周囲が放っておいてくれません!悪役令嬢は自由なりたい!

黒猫かの

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ガタゴト、ガタゴト。

馬車に揺られること一週間。

窓の外の景色は、豊かな緑から徐々に荒涼としたものへと変わり、やがて木の一本も生えていない岩肌と赤土だけの世界になった。

風が強い。

そして、寒い。

「……ミシェル様。そろそろです」

御者台のルーカスが声をかけた。

私は計算機(現在、新居の建設費を試算中)を閉じ、窓の外を見た。

「ここが、北の果て……?」

「はい。ベルンシュタイン領の最北端、通称『虚無の荒野』です」

「ネーミングセンスが絶望的ね」

馬車が止まった。

私は馬車から降り立った。

ヒールが乾いた大地を踏みしめる。

見渡す限りの荒野。

岩。土。枯れ草。以上。

人の気配はおろか、動物の気配もない。ただ、ヒュォォォ……という風の音だけが響いている。

「……すごわね」

私は感嘆の声を漏らした。

「遮るものが何もないわ。日当たり良好、風通し抜群、騒音ゼロ」

「ポジティブで助かります」

ルーカスが荷物を下ろしながら、申し訳なさそうに頭をかいた。

「父から譲り受けた土地ですが、ご覧の通りの不毛の大地です。水脈も深く、作物は育たず、魔物すら『住みにくい』と避けて通る場所です」

「固定資産税は?」

「タダ同然です」

「最高ね」

私はニヤリと笑った。

維持費がかからない。これは経営において最大のメリットだ。

「それで、ルーカス。私たちの『愛の巣(新居)』はどこ?」

私は周囲を見渡した。

「地図だとこの辺りなんだけど……屋敷らしき影が見当たらないわね。まさか、地下シェルター?」

「いえ、地上にあります」

ルーカスが指差した。

「あそこです」

「え?」

彼の指差す先には、ぽつんと「それ」があった。

巨大な岩の陰に、風に煽られてバタバタと音を立てている、古びた布の塊。

どう見ても、ボロボロのテントだった。

「…………」

「…………」

沈黙が流れた。

ルーカスが直立不動で報告する。

「現在、我が家の資産状況により、建設資材が調達できておりません。よって、当面の間はあのアウトドアスタイルが拠点となります」

「……」

「もちろん、防水加工は施してあります(私が蝋を塗りました)。防寒対策もバッチリです(私が抱きしめて温めます)」

「……」

私はテントへと歩み寄った。

入り口をめくる。

中は畳二畳分ほどのスペース。寝袋が二つ、仲良く並んでいる。

中央には、焚き火の跡。

以上。

「……フフッ」

笑いが込み上げてきた。

「ミシェル様? やはり、お気に召しませんでしたか……?」

ルーカスが不安げに覗き込む。

私は振り返り、満面の笑みを見せた。

「いいえ、傑作よ!」

「へ?」

「元・公爵令嬢で、元・王太子の婚約者が、テント暮らし!? これ以上の『転落(ネタ)』があるかしら!?」

私はテントの柱(ただの木の棒)をパンと叩いた。

「最高だわ! ここから這い上がるのね! ゼロから……いいえ、マイナスからのスタート! 燃えないわけがないでしょう!」

「ミシェル様……!」

「それに見て! このテント、構造計算がいらないわ! 倒れても死なないもの!」

「そこですか」

私は腕まくりをした。

「よし、現状把握完了。ただちに開拓を開始するわよ!」

「はっ! まずは何を?」

「インフラ整備よ! 水と火と、安全な寝床の確保!」

私は懐から設計図(馬車の中で描いた)を取り出した。

「ルーカス、貴方は水源の確保を。そのミスリルの鍬なら、地下水脈まで掘り抜けるはずよ」

「お任せください。温泉が出るまで掘り進めます」

「私はかまどの設置と、夕食の準備を。……今日のメニューは?」

「道中で狩った『ロック鳥』の肉があります。あと、マリア嬢の実家から餞別にもらった『筋肉増強プロテイン(粉末)』も」

「プロテインは肥料に回しましょう」

私たちは動き出した。

何もない荒野。

けれど、私たちには「最強の肉体(ルーカス)」と「最強の頭脳(私)」がある。

ルーカスが少し離れた場所で、鍬を振り上げた。

「うおおおおお!! 水脈よ、出てこい!!」

ドゴォォォォン!!!

地面が爆発したかのような音が響き、土砂が噴き上がった。

一撃で井戸が完成したようだ。

「……相変わらず規格外ね」

私は石を積み上げて即席のかまどを作りながら、火打石を鳴らした。

カチッ、カチッ。

小さな火花が散り、枯れ草に火がつく。

揺らめく炎。

王城の暖炉のような豪華さはない。

でも、この小さな灯りは、私たちが自分たちの手で灯したものだ。

「……あったかい」

夕暮れ時。

空は紫から群青へとグラデーションを描き、満天の星が瞬き始めた。

街灯がない分、星の輝きが王都とは段違いだ。

「ミシェル様! 水が出ました! しかも微炭酸です!」

ルーカスが泥だらけになって戻ってきた。

「微炭酸? ハイボールが作れるわね」

「早速、汲んできます!」

私たちは焚き火を囲み、焼いた鳥肉と、湧き水で乾杯した。

食器は木の器だけ。

テーブルも椅子もない、岩の上での食事。

けれど。

「……美味しい」

肉を齧りながら、私は心からそう思った。

「最高級のフレンチより美味しいわ」

「貴女と一緒だからです」

ルーカスが隣に座り、私の肩にブランケットを掛けてくれた。

「ミシェル様。……不便な生活をさせて、申し訳ありません」

「謝らないで。私が選んだのよ」

私は彼の肩に頭を預けた。

「それに、見て。この星空」

「はい。綺麗ですね」

「この星空も、この土地も、全部私たちのものよ。……ローンなしでね」

「ふふっ、そうですね」

静寂。

風の音さえも、今は心地よいBGMだ。

「ねえ、ルーカス」

「はい」

「明日は鶏小屋を作りましょう。コッコ1号たちが寒がっているわ」

「了解です。木材がないので、岩を削って石造りの要塞にします」

「その次は畑ね。土壌改良をして、あの『ドラゴンの肥料』を試しましょう」

「はい。ハーブ園を作りましょう」

「それから家も建てないと。……二階建てで、お風呂が広くて、執務室がある家」

「設計図はお任せします。施工は俺が一人でやります」

夢が広がる。

何もないからこそ、何でも描ける。

私は計算機を握りしめたまま、うとうとと微睡(まどろ)み始めた。

「……おやすみ、ルーカス」

「おやすみなさい、ミシェル様。……良い夢を」

額に優しい口づけが落ちる。

テントの中、寝袋に包まりながら、私は思った。

王太子妃にならなくて本当によかった、と。

だって、あそこにはこんな自由も、こんな温もりもなかったから。

……まあ、明日からは筋肉痛必至の重労働が待っているのだけれど。

翌朝。

私たちは轟音と共に目を覚ますことになる。

「ブモォォォォォォ!!!」

「な、何!?」

テントの外に出ると、そこには荒野の主らしき巨大な魔獣(バッファローの化け物)が、私たちの新居(テント)を鼻息で吹き飛ばそうとしていた。

「……ルーカス」

「はい」

「朝食の肉が増えたわよ」

「了解です。狩ってきます」

スローライフ(物理)の二日目が、こうして幕を開けた。
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