冷然主人は男装騎士に一途

三島 至

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決して明かせない

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 全て父に隠れてやっていた事だ。
 いや、もしかしたら知っていたのかもしれないが、何も言われなかったという事は、私に興味など無かったのだろう。
 これでやっと、一人でも生きていけると、決意を込めて髪を切った。
 そこまでした私を、まだ父は「無理に決まっている」と否定した。

「私は騎士になりました。国からの正式な書面もあります」
「誰の入れ知恵だ? 女で騎士になるなどと……」
「従兄妹のお兄様を頼り、師事して下さる騎士を紹介して頂いたのです」
「あいつ、私に隠れて、余計な事を……」
「私はもう、一人前だと言って頂けました。今日からでも仕事を探すつもりです。今まで、お世話になりま……」
「駄目だ、出て行く事は許さない!」
「許してください!」

 初めて、父に向かって大きな声を出した。

「私は結婚しません。一人で、生きていきたい……」

 父に向かって、こんな悲しい事を言わなければならない事が、たまらなく辛かった。でも自分で選んだ道なのだ。
 もうこの人に、失望されたくない。
 これで最後にしたい。

 問答の末、最終的には、家を出る事を許してくれた。
 でもきっと、不義理な娘の事は、一生許してはくれないだろうと思った。

 ※

 騎士となり、初めて仲介屋を訪ねてみるも、仕事を紹介出来ないと言われた。
 理由は理解したが、せっかく女だてらに騎士の身分を得たのに、仕事が無ければ始まらない。
 このままでは、いずれ手持ちの金も尽きてしまう。
 早々に働き口を見つけてしまいたかった。

 そこに現れたのが、ウォルク様だった。

 振り向いた先に居た美青年を見て、私は心底驚いた。
 見た事のある顔だったのだ。

 まだ結婚相手を探していた頃、「華やかな顔立ちをしていて、物腰柔らか、しかも大金持ちで、女性に大層人気がある」とウォルク様の事を噂に聞いた私は、無謀にも彼に会いに行った事があった。
 遠目に見ただけで、直接言葉を交わす事は無かったが、確かにあの顔を覚えている。
 街行く女性達は皆、ウォルク様に視線が釘付けで、常に彼を取り囲んでいた。
 競争率が高すぎて、あの群れに入っていく勇気は、私には無かったが。

 少しして、ウォルク様に関する、別の噂が流れてきた。
 曰く、女性達の間でウォルク様の取り合いになり、傷害事件が起きたとの事。
 そして事件後、ウォルク様は激変した。
 女性への態度を一変させ、冷たい姿勢を取るようになり、周囲に壁を作って、人を寄せ付けなくなった。
 笑顔は氷の眼差しに変わった。
 無理も無い。いくら優しいウォルク様でも、あんな事があっては、もう女性に関わりたくないと思ってしまうだろう。
 ウォルク様は女嫌いになったと、噂は事実として定着していった。

 そう、女嫌いなのだ。

 ウォルク様は、私を雇い入れて下さった。それは本当に幸運な事だった。
 しかし、女嫌いの彼が、私を護衛に据えるだろうか。
 私は醜くとも、多少は女顔のはずだが……
 ある予感が頭をもたげる。
 そもそも、女の騎士がいる事自体、考えも及ばないかもしれない。
 しかも、私の髪は女性では有り得ない短さである。

 確信する。
 ウォルク様は、私の事を男性だと思っているのだ。

 これから住み込みで働かせてもらえる屋敷へ向かう途中、ウォルク様を脅し金品をせびろうとしていた連中を倒したが、私の心中はまだ不安で支配されていた。

 もし、女だとばれたら、仕事を失うかもしれない。
 私を雇うと決めたのはウォルク様だ。
 聞かれなければ、女だと黙っていても、契約違反にはならないはずだ。
 私が、きちんと仕事さえこなしていればいい。

 だから絶対に、悟られてはならない。

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