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「……お嬢様。そろそろ、その『びしょ濡れの偶像崇拝』を切り上げませんか。このままでは明日の朝、お嬢様の喉のコンディションが『ガラガラ蛇』になってしまいます」
学園の校門前。
激しく降りしきる雨の中、執事のセバスが大きな傘を差し出しながら、無表情に私を諭しました。
「何を言っているの、セバス。見てちょうだい、あの校舎の軒下を。殿下が今、リリアンさんと一緒に雨宿りをなさっているのよ。あの立ち上る湿気こそが、殿下の熱量を帯びた聖なる蒸気……! これを全身で浴びずして、何がファンと言えますの!」
私は傘を拒否し、ずぶ濡れのドレスのまま、うっとりと校舎を見つめていました。
雨は、ただの気象現象ではありません。
殿下が同じ空気を吸い、殿下が同じ空間で感じている「恵み」なのです。
「……ああっ! 見て、セバス! 殿下が雨粒を避けるように、少しだけ身を屈められましたわ。あの『雨を厭う貴公子のシルエット』! 百年に一度の傑作構図ですわね!」
「お嬢様、落ち着いてください。その傑作構図を拝む前に、お嬢様の視界が雨でゼロメートルになっております」
その時でした。
校舎の軒下から、ヴィルフリート殿下がこちらに気づいたようです。
「……メメル!? 貴様、そんなところで何をしているんだ! 傘も差さずに、頭が沸騰したのか!」
殿下はリリアンさんをその場に残し、予備の傘を一本持って、雨の中をこちらへ駆け寄ってきました。
泥を跳ね飛ばしながら走るそのお姿……。
「雨を切り裂く守護騎士」のようで、あまりにも尊い。
「殿下……! わざわざ私のために、その尊い御足を泥で汚してまで……! ああ、今の泥跳ねの角度、記録しましたかセバス!」
「バッチリでございます。後ほど『スプラッシュ・ヴィル様』として現像いたします」
「貴様ら、いい加減にしろ!!」
殿下は私の目の前で立ち止まると、持ってきた傘を強引に私に押し付けました。
「ほら、これを使え! 公爵令嬢がずぶ濡れで校門に突っ立っているなど、我が国の品位に関わる! 風邪でも引いたら、私の寝覚めが悪いんだよ!」
……殿下。
なんて、なんてお優しいのでしょう。
婚約破棄をした元・婚約者に対して、この慈愛。
普通なら、ここで「殿下の優しさに、再び恋に落ちましたわ……」と、頬を染めて傘を受け取る場面でしょう。
しかし、今の私は「一介のファン」なのです。
「……殿下。お心遣い、痛み入ります。ですが、この傘をお受けすることはできません」
「……は? なぜだ。嫌がらせか?」
「いいえ。……この雨は、殿下が触れ、殿下が眺めた雨。すなわち、私にとっては『聖水』も同義。この聖なる水を傘という人工物で遮るなんて、殿下への冒涜ですわ! 私は、殿下の残り香が混じったこの雨粒を、一滴たりとも逃さず肌で受け止めたいのです!」
私は天を仰ぎ、雨を全身に浴びて微笑みました。
「……お、おい。貴様、本気で言っているのか? これはただの、泥水が混じった雨だぞ?」
「殿下が『雨だ』とおっしゃれば雨になり、殿下が『聖水だ』とおっしゃれば聖水になる……。それが世界の真理ですわ。ああ、見てください、殿下の指先から滴るあの雫。あれを口に含めば、私の魔力は一気にカンストする気がいたします!」
私が殿下の指先を凝視すると、殿下は「ヒッ」と短い悲鳴を上げて、傘を持った手を引っ込めました。
「……怖い。この女、やっぱり怖い! カイル、誰か呼んでこい! メメルが雨を飲み干そうとしている!」
「殿下、ご安心ください。お嬢様は飲み干すだけでなく、後でこのドレスを絞って『ヴィル様成分入り・雨露のエッセンス』として瓶詰めする予定でございます」
セバスが淡々と補足すると、殿下の顔から完全に血の気が引きました。
「……もういい! 勝手にしろ! 風邪を引こうが、肺炎になろうが、私は知らんからな!」
殿下は傘を地面に叩きつけるように置くと、逃げるように校舎へと戻っていきました。
去り際、殿下が一度だけ振り返って、びしょ濡れの私を「信じられないものを見る目」で見つめました。
……ああっ、雨の中の「絶望瞳」!
水滴に濡れたまつ毛が、より一層その悲哀を強調していて……最高です!
