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287.収穫時
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「でも、‥そいつから話を聞いたところで‥果たして得られるものがあるかどうかって‥だよな」
ジョイ・マッケンロー先輩が言った。
なんで彼の名前だけ知ってるかって言うと、彼だけ自分の名前を僕に名乗ったからだ。
彼との「出会い」は数分前に遡る。
僕がコーヒーを事務所にいる先輩たち全員に差し入れして、愛想の悪い先輩たちがそれをろくに礼も言わずにもそもそ飲み始めたあと、何人かの先輩がおやっさんにぼそぼそと報告を始める中、ジョイ先輩だけが僕にコーヒーのお礼と感想を言いに来たんだ。
ジョイ先輩は僕に
「ドリッパー。こんな気が利いたもの、ここにはなかったデショ? 君が買ってきたの? 」
って一見愛想のいい‥だけど、とても誓約士らしい「空っぽな」笑顔で言って、
「ありがとね。‥僕はジョイ・マッケンローだよ」
って自己紹介してくれたんだ。
知らない人が聞いたら「は~、ジョイさんですか」ってだけのこの紹介を聞いて僕は「あれ? 」って気付いた。
あ、この名前。
この人って‥なるほどねえ。
納得した僕に
「お、よく勉強してるね? 君もジョイ・マッケンローとして将来働く? 」
ってジョイ先輩が笑った。
男はジョイ・マッケンロー。女はアン・ジェーン。
フリーで働く誓約士の為の偽名だ。
警察とペアで働く誓約士が名前を名乗ることは、ない。誓約士に誓約させられ自白した犯人はその後警察に拘束されてその多くが「二度とシャバに出てくること」はないから‥誓約士と二度と会うこともない。だけど、誓約士は「万が一」の場合に備えて、その素顔を犯人に見せることはない。名前なんてもってのほかだ。
死ぬその時まで、誓約士の身柄は誓約士協会に帰属しているし、誓約士が知り得た情報その他は全て誓約士協会が管理しているのだ。
誓約士は、その躯(死体)すら他人に晒してはいけない。
フリーで働く誓約士は自分で自分の身を守らなければいけない。
フリーで働くことを誓約士協会に認められ、ジョイ・マッケンローの名前の使用を認められてるってことは、それだけの技術と力をこの人は持ってるってことなんだ。
ひょろっとした見た目なのに、‥人は見かけによらないなあ。
「フリーで働いておられる先輩にお会いするのは初めてです」
そう言った僕にジョイ先輩は
「女の方は、もっとベテランがいるぜ」
ってこそっと言った。
女性にもホントにいるんだ。ってかなり驚いた。
‥ちょっと会ってみたい気もする。
僕がそんなことを考えていると、
「というか‥ああ、君この仕事が終わったら‥罰則受けるんでしょ? 確か‥」
ああ成る程‥
ニヤニヤと嫌な笑いを浮かべ、
「嫌でも君、アン・ジェーンにあうよ」
ってたっぷり勿体ぶったあと、ジョイ先輩が言ったんだ。
「君の罰則期間中のボスはアン・ジェーンだよ」
どの人だろ?
