5 / 23
プロローグ
砂上の楼閣 3
しおりを挟む
「……変わらないね、七星は」
浴槽で浸かる樹乃の横で七星はあの、悪行の後始末をしていた。
「うわー塩素臭い。ななせ、泣きそう」
「何言ってるんだか。
捕まったら補導じゃ済まないよ?」
もう、こんなのやめてよ。そう樹乃は諭すように言う。
「んー‥‥‥分かった。もうやらない」
それ何度目のもうやらないなの? 樹乃の質問は口には出来ない。
言えば、この相手を失いそうだから。
「本当に?」
「‥‥‥多分?」
ああ、懲りてない。もう嫌だ。なんで側にいたいのだろう。
こんなに振り回されて、それでも一緒にいたいなんて。樹乃は苦悩する。
そして、何かが崩れたような音が室内に響いた。
「あれ?
またやったか‥‥‥」
七星が石鹸を取ろうとして、右手側にある台を崩してしまった。
「いいよ、樹乃がしたげる」
浴槽から出ると、まるで洗われるのが苦手な大型犬を扱っている気分で樹乃は七星を洗ってやる。
「はい、いいよ。まだ、駄目なんだ、ね?」
「んーありがとう。
うーん、もう八年だけど。たまにあるね。
まあ、免許は取れるし、七星もバイク乗れるけど。やっぱり迷惑かけそうだからしないだけ」
「本当は七星の方が、早いのにね。今でも、その状態でも。
ただ、規約で出れないだけで」
サーキット場を時間レンタルしてやるマシンの調整などは七星が今でも走ることが多い。
タイムは圧倒的に七星が早い。でも、競技会にはでない。
出れないことはないが、遠慮して出ない。
「まあ、仕方ないですよ、ななせはそう思うのです!」
「だって、あの頃からだよ、七星が危ないことを平気でさ。
今夜だってそうだよ。なんでしたの???」
お返しに背中を流してくれる相方に樹乃は涙交じりの声で尋ねる。
七星の動きが止まった。
「七星?
……どうしたの。怒った……??」
鏡越しに見ると、冷たい表情になっている七星が樹乃には見えた。
あ、不機嫌だ。それと、いつものやつだ。
樹乃はもう慣れた。来るのは――パンっ。
乾いた音がする。そういつもの平手打ち。そして樹乃のスイッチが入る。
「そんな口、きいていいなんて許可してない」
さっきまでとは人が変わった様な威圧的な、それでいて支配的な口調。
「誰のものなの?
さっきもそうだけど。ペットやるならちゃんとしなさいよ」
「ごめん、なさい」
「これなった時から、あんたが言ったんじゃない。
全部ななせのものになるって。ものとして好きに扱えって。
ねえ、ななせのなんなの?」
髪を乱暴に捕まれて目を覗き込むように七星は乱暴に樹乃の顔を叩く。
怒りよりも、悲しみが大きい顔で。
「樹乃は、七星の。
御主人様、のペットです。ごめん、なさい」
「わかればいいよ、ななせだってしたくてしたわけじゃない!
見えてたら‥‥‥お父さんやお母さんだって。出て行かなかった。
あの事故さえなければ、樹乃が滑らなきゃ‥‥‥」
「ごめん、なさい、御主人様」
ああ、もう、こんな変な関係やりたくない!!!
「御主人様じゃない!
でも、いいよ。そう言うなら増やしたげる。誰にも見せれないように。
二人だけしか見れないようにーー」
「うん。それでいいよ。樹乃は‥‥‥」
なんでこんな関係なったんだろ。あの日まで親友だったのに。
痛みでしか分かり会えないようになるなんて。しまいにはピアスだの開け始めて。
「次は左だね。そしたら下か。どこまで増えるかな?
誰にも渡さない」
こんな狂った関係。誰かに止めて欲しい。
樹乃が義姉と風呂を共にしたくないのは、その身体に空いた穴を見られたくないからだ。
親友の人生を犠牲にしたその代償を背負いたいから痛みに耐える。
「うん、樹乃はそれでいいよ。御主人様」
こんなセリフ、樹乃だって言いたくない。そう樹乃も思っていた。
壊れた時間が戻ればいい。六年前のあの競技会、雨の中で樹乃のマシンがスリップし、七星のマシンを巻き込んだ。七星の右目はその時の後遺症なのか見えないままだ。
たまに腕も動かなくなる。それからだ、七星が自暴自棄になりだしたのは。
怒りを出す場所がない。だから樹乃はその受け口になる。
七星の気が休まるなら、暴力でも支配でも、ピアスでも受け入れる。それで二人が救われるなら。
壊れた二人の関係を持つ人間。
贖罪を抱えていきる、二人の双子とそれに依存する妻。
この家は、いつ崩れるとも知れない砂上の楼閣だった。
浴槽で浸かる樹乃の横で七星はあの、悪行の後始末をしていた。
「うわー塩素臭い。ななせ、泣きそう」
「何言ってるんだか。
捕まったら補導じゃ済まないよ?」
もう、こんなのやめてよ。そう樹乃は諭すように言う。
「んー‥‥‥分かった。もうやらない」
それ何度目のもうやらないなの? 樹乃の質問は口には出来ない。
言えば、この相手を失いそうだから。
「本当に?」
「‥‥‥多分?」
ああ、懲りてない。もう嫌だ。なんで側にいたいのだろう。
こんなに振り回されて、それでも一緒にいたいなんて。樹乃は苦悩する。
そして、何かが崩れたような音が室内に響いた。
「あれ?