「セバス……。殿下、傘を置いていってくださいましたわ。これは実質的な『所有権の移転』……すなわち、私へのプレゼントと解釈してよろしいかしら?」
「左様でございますね。後ほど、家宝として防腐処理を施し、祭壇のセンターに配置しておきます」
「ええ、お願い。……ああ、幸せ。雨の日がこんなに素晴らしいなんて、婚約者だった頃は気づきませんでしたわ」
私は地面に落ちた傘を、まるで壊れ物を扱うように両手で拾い上げました。
自分の頭に差すためではなく、胸に抱きしめるために。
ヴィルフリート殿下の溜息が、雨音に混じって遠くで聞こえた気がしましたが、今の私にはそれさえも心地よい子守唄のように響くのでした。
学園の校門前。
激しく降りしきる雨の中、執事のセバスが大きな傘を差し出しながら、無表情に私を諭しました。
「何を言っているの、セバス。見てちょうだい、あの校舎の軒下を。殿下が今、リリアンさんと一緒に雨宿りをなさっているのよ。あの立ち上る湿気こそが、殿下の熱量を帯びた聖なる蒸気……! これを全身で浴びずして、何がファンと言えますの!」
私は傘を拒否し、ずぶ濡れのドレスのまま、うっとりと校舎を見つめていました。
雨は、ただの気象現象ではありません。
殿下が同じ空気を吸い、殿下が同じ空間で感じている「恵み」なのです。
「……ああっ! 見て、セバス! 殿下が雨粒を避けるように、少しだけ身を屈められましたわ。あの『雨を厭う貴公子のシルエット』! 百年に一度の傑作構図ですわね!」
「お嬢様、落ち着いてください。その傑作構図を拝む前に、お嬢様の視界が雨でゼロメートルになっております」
その時でした。
校舎の軒下から、ヴィルフリート殿下がこちらに気づいたようです。
「……メメル!? 貴様、そんなところで何をしているんだ! 傘も差さずに、頭が沸騰したのか!」
殿下はリリアンさんをその場に残し、予備の傘を一本持って、雨の中をこちらへ駆け寄ってきました。
泥を跳ね飛ばしながら走るそのお姿……。
「雨を切り裂く守護騎士」のようで、あまりにも尊い。
「殿下……! わざわざ私のために、その尊い御足を泥で汚してまで……! ああ、今の泥跳ねの角度、記録しましたかセバス!」
「バッチリでございます。後ほど『スプラッシュ・ヴィル様』として現像いたします」
「貴様ら、いい加減にしろ!!」
殿下は私の目の前で立ち止まると、持ってきた傘を強引に私に押し付けました。
「ほら、これを使え! 公爵令嬢がずぶ濡れで校門に突っ立っているなど、我が国の品位に関わる! 風邪でも引いたら、私の寝覚めが悪いんだよ!」
……殿下。
なんて、なんてお優しいのでしょう。
婚約破棄をした元・婚約者に対して、この慈愛。
普通なら、ここで「殿下の優しさに、再び恋に落ちましたわ……」と、頬を染めて傘を受け取る場面でしょう。
しかし、今の私は「一介のファン」なのです。
「……殿下。お心遣い、痛み入ります。ですが、この傘をお受けすることはできません」
「……は? なぜだ。嫌がらせか?」
「いいえ。……この雨は、殿下が触れ、殿下が眺めた雨。すなわち、私にとっては『聖水』も同義。この聖なる水を傘という人工物で遮るなんて、殿下への冒涜ですわ! 私は、殿下の残り香が混じったこの雨粒を、一滴たりとも逃さず肌で受け止めたいのです!」
私は天を仰ぎ、雨を全身に浴びて微笑みました。
「……お、おい。貴様、本気で言っているのか? これはただの、泥水が混じった雨だぞ?」
「殿下が『雨だ』とおっしゃれば雨になり、殿下が『聖水だ』とおっしゃれば聖水になる……。それが世界の真理ですわ。ああ、見てください、殿下の指先から滴るあの雫。あれを口に含めば、私の魔力は一気にカンストする気がいたします!」
私が殿下の指先を凝視すると、殿下は「ヒッ」と短い悲鳴を上げて、傘を持った手を引っ込めました。
「……怖い。この女、やっぱり怖い! カイル、誰か呼んでこい! メメルが雨を飲み干そうとしている!」
「殿下、ご安心ください。お嬢様は飲み干すだけでなく、後でこのドレスを絞って『ヴィル様成分入り・雨露のエッセンス』として瓶詰めする予定でございます」
セバスが淡々と補足すると、殿下の顔から完全に血の気が引きました。
「……もういい! 勝手にしろ! 風邪を引こうが、肺炎になろうが、私は知らんからな!」
殿下は傘を地面に叩きつけるように置くと、逃げるように校舎へと戻っていきました。
去り際、殿下が一度だけ振り返って、びしょ濡れの私を「信じられないものを見る目」で見つめました。
……ああっ、雨の中の「絶望瞳」!
水滴に濡れたまつ毛が、より一層その悲哀を強調していて……最高です!
「セバス……。殿下、傘を置いていってくださいましたわ。これは実質的な『所有権の移転』……すなわち、私へのプレゼントと解釈してよろしいかしら?」
「左様でございますね。後ほど、家宝として防腐処理を施し、祭壇のセンターに配置しておきます」
「ええ、お願い。……ああ、幸せ。雨の日がこんなに素晴らしいなんて、婚約者だった頃は気づきませんでしたわ」
私は地面に落ちた傘を、まるで壊れ物を扱うように両手で拾い上げました。
自分の頭に差すためではなく、胸に抱きしめるために。
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