周りを見渡したが、ここにいる先輩方は全員男で女性はいない。
ジョイ先輩はニヤニヤ笑うだけでそれ以上のことを教える気はない様だ。
ただ
「アン・ジェーンは男じゃないよ。つまり、ここにはいないってことだね。
‥俺も会ったことはないんだ。だけど、女だってのは確かだ。皆が知ってるのはそれだけ。噂話なら山ほど聞かされてるんだけどね。
年齢も知らない。誰も会った者はいない。総てが不明なんだけど、確かなのは、彼女が女で優秀な誓約士で、人見知りで変わり者ってことだけ。
君は、つまりホントにレアパターンって訳。
惚れられちゃったのかな? 」
なんて言ったジョイ先輩に‥僕は小さくため息をついた。
‥下世話な話。
僕は、もうそれ以上はその話をするのも無駄って気しかしなかったので、(失礼だとは思ったけど)さっさと話を切り上げることにした。
「ジョイ先輩は協会出身の先生を調べても無駄だとお考えですか? 」
ちょっと強引かな‥って思ったけどそう質問すると、ジョイ先輩も「そうだな。無駄話が過ぎた」って話を仕事の話に戻した。
「だってなあ。協会が送り込んだ教師だからと言って、協会からの意志が全部伝わってるとは限らないわけじゃない? 」
ジョイ先輩が言うと、隣にいた先輩たちも「それな」と同意した。
どうやら周りの者たちも僕たちの話を聞いていたようだった。
「例えば、闇属性の魔術に勧誘すれば一人につき幾ら出しますよ。って依頼されてるだけかもしれない」
別な先輩が提案して、
「つまり、小遣い稼ぎ感覚でしかなく、深い意味はないし、協会との関わりも全然期待できないよってこと? 」
また別な先輩がそれに答える。
「‥最悪はそうだな」
ジョイ先輩も苦笑いする。
それは‥僕も分かる。
協会は‥あの犯罪は一枚岩じゃない。
協会は悪いんだ。それは間違いがない。
だけど、そこに働いてる全員が「悪いことをしている」って自覚してるかって言われると‥そうではない。
そういうのが‥一番質が悪いって思う。
トップは‥そりゃ自覚があるよね。
例えば、協会のメンバーを自分の手足のように使って、お金ももうけたいし、権力も得たい。
それの直接の部下。
そいつに指示を出さなけりゃいけないしから、コイツにも自分の希望なり野望なりを伝えて‥ビジョンを共有するよね。まあいうならば腹心の部下だとか‥同じ穴のムジナって奴だ。
でも‥それより下って‥もしかしたらホントのことって伝わってないかもしれなくない?
同じボスの下で働いているからって言って、皆が皆ボスと同じことを思い‥ボスの目的の為にボスと同じ方向を向いて働いているか‥って話。
「下手に引っ張ってトカゲのしっぽ切りされても困るし‥ったく、一筋縄じゃ行かねえ! 」
「芋づる式に捕まえられるなんて、初めっから考えちゃいねえよ」
ははは
おやっさんの大笑いに‥皆の視線がおやっさんに集まった。
「そもそも、芋ってのは蔓で繋がってるけど茎を引っ張って収穫できるもんじゃない。ジャガイモならまだしも、芋づる式って言うからには、サツマイモなんだろう? サツマイモなんて上から引き抜くものじゃない」
先輩方はポカンとした表情でおやっさんを見ている。
一体何の話が始まった? って顔だ。
ジャガイモ? サツマイモ? おやっさんは何の話がしたいんだ?
そんな皆を置き去りにして、おやっさんは話を続ける。
「協会という母体が地上に見えている部分として、彼らは根から水分‥資金を調達して、地下茎‥小ボスを太らせている。
小ボスはつまり、芋だな。子供である芋は、地上と地下からの養分により成長していく。
だけど、成長しきった芋は、そのうち自分で新しい芽を出し独立していく‥そうなると親は必要がなくなる」
皆がはっとした表情を見せる。
そうなれば‥親(協会)を捕まえたところで、犯罪はなくならない‥。
「だから、完全にそうなる前に捕まえなければいけない」
おやっさんが周りを見回す。
「段階によって、捕まえる方法が変わって来るってことを、理解しておかなければいけない」
「芋がまだ育ち切っていなかった場合、地上に出ている茎を引っ張れば、地下茎でつながっている芋は一緒に収穫できる」
皆が頷く。
「芋が育ち切っていたら? 地上に出ている茎を引っ張っても、芋は地面に残り、上だけしか収穫できないってことになる。
残った芋は新しく芽をだし、新たな犯罪組織を作っていくだろう。‥それは一番マズい状態だ。
そして、今あの犯罪組織はいずれ近い将来、その段階に移行すると考えられる。
