「婚約破棄? ええ、どうぞ!(食い気味)」

黒猫かの

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アステリア王国の午後は、わが国よりも少しだけ太陽が近く、日差しがキラキラと眩しい気がいたしますわ。

本日の私の任務は、シオン殿下がお招きした隣国の令嬢たちをおもてなしする、ガーデンティーパーティーの給仕ですわ。
侍女の制服に身を包み、銀のトレイを小脇に抱える私。
……あら、なんだかプロフェッショナルな香りがしてきませんこと?

「おーっほっほっほ! 紅茶の香りと、令嬢たちの見栄の張り合い! これぞティーパーティーの醍醐味ですわね!」

「……リオナ、声が大きいわえ。あと、その高笑いは給仕の前には封印しておきなさいな」

侍女長様に釘を刺されましたが、私のワクワクは止まりません。
かつては「座って待つ側」だった私が、今度は「最高の間で茶を出す側」になる。
これはもはや、究極の心理戦ですわ!

会場となるバラ園には、色とりどりのドレスを纏った令嬢たちが五人ほど集まっていました。
中心に座っているのは、この国の有力公爵家の令嬢、カトリーヌ様。
彼女は、シオン殿下が連れ帰ったという「謎の侍女」の噂を聞きつけ、鼻息を荒くしていらっしゃいました。

「まあ、貴女が噂の侍女? 殿下がわざわざ野蛮な国から拾ってきたという……」

カトリーヌ様が、扇子の隙間から私を値踏みするように見つめてきます。
私は完璧な角度でお辞儀をし、静かに紅茶を注ぎ始めました。

「左様でございますわ、カトリーヌ様。野蛮というよりは、少々『王子がズボラ』なだけの国から参りました、リオナと申します。本日は最高級のダージリンをご用意いたしましたわ」

「ふん、所詮は侍女。お茶の淹れ方一つで、その人の品性が分か……っ!? な、なんですの、この香りは!」

カトリーヌ様がカップを口に運んだ瞬間、その瞳が大きく見開かれました。
当然ですわ。私は茶葉の開き具合を秒単位で計算し、その日の湿度に合わせてお湯の温度を0.5度刻みで調整したのですから!

「お口に合いましたかしら? その茶葉は、標高二千メートルの霧深い茶園で、乙女たちが歌を歌いながら摘んだという伝説の逸品。さらに私は、茶器を事前に殿下の体温と同じ温度まで温めておきましたの。これぞ『究極の一杯』ですわ!」

「……な、なかなかの手際ね。ですが、お茶だけでは退屈ですわ。このお菓子、なんだか見た目が地味じゃなくて?」

カトリーヌ様が、私が今朝三時に起きて焼き上げた特製スコーンを指差しました。
表面はサクッと、中はしっとり。見た目こそ素朴ですが、中には秘伝のジャムを練り込んでありますのよ。

「地味、ですって? まあ、カトリーヌ様はお目が高い! これは『引き算の美学』に基づいたデザインですの。派手な装飾で味の欠点を隠す軟弱なお菓子とは一線を画す、実力派のスコーンですわ。さあ、まずは一口。貴女の味覚が試されますわよ?」

「試される……!? わ、私を誰だと思って……っ!? う、旨い……! なにこれ、止まらないわ!」

カトリーヌ様は、優雅に文句を言うはずだった口で、猛烈な勢いでスコーンを頬張り始めました。
他の令嬢たちも、最初は「侍女ごときが」という顔をしていましたが、一口食べれば最後。
会場は、もはやお茶会というよりは「給食時間の争奪戦」のような熱気に包まれました。

「リオナ! 私にもおかわりを! あと、そのジャムの配合を教えなさい!」

「リオナさん、こちらのドレスの染みの抜き方もご存知かしら!? さっきから気になって……」

「まあ皆様、落ち着いてくださいまし! 順にお答えいたしますわ。お茶のおかわりは右から。染みの抜き方は、まずは冷水と重曹を用意して……」

気づけば、私は給仕をしながら令嬢たちの悩み相談に乗り、さらには最新の美容法(公爵家秘伝)を伝授する、お茶会の支配者と化していました。
令嬢たちは、私の圧倒的な知識量と、澱みのないマシンガントークに完全に掌握されてしまったのです。

そこへ、様子を見に来たシオン殿下が姿を現しました。

「やあ、カトリーヌ。お茶会は楽しんで……って、なんだい、この光景は」

シオン殿下が見たのは、令嬢たちが一列に並び、私から「正しい扇子の仰ぎ方」の講義を受けているという、異様な光景でした。

「殿下! このリオナという侍女、素晴らしいわ! 我が家に欲しいくらいよ!」

「いいえ、私のところへ! 彼女、私の婚約者の愚痴を完璧な比喩で要約してくれたのよ!」

「……リオナ。君は、お茶を出しに行ったはずじゃなかったかな?」

シオン殿下が、呆れたように私を見つめます。
私は、額の汗を爽やかに拭い、満面の笑みで答えました。

「殿下、お茶を出すというのは『心』を出すことと同義ですわ。皆様、日頃のストレスが溜まっていらしたようですので、私が全てデトックス(排出)して差し上げましたわ!」

「……デトックス、ね。君がいると、お茶会が格闘技の試合会場に見えてくるよ」

シオン殿下は苦笑しながら、私のエプロンの紐が少し緩んでいるのを、さりげなく直してくれました。
その瞬間、令嬢たちから「キャッ!」という黄色い悲鳴が上がりました。

「まあ! 殿下が侍女にそんな……!」「もしや、運命の恋!?」「いいえ、新しい師弟関係よ!」

勝手に盛り上がる令嬢たちをよそに、私は次の仕事を見据えていました。

「さあ殿下、お茶会はこれにてお開きですわ! 次は、バラ園の土壌改良について庭師に説教……いえ、アドバイスをしに行く時間ですわよ!」

「……リオナ。君、いつかこの王宮の全権を握るつもりじゃないだろうね?」

「まさか! 私はただの、自由を愛する一介の侍女ですわよ。おーっほっほっほ!」

私の高笑いが、アステリアの青空に響き渡りました。
「お茶会クラッシャー」の称号を手に入れた私は、さらなる労働の喜びに胸を躍らせ、次なる戦場へと走り出したのでした。
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