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「……ああ、見てください、セバス。あの一角。学園の図書室の窓際。午後の柔らかな日差しが、殿下のプラチナブロンドを透かして、まるで聖母のような後光を放っておりますわ」
私は図書室の対面にある時計塔の陰から、高性能の遠見鏡(ズーム機能付き)を覗き込んでいました。
視線の先には、参考書を広げるヴィルフリート殿下の姿。
「左様でございますね。しかしお嬢様、その横に男爵令嬢が座られたようです」
「わかっていますわ、リリアンさんでしょう? 見て、あのあざとい上目遣い。殿下の視界を独占しようという、剥き出しの承認欲求。……素晴らしいわ」
私はレンズを調整し、二人の距離感をミリ単位で計測しました。
「見て! 殿下がペンを置いた拍子に、二人の指先が触れそうで触れないこの距離! これを『アブソリュート・ゼロの距離』と名付けましょう! ああ、殿下がリリアンさんの質問に答えるために、少しだけ身を乗り出した! 角度が、角度が神がかっていますわ!」
「お嬢様、落ち着いてください。呼吸が荒すぎてレンズが曇っております」
「落ち着いていられませんわ! これこそが『公式供給』……! 美男美女が並び、知的な会話を交わすこの構図。たとえそれが浮気……いえ、不貞……でもなく、ただの婚約破棄後の新しい恋だとしても、この光景の美しさに罪はありませんわ!」
私は興奮のあまり、持っていたスケッチブックに猛烈な勢いで「尊い」という文字を書きなぐりました。
図書室の中では、リリアンさんが少し声を張り上げたようです。
窓が開いていたため、微かに会話が聞こえてきました。
「……殿下、メメル様がまたあそこで見ています。あんなに熱烈な視線を向けられては、私、怖くて教科書の内容が頭に入りませんわ」
リリアンさんが、殿下の袖をきゅっと掴みました。
それを見た私は、思わず「ヒッ」と短い悲鳴を上げました。
「セバス! 見た!? 今のリリアンさんの袖掴み! あれは布越しに殿下の体温を感じようという、高度なファンサービスの一環かしら!? それとも、殿下の剛腕を確認するための触診!? どちらにせよ、リリアンさんは『わかっている』わ!」
「……おそらく、単純に殿下を頼る可愛い自分を演出しているだけかと思われますが」
「いいえ! 彼女はプロよ! 殿下の困惑顔を引き出すプロの演者だわ!」
一方、殿下はといえば、私の潜伏場所(時計塔)を一瞥して、深いため息をつきました。
「リリアン。気にするな、あいつはただの『置物』だと思え。あそこで光っているのは、ただの反射光だ。……それにしても、最近のメメルは不気味だ。私に詰め寄るわけでもなく、ただ遠くで身悶えしているだけ。……正直、逆に落ち着かん」
「殿下……。私という存在がありながら、メメル様のことばかりおっしゃるなんて」
リリアンさんが、今度は殿下の肩に頭を預けようとしました。
私は、その瞬間を見逃しませんでした。
「ダメよ、リリアンさん! そこは角度が甘いわ! 殿下の鎖骨に頭を乗せるなら、もっと左から四十五度の角度でいかないと、殿下の顎のラインが綺麗に見えないじゃないの!」
私は思わず、時計塔の窓から身を乗り出して叫んでいました。
「……メメル!? 貴様、いつからそこにいた!」
殿下が椅子を蹴立てて立ち上がりました。
図書室の窓から、殿下の怒号が響きます。
「殿下! 今のポージング、リリアンさんへの指導が足りておりませんわ! 彼女の甘え方は、まだ『庶民のそれ』です。殿下の高貴さを引き立てるためには、もっとこう……殿下を『踏み台』にするくらいの傲慢な美しさが必要なんですの!」
「何を言っているんだ貴様は! なぜ私の恋愛に元・婚約者がダメ出しをしている!」
「恋愛ではありません、『コンテンツ』の質の向上を求めているのですわ! リリアンさん、聞こえますか!? 次は殿下の指を絡める『恋人繋ぎ』をリクエストします! あ、でも殿下の爪を傷つけたら承知しませんわよ!」
「もういい! 図書室を閉める! リリアン、行くぞ!」
殿下はリリアンさんの手を引いて(雑な引き方でしたが、それもまた良し)、足早に図書室を去っていきました。
私は、遠ざかる二人の背中に向かって、全力で手を振りました。
「最高でしたわー! 特に去り際の、殿下の『耳の裏が少し赤い』ところ! あれは照れではなく、純粋な怒り! 沸点に達した殿下の体温を想像するだけで、白飯が三杯いけますわー!」
セバスが私の肩に手を置き、静かに諭しました。
「お嬢様。これ以上やると、明日から学園に『精神衛生上の理由』で立ち入り禁止措置が取られる可能性がございます」
「あら、困るわね。でも大丈夫よ、セバス。立ち入り禁止になったら、次は学園の周囲を浮遊する『魔導気球』から殿下を観測するわ」
「……その執念を、少しでも国益のために使っていただきたいものです」
私は満足げに遠見鏡を畳みました。
今日の「リリ・ヴィル(公式名称)」の絡み、点数をつけるなら八十五点。
リリアンさんの技術不足は否めませんが、それを補って余りある殿下の「キレ芸」が冴え渡っていました。
「さあ、帰って今日のシーンを絵画に起こしましょう。タイトルは『図書室の窓辺、憤怒の王妃教育』よ!」
「お嬢様、不敬罪で訴えられても、私は責任を取りかねます」
私はセバスの言葉を華麗にスルーし、スキップで時計塔を降りていきました。
婚約破棄されて、本当に良かった。
こんなに間近で、殿下の「新しい物語」を観賞できるのですもの。
幸せすぎて、鼻血が出そうですわ!
