冷然主人は男装騎士に一途

三島 至

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男であれば良かったのに

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 腰まで伸ばした長い髪を切り落とした日、私は父に怒鳴りつけられた。

「何故そんな馬鹿な真似をした! 男のような頭にして!」

 今まで散々、生まれたのが男であれば……と言ってきた父が、今更私に女らしさを求めるというのだろうか。

「お父様は、息子の方が良かったのでしょう?」
「髪を切ったからといって、男になれる訳ではないだろう! こんな、みっともない……嫁の貰い手がなくなるぞ」
「嫁ぎ先が無いのなら、自分で稼ぎます」
「……何?」

 随分前から、心に決めていた事がある。
 私は誰とも結婚しない。
 騎士になって、一人で生きていくと。

 ※

 幼い頃から、厳しい父に褒められた例が無かった。
 記憶に残らない程昔に母は亡くなり、血の繋がった家族は、父と、歳の離れた従兄妹だけだった。
 我が家は困窮していた。
 父は元々騎士であったが、怪我を負い退役を余儀なくされたため、収入のあてが無くなったのだ。
 代々騎士を輩出して、生計を立ててきた家系である。
 だがよりにもよって、生まれたのは女の私だけで、男児を産む前に母はこの世を去った。
 追い討ちを掛けるように、父は騎士を退いた……。

 女でも、騎士になれない訳では無い。だが、あまり好まれるものでも無い。
 単純に、力で劣り、実力が足りないからだ。
 父は最初から、騎士になる事を私に期待していなかった。
 ならば、少しでも家の助けになろうと、私は女らしくあろうとした。
 誰でも良い、私と結婚して、家を支えてくれる男が欲しかった。
 機会さえあれば男漁りをしようと目論む私の行動は、いくら見た目を取り繕っても、品が無かったかもしれない。
 それが父の気に障ったのだろう。

「余計な事はするな。お前をどこかに嫁がせられる訳が無いだろう」

 最初は、どういう事か意味が分からなかった。

「……お前は、私の妻に似すぎている」

 私は母の顔を知らない。
 父は、殆ど母の話をしないから、人となりも分からない。
 私が母に似ているとは、初耳だ。
 母に似てはいけなかったのだろうか。
 父に似ない私は、邪魔者だろうか。
 何故父は顔をしかめるのだろう。母の事が、好きではなかったのか。
 私を嫁がせられないとは、どういう事なのだろう。それも、母に似過ぎた私を。

「……私の顔がいけないのですか」
「そうだ。男であれば、もっとやりようがあったものを……」

 腑に落ちるものがあった。
 そうか、どうりで男が捕まらないはずだ。
 自覚していなかっただけで、私の顔は、醜いのだろう。
 そして、母に似た私の事が、父は嫌いなのだ。
 碌な嫁ぎ先も見付けられない、女の私に、価値などない。

 男であれば良かった。男に生まれたかった。そうしたら、父は私を愛してくれただろうか……。
 この日隠れて泣いてから、私は、父の愛情を得る努力も、結婚しようと男漁りをするのも止めた。
 そして密かに、一人で生きる道を模索し始めたのだ。

 歳の離れた従兄妹にも、両親はいたが、事故に巻き込まれて亡くなった。
 彼はその時の事故で一人だけ生き残ったが、足に後遺症を負い、外に働きに出られる状態では無かったし、まして騎士などもっての外だった。
 私達の血筋は、不幸の連鎖から抜け出せずにいる。

 幸い、従兄妹は友人に恵まれた。
 友人のもとに身を寄せ、細々とした書類仕事を手伝わせてもらっているらしい。
 彼も自分の事で精一杯だ。
 金の無心などは出来ないし、するつもりも毛頭無いが、その交友関係には頼りたかった。
 人の良い従兄妹は、その人脈を以って、私が騎士になるために手を貸してくれた。

 従兄妹の友人から、その友人へ、そこから知人くらいの騎士に辿り着き、師事する事が叶ったが、剣の一つも握った事の無い女の身で、鍛錬は、相当厳しかった。
 だが私は人より運動神経が良いようで、おまけに女にしては怪力だった。
 鍛えれば鍛えるほど、実力は身に付いていき、女でも騎士として十分やっていけると、師匠のお墨付きをもらえるまで、そう長い時間はかからなかった。
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