「婚約破棄? ええ、どうぞ!(食い気味)」

黒猫かの

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「道を開けろ! 不届き者ども! ヴィンス殿下のお通りである!」

市場の喧騒を切り裂くように、聞き覚えのある傲慢な声が響き渡りました。
私は反射的に、手に持っていた串焼きを口に咥えたまま、シオンさんの広い背中の後ろへと滑り込みました。

「おっと、どうしたんだいリオナ。急にそんなに密着して」

「し、静かになさって! 天敵……いえ、賞味期限切れの大型ゴミが近づいてきていますわ!」

私はシオンさんのマントをギュッと掴み、その隙間から外の様子をうかがいました。
現れたのは、これ見よがしに王家の紋章が彫り込まれた黄金の馬車。
そしてその周囲を、これまた派手な甲冑に身を包んだ近衛騎士たちが威圧的に固めています。

馬車の窓からは、不機嫌そうに眉間に皺を寄せたヴィンス王子の顔が見えました。
その隣には、これまた不安げに、しかししっかりと王子の腕を離さないミリア様の姿もあります。

「……いない。どこにもいないではないか! リオナの奴、一体どこへ隠れたのだ!」

ヴィンス王子の怒鳴り声が、馬車の外まで漏れ聞こえてきます。
私は心の中で「隠れてるんじゃなくて、全力で逃げ出したんですのよ」と盛大に突っ込みを入れました。

「殿下、落ち着いてくださいませ。きっとリオナ様も、今頃はどこかの安宿で涙に暮れて、殿下のお迎えを待っていらっしゃるはずですわ」

ミリア様が猫なで声で慰めますが、その言葉は私への侮辱というより、もはや笑い話です。
涙に暮れる? いいえ、私は今、人生で一番美味しい肉を食べている最中なんですわ。

「フン、そうに決まっている! あの女、私が本気で追放するとは思っていなかったのだろう。公爵家の令嬢が、私という後ろ盾を失って生きていけるはずがないのだ。……おい、騎士ども! もっと隅々まで探せ! 路地裏のゴミ捨て場までな!」

王子の指示に、騎士たちが「はっ!」と応じて散らばっていきます。
私はシオンさんの背後に隠れながら、さらに深くマントを被りました。

「……シオンさん、そのまま動かないで。私、今だけは透明人間になりたいですわ」

「いいけど、その口の串焼きをなんとかした方がいいんじゃないかな。美味しそうな匂いが漏れているよ」

シオンさんがクスクスと笑いながら、私の頭をポンポンと叩きました。
私は慌てて最後の一口を飲み込み、串をシオンさんのポケット(の隣の隙間)に隠しました。

馬車はゆっくりと、私たちの目の前を通り過ぎようとしています。
その時、ヴィンス王子の視線がふと、市場の人混みの中にいたシオンさんへと向けられました。

「……ん? 待て。そこの男、止まれ!」

心臓が跳ね上がりました。
まさか、バレましたの!? 私の「自由」はたった半日で終了!?

ヴィンス王子は馬車を止めさせ、窓から身を乗り出してシオンさんを指差しました。

「貴様、見慣れない顔だな。この国の者か?」

シオンさんは落ち着き払った動作で、優雅に一礼しました。
その姿は、一介の旅人にしてはあまりに堂々としています。

「これは、ヴィンス殿下。私は隣国から参りました、しがない旅の商人でございます。何か不手際でもございましたでしょうか?」

「隣国だと? ……フン、それならいい。貴様の連れているその女……背後に隠れているのは誰だ? 顔を見せろ」

王子の言葉に、私は全身の毛が逆立つような思いでした。
絶対絶命。ここで顔を見せれば、間違いなく「反省の色がない!」と引きずり戻されるでしょう。
そして、あの地獄の自分語りを聞かされる日々が再開するのです。それだけは、死んでも御免ですわ!

シオンさんは、私の肩を抱き寄せるようにして、さらに深く私を隠しました。

「ああ、この娘ですか? 私の連れでして、少々人見知りが激しいのです。それに、昨夜から少し熱を出しておりまして……。殿下に病を移しては大変だと、顔を隠させております」

「病だと? チッ、汚らわしい。さっさと行け!」

ヴィンス王子は忌々しそうに手を振ると、すぐに興味を失ったように窓を閉めました。
馬車が再び動き出し、遠ざかっていくのを感じて、私はようやく肺の中に溜まっていた空気を全て吐き出しました。

「……助かりましたわ、シオンさん。貴方、嘘の天才ですわね」

「嘘じゃないさ。君が『自由』という名の熱に浮かされているのは、間違いなさそうだからね」

シオンさんは私を解放すると、いたずらっぽく片目を瞑りました。
私はふらふらと近くのベンチに座り込み、額の汗を拭いました。

「それにしても、あのおバカ王子……ゴミ捨て場まで探せなんて、失礼しちゃいますわ。私は今、こうして最高に輝いているというのに」

「彼にとっては、君はまだ自分の手の内にある存在なんだろう。……さて、リオナ。王子が本気で君を探している以上、この街に長居するのは得策じゃないかもしれないね」

シオンさんの言葉に、私はハッとしました。
そうですわ。あのおバカ王子、一度言い出すとしつこいのが唯一の取り柄なんです。
もし本当に見つかったら、私の自由が、私の串焼き生活が……!

「シオンさん、提案ですわ!」

私は立ち上がり、シオンさんの手を力強く握りました。

「私を隣国へ連れて行ってくださいませ! そこで私は、新しい名前と新しい人生、そして新しい美味しいものを手に入れるのですわ!」

「隣国へ? ふむ、それは願ってもない提案だ。……ちょうど、私の国でも『面白い侍女』を探していたところでね」

シオンさんの瞳が、見たこともないほど深く、怪しく輝きました。
私はその輝きの意味を深く考えることもせず、ただ「隣国にはどんな美味しいものがあるのかしら」と胸を躍らせていたのです。

逃亡者リオナ。
ついに国境を越える決意を固めた瞬間でした。
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