だから、上から引っ張ろうなんて思わずに、それこそ‥周りを丁寧に掘り起こし、根こそぎ収穫しなければいけない。
もう地上から出ている茎は、重要ではない。地上から芋の成長を助ける時期は終わっている。だけど地上に出た茎と芋がつながっている限り‥地上に出ている茎は、芋を探すための目じるしになる」
つまり‥
地上に出ている茎(魔術士協会)と芋1(魔薬販売ルート)、芋2(教育班)、芋3(労働力調達班)は「芋づる式に摘発できる」関係ではないが、今はまだ独立しているわけでは無い。
全部を捕まえるのは、時間勝負って話なんだ。
「完全に独立して、新たな犯罪組織を作り出す前に、‥奴らを一斉摘発する」
真剣な顔で指示を出すおやっさんだったが、例えが芋の話だったからか、皆は「なんとなくしまらないな~」と思うのだった。
ジョイ・マッケンロー先輩が言った。
なんで彼の名前だけ知ってるかって言うと、彼だけ自分の名前を僕に名乗ったからだ。
彼との「出会い」は数分前に遡る。
僕がコーヒーを事務所にいる先輩たち全員に差し入れして、愛想の悪い先輩たちがそれをろくに礼も言わずにもそもそ飲み始めたあと、何人かの先輩がおやっさんにぼそぼそと報告を始める中、ジョイ先輩だけが僕にコーヒーのお礼と感想を言いに来たんだ。
ジョイ先輩は僕に
「ドリッパー。こんな気が利いたもの、ここにはなかったデショ? 君が買ってきたの? 」
って一見愛想のいい‥だけど、とても誓約士らしい「空っぽな」笑顔で言って、
「ありがとね。‥僕はジョイ・マッケンローだよ」
って自己紹介してくれたんだ。
知らない人が聞いたら「は~、ジョイさんですか」ってだけのこの紹介を聞いて僕は「あれ? 」って気付いた。
あ、この名前。
この人って‥なるほどねえ。
納得した僕に
「お、よく勉強してるね? 君もジョイ・マッケンローとして将来働く? 」
ってジョイ先輩が笑った。
男はジョイ・マッケンロー。女はアン・ジェーン。
フリーで働く誓約士の為の偽名だ。
警察とペアで働く誓約士が名前を名乗ることは、ない。誓約士に誓約させられ自白した犯人はその後警察に拘束されてその多くが「二度とシャバに出てくること」はないから‥誓約士と二度と会うこともない。だけど、誓約士は「万が一」の場合に備えて、その素顔を犯人に見せることはない。名前なんてもってのほかだ。
死ぬその時まで、誓約士の身柄は誓約士協会に帰属しているし、誓約士が知り得た情報その他は全て誓約士協会が管理しているのだ。
誓約士は、その躯(死体)すら他人に晒してはいけない。
フリーで働く誓約士は自分で自分の身を守らなければいけない。
フリーで働くことを誓約士協会に認められ、ジョイ・マッケンローの名前の使用を認められてるってことは、それだけの技術と力をこの人は持ってるってことなんだ。
ひょろっとした見た目なのに、‥人は見かけによらないなあ。
「フリーで働いておられる先輩にお会いするのは初めてです」
そう言った僕にジョイ先輩は
「女の方は、もっとベテランがいるぜ」
ってこそっと言った。
女性にもホントにいるんだ。ってかなり驚いた。
‥ちょっと会ってみたい気もする。
僕がそんなことを考えていると、
「というか‥ああ、君この仕事が終わったら‥罰則受けるんでしょ? 確か‥」
ああ成る程‥
ニヤニヤと嫌な笑いを浮かべ、
「嫌でも君、アン・ジェーンにあうよ」
ってたっぷり勿体ぶったあと、ジョイ先輩が言ったんだ。
「君の罰則期間中のボスはアン・ジェーンだよ」
どの人だろ?
周りを見渡したが、ここにいる先輩方は全員男で女性はいない。
ジョイ先輩はニヤニヤ笑うだけでそれ以上のことを教える気はない様だ。
ただ
「アン・ジェーンは男じゃないよ。つまり、ここにはいないってことだね。
‥俺も会ったことはないんだ。だけど、女だってのは確かだ。皆が知ってるのはそれだけ。噂話なら山ほど聞かされてるんだけどね。
年齢も知らない。誰も会った者はいない。総てが不明なんだけど、確かなのは、彼女が女で優秀な誓約士で、人見知りで変わり者ってことだけ。
君は、つまりホントにレアパターンって訳。
惚れられちゃったのかな? 」
なんて言ったジョイ先輩に‥僕は小さくため息をついた。
‥下世話な話。
僕は、もうそれ以上はその話をするのも無駄って気しかしなかったので、(失礼だとは思ったけど)さっさと話を切り上げることにした。
「ジョイ先輩は協会出身の先生を調べても無駄だとお考えですか? 」