私は図書室の対面にある時計塔の陰から、高性能の遠見鏡(ズーム機能付き)を覗き込んでいました。
視線の先には、参考書を広げるヴィルフリート殿下の姿。
「左様でございますね。しかしお嬢様、その横に男爵令嬢が座られたようです」
「わかっていますわ、リリアンさんでしょう? 見て、あのあざとい上目遣い。殿下の視界を独占しようという、剥き出しの承認欲求。……素晴らしいわ」
私はレンズを調整し、二人の距離感をミリ単位で計測しました。
「見て! 殿下がペンを置いた拍子に、二人の指先が触れそうで触れないこの距離! これを『アブソリュート・ゼロの距離』と名付けましょう! ああ、殿下がリリアンさんの質問に答えるために、少しだけ身を乗り出した! 角度が、角度が神がかっていますわ!」
「お嬢様、落ち着いてください。呼吸が荒すぎてレンズが曇っております」
「落ち着いていられませんわ! これこそが『公式供給』……! 美男美女が並び、知的な会話を交わすこの構図。たとえそれが浮気……いえ、不貞……でもなく、ただの婚約破棄後の新しい恋だとしても、この光景の美しさに罪はありませんわ!」
私は興奮のあまり、持っていたスケッチブックに猛烈な勢いで「尊い」という文字を書きなぐりました。
図書室の中では、リリアンさんが少し声を張り上げたようです。
窓が開いていたため、微かに会話が聞こえてきました。
「……殿下、メメル様がまたあそこで見ています。あんなに熱烈な視線を向けられては、私、怖くて教科書の内容が頭に入りませんわ」
リリアンさんが、殿下の袖をきゅっと掴みました。
それを見た私は、思わず「ヒッ」と短い悲鳴を上げました。
「セバス! 見た!? 今のリリアンさんの袖掴み! あれは布越しに殿下の体温を感じようという、高度なファンサービスの一環かしら!? それとも、殿下の剛腕を確認するための触診!? どちらにせよ、リリアンさんは『わかっている』わ!」
「……おそらく、単純に殿下を頼る可愛い自分を演出しているだけかと思われますが」
「いいえ! 彼女はプロよ! 殿下の困惑顔を引き出すプロの演者だわ!」
一方、殿下はといえば、私の潜伏場所(時計塔)を一瞥して、深いため息をつきました。
「リリアン。気にするな、あいつはただの『置物』だと思え。あそこで光っているのは、ただの反射光だ。……それにしても、最近のメメルは不気味だ。私に詰め寄るわけでもなく、ただ遠くで身悶えしているだけ。……正直、逆に落ち着かん」
「殿下……。私という存在がありながら、メメル様のことばかりおっしゃるなんて」
リリアンさんが、今度は殿下の肩に頭を預けようとしました。
私は、その瞬間を見逃しませんでした。
「ダメよ、リリアンさん! そこは角度が甘いわ! 殿下の鎖骨に頭を乗せるなら、もっと左から四十五度の角度でいかないと、殿下の顎のラインが綺麗に見えないじゃないの!」
私は思わず、時計塔の窓から身を乗り出して叫んでいました。
「……メメル!? 貴様、いつからそこにいた!」
殿下が椅子を蹴立てて立ち上がりました。
図書室の窓から、殿下の怒号が響きます。
「殿下! 今のポージング、リリアンさんへの指導が足りておりませんわ! 彼女の甘え方は、まだ『庶民のそれ』です。殿下の高貴さを引き立てるためには、もっとこう……殿下を『踏み台』にするくらいの傲慢な美しさが必要なんですの!」
「何を言っているんだ貴様は! なぜ私の恋愛に元・婚約者がダメ出しをしている!」
「恋愛ではありません、『コンテンツ』の質の向上を求めているのですわ! リリアンさん、聞こえますか!? 次は殿下の指を絡める『恋人繋ぎ』をリクエストします! あ、でも殿下の爪を傷つけたら承知しませんわよ!」
「もういい! 図書室を閉める! リリアン、行くぞ!」
殿下はリリアンさんの手を引いて(雑な引き方でしたが、それもまた良し)、足早に図書室を去っていきました。
私は、遠ざかる二人の背中に向かって、全力で手を振りました。
「最高でしたわー! 特に去り際の、殿下の『耳の裏が少し赤い』ところ! あれは照れではなく、純粋な怒り! 沸点に達した殿下の体温を想像するだけで、白飯が三杯いけますわー!」
セバスが私の肩に手を置き、静かに諭しました。
「お嬢様。これ以上やると、明日から学園に『精神衛生上の理由』で立ち入り禁止措置が取られる可能性がございます」
「あら、困るわね。でも大丈夫よ、セバス。立ち入り禁止になったら、次は学園の周囲を浮遊する『魔導気球』から殿下を観測するわ」
「……その執念を、少しでも国益のために使っていただきたいものです」
私は満足げに遠見鏡を畳みました。
今日の「リリ・ヴィル(公式名称)」の絡み、点数をつけるなら八十五点。
リリアンさんの技術不足は否めませんが、それを補って余りある殿下の「キレ芸」が冴え渡っていました。
「さあ、帰って今日のシーンを絵画に起こしましょう。タイトルは『図書室の窓辺、憤怒の王妃教育』よ!」
「お嬢様、不敬罪で訴えられても、私は責任を取りかねます」
私はセバスの言葉を華麗にスルーし、スキップで時計塔を降りていきました。
婚約破棄されて、本当に良かった。
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