またやったか‥‥‥」
七星が石鹸を取ろうとして、右手側にある台を崩してしまった。
「いいよ、樹乃がしたげる」
浴槽から出ると、まるで洗われるのが苦手な大型犬を扱っている気分で樹乃は七星を洗ってやる。
「はい、いいよ。まだ、駄目なんだ、ね?」
「んーありがとう。
うーん、もう八年だけど。たまにあるね。
まあ、免許は取れるし、七星もバイク乗れるけど。やっぱり迷惑かけそうだからしないだけ」
「本当は七星の方が、早いのにね。今でも、その状態でも。
ただ、規約で出れないだけで」
サーキット場を時間レンタルしてやるマシンの調整などは七星が今でも走ることが多い。
タイムは圧倒的に七星が早い。でも、競技会にはでない。
出れないことはないが、遠慮して出ない。
「まあ、仕方ないですよ、ななせはそう思うのです!」
「だって、あの頃からだよ、七星が危ないことを平気でさ。
今夜だってそうだよ。なんでしたの???」
お返しに背中を流してくれる相方に樹乃は涙交じりの声で尋ねる。
七星の動きが止まった。
「七星?
……どうしたの。怒った……??」
鏡越しに見ると、冷たい表情になっている七星が樹乃には見えた。
あ、不機嫌だ。それと、いつものやつだ。
樹乃はもう慣れた。来るのは――パンっ。
乾いた音がする。そういつもの平手打ち。そして樹乃のスイッチが入る。
「そんな口、きいていいなんて許可してない」
さっきまでとは人が変わった様な威圧的な、それでいて支配的な口調。
「誰のものなの?
さっきもそうだけど。ペットやるならちゃんとしなさいよ」
「ごめん、なさい」
「これなった時から、あんたが言ったんじゃない。
全部ななせのものになるって。ものとして好きに扱えって。
ねえ、ななせのなんなの?」
髪を乱暴に捕まれて目を覗き込むように七星は乱暴に樹乃の顔を叩く。
怒りよりも、悲しみが大きい顔で。
「樹乃は、七星の。
御主人様、のペットです。ごめん、なさい」
「わかればいいよ、ななせだってしたくてしたわけじゃない!
見えてたら‥‥‥お父さんやお母さんだって。出て行かなかった。
あの事故さえなければ、樹乃が滑らなきゃ‥‥‥」
「ごめん、なさい、御主人様」
ああ、もう、こんな変な関係やりたくない!!!
「御主人様じゃない!
でも、いいよ。そう言うなら増やしたげる。誰にも見せれないように。
二人だけしか見れないようにーー」
「うん。それでいいよ。樹乃は‥‥‥」
なんでこんな関係なったんだろ。あの日まで親友だったのに。
痛みでしか分かり会えないようになるなんて。しまいにはピアスだの開け始めて。
「次は左だね。そしたら下か。どこまで増えるかな?
誰にも渡さない」
こんな狂った関係。誰かに止めて欲しい。
樹乃が義姉と風呂を共にしたくないのは、その身体に空いた穴を見られたくないからだ。
親友の人生を犠牲にしたその代償を背負いたいから痛みに耐える。
「うん、樹乃はそれでいいよ。御主人様」
こんなセリフ、樹乃だって言いたくない。そう樹乃も思っていた。
壊れた時間が戻ればいい。六年前のあの競技会、雨の中で樹乃のマシンがスリップし、七星のマシンを巻き込んだ。七星の右目はその時の後遺症なのか見えないままだ。
たまに腕も動かなくなる。それからだ、七星が自暴自棄になりだしたのは。
怒りを出す場所がない。だから樹乃はその受け口になる。
七星の気が休まるなら、暴力でも支配でも、ピアスでも受け入れる。それで二人が救われるなら。
壊れた二人の関係を持つ人間。
贖罪を抱えていきる、二人の双子とそれに依存する妻。
この家は、いつ崩れるとも知れない砂上の楼閣だった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
戦場の英雄、上官の陰謀により死亡扱いにされ、故郷に帰ると許嫁は結婚していた。絶望の中、偶然助けた許嫁の娘に何故か求婚されることに
千石
ファンタジー
「絶対生きて帰ってくる。その時は結婚しよう」
「はい。あなたの帰りをいつまでも待ってます」
許嫁と涙ながらに約束をした20年後、英雄と呼ばれるまでになったルークだったが生還してみると死亡扱いにされていた。
許嫁は既に結婚しており、ルークは絶望の只中に。
上官の陰謀だと知ったルークは激怒し、殴ってしまう。
言い訳をする気もなかったため、全ての功績を抹消され、貰えるはずだった年金もパー。
絶望の中、偶然助けた子が許嫁の娘で、
「ルーク、あなたに惚れたわ。今すぐあたしと結婚しなさい!」
何故か求婚されることに。
困りながらも巻き込まれる騒動を通じて
ルークは失っていた日常を段々と取り戻していく。
こちらは他のウェブ小説にも投稿しております。
男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)
大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。
この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人)
そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ!
この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。
前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。
顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。
どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね!
そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる!
主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。
外はその限りではありません。
カクヨムでも投稿しております。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる