けようとするはずだ。
 秋穂の為に。
 そこまでするその償いの気持ちは、七星に対する樹乃がもつものに近い。
 この高遠三兄妹の感覚はよく似ている。
 ただ、一つだけ違う事。

 それは、秋穂に対しては瀬名家からの言いがかり。
 七星に対しては‥‥‥樹乃が実際に被害を与えている。
 樹乃が七星に対して何でもする、服従だってする、全部を上げる。
 そう言ってから既に6年。
 樹乃の心は狂い始めている。
 兄たちに、こうはなって欲しくなかった。


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