殿下、あなたが借金のカタに売った女が本物の聖女みたいですよ?

星ふくろう

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秘密の聖女様、魔王に債権を売り渡す件 10

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 魔王。
 その名を持つ存在は、この世に一人しか存在しない。
 いや、地上世界には、そう表現するのが正しいのかもしれない。
 それが、いま。
 ハーミアの眼前にいる、魔王フェイブスターク、その人だった。
 世界中の数百万にも及ぶ魔族の王。
 千年とも数百年とも言われる歴史の代弁者。
 そして、魔族最強の存在。
 どれほどに異様な外見かと想像していた、エリーゼは少しだけ安堵していた。
 魔王は本来の姿ではなく、銀髪に紅い瞳。
 宝冠を被ったような角を持ち、黒い翼を生やしていた。
 
「久しいの、辺境国の国王殿?」

 その口からでる声はどこまでも穏やかで温和なもの。
 本当に魔族?
 そう思いたくなるほどに、聖人のような声だった。

「お久しぶりでございます、魔王様。
 二年ぶり、でしょうか?」

 夫を目のまえで殺されてから二年。
 その姿を忘れた日は無かった。
 あの日もそうだ。
 こうして余裕の視線で、夫と部下の死闘を眺めていた。
 その冷酷な瞳で‥‥‥
 
「そうだな、前夫殿は勇壮であられた。
 さて、今宵はどんな御用かな?
 前置きがあるのはあまり好きではなくてな?」

 これはまた。
 きちんと債権の内容を事前に送付しているのに。
 彼は、わざわざ尋ねて、恐怖を植え付けたいのだ。
 そう、エリーゼに‥‥‥

「そうですわね、魔王様。
 今宵の本題と参りましょうか。
 我が国は帝国の直轄地たる、ロッセル鉱山及びその周辺の直轄地、そのものを我が国に併合致しました。
 理由は、愚かにも元婚約者。
 エミリオ皇太子殿下が御自身名義の財産をほとんど、賭けにつかいまして。
 お笑いでしょう?
 婚約者たるわたしまで、そのカタにしようとしたのですよ?」

 皮肉っぽく、それでいて怨恨を込めて。
 エリーゼを見下してやる。
 これから起こるお前の悲惨な未来に期待しろ。
 そう命じるように。
 魔王は面白そうに笑いだした。
 小刻みに、まるで人間のように。

「くっ、くっ‥‥‥!!
 それは、またーー!!
 傑作だな、ハーミア殿。
 それでどうしたのだ?
 ここにいるということは結婚して、未亡人をやめた。
 そういうことかな?」

「いえいえ、魔王様。
 まさか、まさか。
 その場で、こちらから婚約破棄させて頂きましたわよ。
 まあ、あちらからだったかもしれませんが?
 愚かな皇族にはもう飽き飽きしまして」

 まあ、ここにいられるエリーゼ様も皇女ではありませが、皇族の一員ではありますが。
 そう、ハーミアは笑いながらエリーゼを押し出す。

「その債権を全て買い取りました。
 ええ、その中にはロッセル鉱山もありましてたわ。
 驚きました、ブラウディア鉱石が出るだけかと思えば。
 このエリーゼは、大地母神の大神官でもありますの。
 その三名もそうですわ。
 三千人もの奴隷を使い、大神官。
 それも武装神官が大量におりましてね」

 三名の神官とエリーゼをハーミアは、部下に合図して魔族の衛士に引き渡す。
 魔王に向かい、不敵に笑いながら彼女は言った。

「ございましたわよ、魔王様。
 我が帝国がいつからかはわかりませんが。
 あの鉱山は元々、魔族の聖地。
 魔神様の神殿が地下にあったのですね?」
 
 と。
 帝国がそれを奪い、魔族の死滅への合図を始めたのですね?
 そう問いかけた。

「火山の噴火で魔族がこの北の地に避難した際に、あの神殿は埋まり、帝国が占拠した。
 魔族は魔素が無ければ生きていけない。
 神殿が地下にあっても魔素は精製される。
 なのにー‥‥‥」

 魔王はため息をついた。
 なんだ、お見通しだったか、と。

「そう、大神官とやらが神聖魔法でそれを抑えおった。
 おかげでこの数百年、他の方法で生きていく知恵をな。
 開発し、今ではこうして人工の魔素すら作れるようになった。
 で、その大神官をどうするつもりかな?」

 やっと出たか。
 ここまで引っ張るなんて悪い魔王様。

「債権を買い取って頂きたい。
 亜人奴隷三千人、あとはこの大神官三名と‥‥‥。
 魔王子のお一方とこのエリーゼとの婚約。
 それと、間にある我が辺境国の安全。
 いかがですか、魔王様?」

 ハーミアはわなわなと震えて泣き出しそうなエリーゼを見て、いい気分だった。
 次は皇太子と皇帝だ。
 まず、復讐の第一段階はクリアできそうだった。
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