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290.暗黙の了解っていう関係。

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 そんな感じでアン先輩とは暫く会うこともなかった。
 会えなかったではなく、
 会わなかったんだ。
 僕としても「別に会いたくないなら‥」って思ったし、人嫌いらしいから仕方がないかなって。
 別にそれで仕事が出来ないってこともなかった。
 ホントに全然不自由はなかったんだ。
 相変わらずアン先輩は文章で仕事を指示してくれた。
 説明は丁寧だったし、僕が質問を「すれば」文章で返してくれた。
 そう、近くに来るんだ。それも、毎日しっかり。
 だから‥「それなら直接言った方が早くないか? 」って思ったけど、それはアン先輩にとって苦痛なんだろう。
 別に僕だから嫌って感じでもないらしいってことは何となく伝わった。
 なんでだろうか‥なんとなく‥そんな感じがした。
 嫌われてる感じではない雰囲気‥とかいう感じかな? 
 それ位には、アン先輩が僕にこころを許し始めてるな‥って感じがして、僕はそれだけで何となく嬉しい気持ちになった。
 アレだ。野生動物が「まだ手から餌を食べるほどには慣れてないけど‥何となく近くまでは来るようになった」っていう「ちょっとずつなんだけど‥確かな手ごたえ」‥そういう感じ。
 相変わらず隠密スキルを使って姿を見せなかったけど、毎日実際に足を運んで僕の書類に目を通している。僕の言葉も聞いている(返事は書類だけど)

 どういうことかって? ‥あれだ。

 僕だって、隠密スキルには自信があるから。
 一日経てば「居る場所」がわかって、二日目には姿が見えるようになったんだ。
 だけど、相手が自分がそこにいることを触れて欲しくなさそうだから、僕も見えていない振りをしている。
 もしかして、相手も気付いてるのかなって思うけど‥お互いにそれについて触れることはなかった。
 そんなこんなで‥相手も面倒になったんだろう。
 ある日アン先輩は隠密スキルを使うことをやめた。
 だけど、僕に話しかけることは絶対なく、会話も相変わらず書類。
 つまり、「面倒だから隠密スキルを使うのは止めるけど、これからも相変わらずいないものとして扱え」ってことだろう。確認はしていないが、概ねあっていると思う。(それ位には意思疎通ができる様になった)だから、僕も相変わらずアン先輩の事いないものとして扱った。

 それはそれできっとお互い楽だったから。

 アン先輩がなんでそう僕の前に姿を現したくないのか‥それは分からなかった。
 先輩の噂にあった
「美人っていう噂もあるけど‥俺は逆に人に見られたくない程不細工なんだと思うぜ。そういう噂も確かにあるしな」
 って感じじゃ‥全然ない。
 というか、人の事そういう風に表現する人間が僕はキライだ。
 人の顔なんて‥僕はそもそもそう見ていない。いや‥見てるはずなんだけど、アレだ。見てるはずなのに全然印象に残らない。親しくしている人間は勿論覚えてるんだけど‥「じゃあ彼はどんな顔だったか」って聞かれると、「そういえば‥どうだろう」って思う。‥それ程僕は顔覚えが悪い。
 多分、僕は顔やなんかで人を識別していないんだろう。
 でも、魔術士って割とこういう人多いと思う。魔力で識別すればそれでいいしね。
 そんな感じだからか、僕は人の顔についてホントに関心が薄い。
 ‥薄かった。
 この頃特に親しい人間ってのが出来て、その人たちの顔をしみじみ見る機会があって、
「なる程、フタバちゃんは「美人」って言われるだけあって整った顔をしてるな」
 とか
「髪がキレイに整えられてるとそれだけで随分感じがいいな」
 とか
「シークさんの目はホントに透き通ってて綺麗だな♡」
「切れ長の目‥素敵‥♡」
「あの髪の毛、‥じゃりじゃりしたら気持ちよさそう♡」
「顎のあのライン! 精悍って言葉はシークさんの顎の為にある言葉かもしれない‥」
 とかね。
 そういう、人の顔のパーツなんて‥学生時代の僕だったら見もしなかっただろう。
 人に興味がなかったんだろうな。単純に。
「まあ‥今も人に興味が持てるようになった‥わけでもないし、結局は‥人の顔なんてどうでもいいんだよな」
 って感じなんだ。
 関係ないし。
 そもそも‥どういうのが美人でどういうのがそうじゃないか‥なんてそんなの人の好みの問題だろ? って思うし。
 といっても、
「僕には「こういう顔が好き」っていう好みはないんだよなあ‥」
 それは今も昔も変わらない。
 好きになった人が、好き。それだけだ。
 アンバーやフタバちゃんは美人だって思うけど、それは僕の好みって問題じゃないと思う。あの二人は、一般的に見ても、誰もが美人っていう‥と思う。
 まあ‥そういう‥世間一般の感覚からすれば、アン先輩は美人ではない。そして、不美人でもない。
 つまり、容姿のことで(本来だったら)わざわざ話題に上がるような人じゃないってこと。
 それが謎が謎呼び‥じゃないけど、噂話に尾がついて‥結果そういう噂ばっかりが独り歩きしたって感じなんだろう。

 アン先輩は、一言で言うと少年の様な人だった。

 そう若いって訳ではない‥んだと思う。そういうことじゃなくって、体格やら雰囲気なんかが女性らしくないってこと。
 茶色の髪を適当に短く切りそろえ、ガリガリに痩せてる身体にだぶだぶの貫頭着(ってこれは僕ら平民が良く着ている服装だ)その上から、何時も例の真っ黒なローブ。
 服からチラッと見える腕や足は折れちゃうほど細くって、真っ白。
 目は見せてることは少ないんだけど、仄かに青色がかった灰色の目が何となくシークさんを思わせて‥やけに頭に残った。
 ああそうか、目に力があるから若々しく見えるんだ? 
 色気は無いけど、だけど、がさつって感じとは違う。何か若々しい‥? チャーミングさがアン先輩にはあった。

「君は‥あれだな。一目見たら忘れられない感じの美人だな」
 ある日、ボソリ‥とアン先輩が「言った」。
 正面に立って僕に話しかけたわけでは無いが、‥初めて文章ではなく、僕に話しかけて来たんだ。
 初めて聞いたアン先輩の声に、僕は慌てて振り向いて‥目を見開いて‥アン先輩を「見た」。
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