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第一章 婚約破棄と新たなる幸せ
第一話 ブルングドの夜
しおりを挟む世によく言う、寝耳に水とは、まさしくこのこと。
その夜、ブルングドの三角州はこれまでにない熱狂に包まれていました。
ブルングドの三角州は東西の大陸を北から南へ縦断するシェス大河が、東のハッサム海に注ぎ込む河口にあります。
大陸北部から大河を辿り流れ着いたブラウディア鉱石と呼ばれる稀少な魔法の鉱石がそのほとんどを形成していることもあり、時の権力者たちはこの土地を支配することに心血を注いできました。
北極で繋がる西のエゼア大陸と東のエベルング大陸を北から南へと縦に両断するシェス大河は、内海と呼んでもいいほどの大きさを誇る世界でも稀な河川です。
現代では、西の大陸の半分を支配する我がエルムド帝国と、東の大陸を支配する神聖ムゲール王国が、ここ百年ほど利権を巡り、この交易の要衝に砦を築城して戦いを繰り広げる始末。
しかし、今夜でその気配も止むかもしれません。
大河を挟んで三角州の領有権を主張する大国同士の代表団が集まり、百年近くつづいた戦争の調停会議が開催されたからです。
「では、バレン枢機卿。この長きにわたりブルングドの地を巡って争ってきた両国を和平に導く手立てがある、と言われますか?」
その声はエルムド帝国より派遣された調停議員が発したもの。
バレン枢機卿に向けられた彼の視線は驚きというより、詐欺師を見る目つきに近く、胡乱な目つきをしていました。
さらに、この場に集まった大勢が、調停議員の言葉に心で賛同している雰囲気が漂っています。
百年。
両国の指導者が三人ほど交代しても有り余る時間はとても長いものです。
積み重なったわだかまり、憎しみ、怨嗟。そういったものは、簡単にはとけないし分かり合うのは難しいことでしょう。
バレン枢機卿の本国、ルゲル枢軸連邦の領土にあるファイガ山脈の永久凍土のように。
「そうですぞ、枢機卿。我がムゲール王国とエルムド帝国は百年にわたり、この地を巡って戦端を開いております。いまさら、和平などと‥‥‥」
反発したのはムゲール王国の使節団です。
王国と帝国は三角州に眠る貴重なブラウディア鉱石を狙って、ここ百年ほど戦争を繰り返してきたからです。
黑くも灰色にも光るこの鉱石は月の光を内包し、魔導具などに使う鉱石の中では最上とされるミスリルよりも貴重なもので、驚いたことに河を渡れば三角州のいたるところにブラウディア鉱石が眠っている。
これを独占する権利をむざむざ諦める気はないようでした。
魔導国家として東大陸の平原を征してきたエルムド帝国と、肥沃な農耕地を持つ西の大陸の軍事国家、神聖ムゲール王国。
さらにとある事情で介入せざるを得なくなった、高山地帯の覇者ルゲル枢軸連邦。
会議はやや、難航しそうな気配を見せていました。
バレン枢機卿は軽快な口調で両者に語り掛けます。
「ありますとも。まずは、三角州の占有を、やめれば良いのです。この百年で費やされた命は両国だけで、万を超え、奴隷・傭兵も含めればさらに数は増えるでしょう。そこでですな」
と、枢機卿はテーブルに地図を広げました。
「この三角州に、我が枢軸連邦・帝国・王国の三者からなる、独立特区を設けるのです。我らには共通の物事が一つだけありますね。そう、太陽神アギトを奉じていることです。アギトはまた、交易・商業の神でもあります」
「まさか!」
「法王猊下の管轄下に?」
と、帝国・王国の双方から思わぬ人物の名が出て、場はざわめきました。
これまで、宗教は世俗に不介入を貫いてきた太陽神アギトを奉じる法王庁が進出してきたのだから、それも当然のことです。
「いいですか、みなさん。ご存知ですね? ファイガ山脈のその最奥にある霊峰シバースの奥に何が眠っているかを‥‥‥」
重い沈黙がその場を覆いました。
「暗黒神ゲフェトの」
「復活‥‥‥ですか」
法王庁は数百年前に設立されました。
そのきっかけはこの世に暗黒の滅びをもたらすとされた暗黒神を封じ聖者サユキが、ルゲル連邦のある場所に太陽神アギトの神殿を設立したことに端を発します。
暗黒神を封印したあと、聖者サユキはある預言を遺しました。それが暗黒神の復活。
その日はもう間近だとされています。
「三角州は、どこの国の領土などと言い争っている場合ではない、そういうことです」
枢機卿は重苦しく言いました。
彼は聖職者らしく、本当に暗黒神の復活を信じているような口ぶりでした。
「ですが‥‥‥。そんな簡単にいくでしょうか?」
帝国代表団から疑念の声が上がります。
誰もが百年の恨みつらみを簡単に乗り越えられるとは思っていないからでした。
「そうです。 百年の‥‥‥怨恨は簡単には消えないでしょう。そこで、枢軸連邦を代表して両国に提案があります。若い両国の貴族階級の子女同士の婚姻を進めましょう、恒久の和平の為に。人類の為に」
バレン枢機卿の提案は、戦争で疲弊していた両国の代表たちを納得させるのに十分なものでした。
こうして、帝国と王国の貴族階級の子弟・子女同士の婚約は両国共同事業として進められることになったのです。
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