突然ですが、侯爵令息から婚約破棄された私は、皇太子殿下の求婚を受けることにしました!

星ふくろう

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新章 魔導士シルドの成り上がり ~復縁を許された苦労する大公の領地経営~

第五十五話 真紅の魔女ミレイアの微笑 12

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 蒼い毛の尾を持つダリアは憤慨していた。
 人間たちはいつも口ばかりだ‥‥‥自分たちは知恵が足りない。 
 あまい甘言にひょいと摘ままれて、一族そのものが利用されているのにわたしたちの王は気づかない。
 末端の氏族のわたしですら、その事実に気づいているのに。
 いや、違うかもしれない。
 その場にいないから気づいていないのかも。
 我が主、我が王はたった一人だけなの。
 シルド大公には、身体すら許してなんかやらないわ。
 ダリアがそう心の中で怒りを抑えながら叫んでいた時だ。
 そのシルドが、彼女の方に目を向けた。
 そして、手招きをする。
「ダリア、ここに来い。
 リザとエイシャは二人で居たいようだー‥‥‥」
 ベルを鳴らしても外には誰もいないはず。
 それは物音や臭いには人間以上に敏感な彼女たちには分かっていた。
 その上で、わたしたちを引き裂こうとするの、大公様?
 ふふっ。
 ダリアは言葉にせずに、口の中で唸っていた。
 そう、もし――知らないわよ。
 あなたの大事な奥様が、このリザの牙と爪の餌食になったとしてもー‥‥‥
「はいー参ります‥‥‥」
 ダリアは席を立つ前にリザを横目で見た。
 チッ、と静かな人の耳には聞こえない音で彼女たちは少ないが意思疎通ができる。
 集団で獲物を狩る時に生まれた獣人の知恵だった。
(隙を見て殺しなさい)
 そんな意図が含まれるその舌打ちにも似た音を残して、ダリアは愛想よく歩き出した。
 爪をしまい、牙を閉じて緩やかに歩き出す。
 獣の本能が告げていた。
 彼には敵わない、と。
 そして、獣人の女は誰よりも強い男が好きだ。
 地位と名誉と力。権力すらも兼ね備えた彼には憧れ?
 いや、メスとして惹かれるものがある。
 妾として生き残れるならそれでもいい。
 氏族の血は絶えない。
 混血でも、いつかは父祖の地に戻れるはず。
 もし、彼を抱き込めるならあの者たちから。大陸の人間どもから主たちすらも救えるかもしれない。
 でも、それはまだ後の事――今は、寵愛を受けるふりをしなければ。
 
 でも、嫌だな。
 そんな心のどこかでもう一人のダリアは呟いていた。
 故郷に恋人も夫も、想いを寄せる相手もまだいないし、男も知らない。
 それでいても、こんな形でしか愛を知れないなんて‥‥‥悲しい、と。

「来ましたわ‥‥‥御主人様」
「ああ、それでいい。
 お前は一番目の妾だ。
 リムは残念だったなー‥‥‥なあ、リザ?」
 ダリアを抱き上げて、膝上に載せるとシルドはその頭を可愛がってやる。
 さて、獣人の弱点はどこだったか?
 尾か?
 首筋か?
 それとも――??
 ああ、そうだ。
 彼女たちは言っていた。
 犬や狼の系統の獣人の弱点、それは――
「なあ、ダリア。
 もうちょっと、こっちにおいで。
 お前を可愛がれないだろ?」
「いえ、ですが‥‥‥」
 恥ずかしそうに少女は身をよじる。
 その全てを預けようとはしない。
 あの馬車の中でも、ここに来た時もそうだった。
 彼女たちはかならず片腕で守り、隠していたではないか。
「両手をわたしの首に回してごらん、お前の顔をもっと良く見せてくれ?」
「シルド!!」
 エイシャはいきなり始まったシルドの浮気にも等しいそれに怒りをあらわにする。
 そして気づくのだ。
 ダリアをそっと見ていたリザの顔に、しまった。
 そんな失敗したと言わんばかりに見せた一瞬の表情をエイシャは見逃さない。
「ねえ、リザ?
 そういえば、犬って飼い主にしか腹部を見せないことを知っていた?
 信頼できる同族や主にしか忠誠心の厚い犬は、それを見せないことを?」
「わたしたちはー、犬ではありません‥‥‥!!」
 力なくその尾は垂れさがっていく。
「な?
 ダリアの腹はこうも柔らかいのか?
 そしてまた驚きだな?
 全身を毛皮が覆っているのかと思ったらー‥‥‥ここは人間と変わらない。
 さて、ダリア。
 その牙を僕に突き立ててもいいが。
 どちらが先に死ぬかな?」
 下腹部をあらわにされて手で撫でられる。
 それは上位のものにしか許されない行為。
 ダリアは怒りに震えつつも、その尾は膨らまない。
 心のどこかで認めているからだ。
 シルドには、勝てない、と。
 チッ。
 あの音が再度鳴った。
 リザはそれでも、ダリアを失っても復讐しろ。
 そう、ダリア自身が言っているのを理解した。
 もう――逃れられない。
 牙をむき、ソファーからエイシャに向かおうとしたその時だ‥‥‥
 音を立てて扉が開いた。
「お待たせいたしました、奥様‥‥‥獣人など捌いたこともなくお時間がかかってしまいー‥‥‥」
 白い調理服を着たコックと執事、その他に給仕のための侍女と騎士が数人。
 寄り添って運ばれてきた移動式のテーブルに載ったリムの首を見た瞬間‥‥‥
「そんなー‥‥‥!!?」
 リザは心折れ、その場に泣き崩れ落ちていた。
「御苦労様、お前たち。
 さあ、リザ。
 お前がさっさと話さないから、姉? 妹?
 まあ、どちらでもいいわ。
 ほら、おいでなさい。
 席に着くのよ。
 お前が最初に食べなさい。
 自分が死に追いやったその罪をかみしめながら、食べるのよ。
 お前の姉妹の、その血肉をね?」
 エイシャはまさしく、邪悪な魔女のように微笑んでそうリザに命じたのだった。
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