ちょっと強引かな‥って思ったけどそう質問すると、ジョイ先輩も「そうだな。無駄話が過ぎた」って話を仕事の話に戻した。
「だってなあ。協会が送り込んだ教師だからと言って、協会からの意志が全部伝わってるとは限らないわけじゃない? 」
ジョイ先輩が言うと、隣にいた先輩たちも「それな」と同意した。
どうやら周りの者たちも僕たちの話を聞いていたようだった。
「例えば、闇属性の魔術に勧誘すれば一人につき幾ら出しますよ。って依頼されてるだけかもしれない」
別な先輩が提案して、
「つまり、小遣い稼ぎ感覚でしかなく、深い意味はないし、協会との関わりも全然期待できないよってこと? 」
また別な先輩がそれに答える。
「‥最悪はそうだな」
ジョイ先輩も苦笑いする。
それは‥僕も分かる。
協会は‥あの犯罪は一枚岩じゃない。
協会は悪いんだ。それは間違いがない。
だけど、そこに働いてる全員が「悪いことをしている」って自覚してるかって言われると‥そうではない。
そういうのが‥一番質が悪いって思う。
トップは‥そりゃ自覚があるよね。
例えば、協会のメンバーを自分の手足のように使って、お金ももうけたいし、権力も得たい。
それの直接の部下。
そいつに指示を出さなけりゃいけないしから、コイツにも自分の希望なり野望なりを伝えて‥ビジョンを共有するよね。まあいうならば腹心の部下だとか‥同じ穴のムジナって奴だ。
でも‥それより下って‥もしかしたらホントのことって伝わってないかもしれなくない?
同じボスの下で働いているからって言って、皆が皆ボスと同じことを思い‥ボスの目的の為にボスと同じ方向を向いて働いているか‥って話。
「下手に引っ張ってトカゲのしっぽ切りされても困るし‥ったく、一筋縄じゃ行かねえ! 」
「芋づる式に捕まえられるなんて、初めっから考えちゃいねえよ」
ははは
おやっさんの大笑いに‥皆の視線がおやっさんに集まった。
「そもそも、芋ってのは蔓で繋がってるけど茎を引っ張って収穫できるもんじゃない。ジャガイモならまだしも、芋づる式って言うからには、サツマイモなんだろう? サツマイモなんて上から引き抜くものじゃない」
先輩方はポカンとした表情でおやっさんを見ている。
一体何の話が始まった? って顔だ。
ジャガイモ? サツマイモ? おやっさんは何の話がしたいんだ?
そんな皆を置き去りにして、おやっさんは話を続ける。
「協会という母体が地上に見えている部分として、彼らは根から水分‥資金を調達して、地下茎‥小ボスを太らせている。
小ボスはつまり、芋だな。子供である芋は、地上と地下からの養分により成長していく。
だけど、成長しきった芋は、そのうち自分で新しい芽を出し独立していく‥そうなると親は必要がなくなる」
皆がはっとした表情を見せる。
そうなれば‥親(協会)を捕まえたところで、犯罪はなくならない‥。
「だから、完全にそうなる前に捕まえなければいけない」
おやっさんが周りを見回す。
「段階によって、捕まえる方法が変わって来るってことを、理解しておかなければいけない」
「芋がまだ育ち切っていなかった場合、地上に出ている茎を引っ張れば、地下茎でつながっている芋は一緒に収穫できる」
皆が頷く。
「芋が育ち切っていたら? 地上に出ている茎を引っ張っても、芋は地面に残り、上だけしか収穫できないってことになる。
残った芋は新しく芽をだし、新たな犯罪組織を作っていくだろう。‥それは一番マズい状態だ。
そして、今あの犯罪組織はいずれ近い将来、その段階に移行すると考えられる。
だから、上から引っ張ろうなんて思わずに、それこそ‥周りを丁寧に掘り起こし、根こそぎ収穫しなければいけない。
もう地上から出ている茎は、重要ではない。地上から芋の成長を助ける時期は終わっている。だけど地上に出た茎と芋がつながっている限り‥地上に出ている茎は、芋を探すための目じるしになる」
つまり‥
地上に出ている茎(魔術士協会)と芋1(魔薬販売ルート)、芋2(教育班)、芋3(労働力調達班)は「芋づる式に摘発できる」関係ではないが、今はまだ独立しているわけでは無い。
全部を捕まえるのは、時間勝負って話なんだ。
「完全に独立して、新たな犯罪組織を作り出す前に、‥奴らを一斉摘発する」
真剣な顔で指示を出すおやっさんだったが、例えが芋の話だったからか、皆は「なんとなくしまらないな~」と思うのだった。
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