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289.憧れの「ミステリアスな女」

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「こういうのは後処理の方が大変なんだよ。結局ね」
 おやっさんが言った。
「拉致被害者‥子供たちのケアはどうなるんでしょうか」
 コリンは心配気な表情でおやっさんを見た。
 おやっさんは「そうだなあ」とため息をつく。
「洗脳されてるってこともあるけど‥相手が子供だってのが難しい所だろうな」
 洗脳されているうえに、自分の思い込みもある。
 自分だけしか信じられないって思った子供は、‥そういうところホントに頑固だ。
 だけど、子供だからの柔軟性ってのも同時に持ってる。
 ‥そこに期待したい。
「‥人はホントにどこまでも残酷になれるんですねえ」
 コリンがボソリと呟いた言葉に、おやっさんも「ホントになあ‥」と呟いた。
 あれ以来、おやっさんが淹れたコーヒーの香りがするようになった事務所には、今は以前の様に駆け出しの後輩たちしかいない。
 ここに居る何人かも、僕みたいに闇属性の魔術候補生として‥教会やらアカデミーの「先生」に騙された者たちかもしれない。
 だけど、僕みたいに「運よく」誓約士の道を知って、誓約士になった‥そんな子たちもいるだろう。

 ‥人生ってのは何があるのか分からない。

 運がいいとか悪いとか‥そんな話をすることはなかった。
 結果なんて、それまで自分がやってきた結果であって、「運悪く」「当日だけ」「実力を」発揮できなかったなんてことはない。
 当日発揮できるほどの実力が自分になかっただけだ。
 今までそう思って事実を受け入れて来たけど‥
 考えてみれば、僕の魔力が高かったのは僕の実力云々の問題ではない。
 運よく、元から魔力が高かったから、運よく、闇属性の魔法と相性が悪くなかったから‥
 すんなりと目的の魔法だけ取得できた。
 僕の性格だ。もし取得がスムーズにいかなかったら、なにくそっていって‥やけになってただろう。そして、その結果闇属性の魔力の虜になっていた‥かもしれない。

 それを思うと、確かに運がいいとか悪いとかは‥ある。

 そういえば、今まで僕はずっと運が良かったような気もする。
 あんな状況(学校で洒落にならないストーカーやいじめにあっていた)でも、死んでないし、大事件にも発展していない。こころに傷が全く残ってないかっていわれるとウソになるけど、‥そこまで深刻でもない。
 職場の先輩にも恵まれてたし、シークさんにも会えた。
 ロナウやフタバちゃん‥友達もできたし、アンバーも悪い奴じゃなかった。

 僕は‥そういえば、ホントに運がいい。

 そんなことをコリンがしみじみ思っていると、
「コリン、今日からだろ? 罰則」
 ‥そんな「幸せな気持ち」を全部台無しにするような爆弾をさらっとおやっさんが落としていった。「う‥」(考えないでおこうって思ってたのに‥っ! )固まるコリンに、おやっさんが「餞別だ。遠慮せずに飲め」ってコーヒーを手渡してくれた。
 コリンはそれを苦笑いして受け取り、
 ‥よりによって、苦いコーヒー。人生は苦く苦しいもんなんだよ‥ってか? 
 小さくため息をついた。
 そして、また考える。
 ‥どんな人だろ。アン先輩。

 あれから先輩たちにアン先輩のことを聞きまわった。
「知ってどうするんだよ。どうせ俺たちが聞いてることなんてただの噂だぞ?
 だれも彼女にはあったことがないんだ。同期でさえも「会ってるんだろうけど‥」って首を傾げてる位だぞ? 余程印象が薄い奴なのか余程印象操作が上手いのか‥それは分からんが‥とにかく普通の奴じゃないのは確かだよな。
 ‥諦めろ。なるようにしかならない。‥変に先入観を持つのは良くない」
 って先輩方は言いながらも
「‥でも、まあ気になるんだろ。‥それは仕方がないよな」
 って自分たちが聞いた噂話を教えてくれた。

 噂話
 一番よく聞いた分
「妖艶な美女だって聞いたぞ。人前には決して姿を現さない‥孤高の美人って」
 あとは‥
「凄く短気だってのはよく聞くな。あと‥仕事を選ぶって」
 あとは‥ジョイ先輩が言ってたのと同じ
「優秀だけど、人見知りで変わり者」
 だけど、別に恐れられてるってだけでもなくって、最後には皆声を揃えて
「憧れるよな。仕事が出来るミステリアスな謎の美女! 」
 っていうんだ。
 結局情報収集にはならない。‥なんだこのふわっとした情報。
 ‥まさに、噂って感じだな。

 実体の無い、噂だけの「謎の人物」

 コリンは事前の情報収集をあきらめて、アン先輩との約束の場所に向かった。

 約束の場所には、人の気配すらなかった。代わりに自分に当てられたメモと書類の束が積んである。
「この書類に全部目を通せ」
 メモはこれだけ。
 書類の表紙には、
「仕事内容」
 とだけ書かれていた。
 コリンはそこに置かれた書類の束を声に出して読み始めた。
「案件の事前の情報収集。情報ギルドに情報収集の依頼を出しに行き、打ち合わせしてくる。その際、足元を見られないようにする。しかし、適正価格での取引をすればよく、決して値引き交渉をしてはいけない。そういうのは、後々結局損をする」
「うん成る程」
 ‥しかし、「足元を見られないようにする」って、アン先輩は過去に足元を見られて法外な情報料を請求されたことがあるのかな? 女性だから? 女性でもナナフルさんタイプの「見るからにできる女」はなめられたりしないだろう。‥ってことは、アン先輩は少なくとも見た目はそうじゃないってこと‥かな? 
 か弱い女性にみえる‥もしくは、カモに出来そうなタイプに見える‥? 
「情報ギルドは、以下に記す場所を使用する。これらは全て信用が出来る。それぞれの特徴も書いておくから、それを参考に臨機応変に選ぶ様に」
「ふむふむ」
 アン先輩は、自分が今まで調べて来た情報をこうやって僕に惜しげもなく提供してくれてる‥。その信頼にこたえないといけないな。
 まあ‥この書類手にした瞬間「情報流出したらどうなるかわかってんだろうな」っていう‥とてつもない契約魔法に同意させられたわけだけどね。‥強制的に。
「受け取った情報はそのまま渡さずに、自分なりに分析して必要ならば追加の情報収集をする」
 ‥そういうのもお任せってか‥それは‥どうかと思うけど‥。
「ギルドから受け取った情報、自分なりに分析したもの、追加の情報をそれぞれ分けて提出する」
 ‥レポートか。
 読み終わって眉を寄せた次の瞬間‥ホント、瞬間で次の書類が机に置かれていた。
「う‥わあ! 」
 ‥隠密スキルで置いて行った!? 
 ってか‥ここに居たってことなんだよね?? なんで顔見せてくれないの??

 ミステリアスな謎の女‥恐るべし‥!
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