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王宮での侍女生活も板についてきましたわ。
毎日、磨き上げた廊下が鏡のように私の笑顔を映し出すたび、私は「労働の喜び」を噛み締めておりますの。
「おーっほっほっほ! 今日も一段と輝いておりますわね、私! いえ、この廊下が!」
バケツを持って意気揚々と歩いていると、曲がり角で不意に誰かとぶつかりそうになりました。
銀髪を揺らし、香木のような落ち着いた香りを纏った御方……シオン殿下ですわ。
「おっと、危ない。リオナ、相変わらず元気だね」
「殿下! おはようございます。ちょうど今、殿下の寝室のドアノブを、触れた瞬間に静電気が起きるほど摩擦で磨き上げに行こうとしていたところですわ!」
「……それは少し遠慮したいかな。指先が痺れるのは困る」
シオン殿下は苦笑しながら、私の持っていた重いバケツをひょいと取り上げました。
そして、当然のような顔をして私の横を歩き始めます。
「殿下!? それは侍女の荷物ですわ。王子の特権は『命令すること』であって『運ぶこと』ではありませんわよ?」
「いいじゃないか、今は公務中じゃない。それに、君の細い腕が心配なんだ」
シオン殿下はそう言って、私の目を真っ直ぐに見つめてきました。
その瞳は、まるで宝石のようにキラキラとしていて、なんだか熱を帯びている気がします。
「……なるほど。分かりましたわ!」
私はポンと手を叩き、確信を持って答えました。
「殿下、さては筋肉トレーニングの最中ですわね? 侍女のバケツをダンベル代わりにして、理想のボディラインを目指していらっしゃる……。さすが隣国の王子、美意識が高くていらっしゃるわ!」
「……どうしてそうなるんだ。私はただ、君を助けたいだけなんだが」
シオン殿下は大きな溜息をつきました。
ですが、彼の攻勢(?)はこれだけでは終わりませんでしたわ。
「リオナ、これを受け取ってくれないか」
殿下が懐から取り出したのは、繊細な細工が施された小さな箱でした。
中には、私の瞳の色と同じ、燃えるような赤い石が嵌め込まれたブローチが収められていました。
「まあ! なんて美しい赤色……。これはもしや、伝説の『火竜の涙』ではありませんこと!?」
「ああ、隣国の鉱山でしか採れない貴重な石だよ。君に似合うと思ってね。……これは私の気持ちだ」
殿下の声が少しだけ低くなり、距離がぐっと縮まります。
普通ならここで頬を染めて俯く場面なのかもしれませんが、私は元・筆頭公爵令嬢。
贈り物に隠された「真意」を読み解くのは得意中の得意ですわ!
「殿下……。恐れ入りますわ。ようやく理解いたしましたわよ」
「……気づいてくれたかい?」
期待に満ちた表情のシオン殿下に、私は胸を張って宣言しました。
「これは『退職金の前払い』、あるいは『超過勤務手当』ですわね!? 私が最近、あまりに有能すぎて他の侍女の仕事を奪ってしまっているから、これで機嫌を直して少し休めという……。殿下、なんて粋な福利厚生ですの!」
「……違う。断じて違う。それを贈って『休め』なんて一言も言っていないだろう」
シオン殿下は片手で顔を覆ってしまいました。
なんだか体調が悪そうですわね。働きすぎなのは殿下の方かもしれませんわ。
「リオナ、君は自分の魅力に無頓着すぎる。私は君が掃除をしている姿も、高笑いしている姿も、美味しそうに肉を食べている姿も、すべて愛おしいと思っているんだ」
「まあ! 殿下ったらお上手ですわね! そのセリフ、今度の夜会でカトリーヌ様たちに言ってあげてくださいまし。彼女たち、きっと感激して扇子を落としますわよ」
「私は、君に言っているんだが……」
「私に? ふふふ、ありがとうございます。私も、自分の清掃スキルが殿下に高く評価されていることを、心から誇りに思っておりますわ!」
私が完璧な侍女の微笑みを浮かべると、シオン殿下はがっくりと肩を落としました。
まるで、全力を注いだ外交交渉が決裂したかのような絶望感。
「……分かった。今日はもういい。……あ、でも、午後は少し時間を空けておいてくれ。街に新しくできたカフェの視察に、君を同行させたい」
「視察! いい響きですわね。カフェの衛生状態や、厨房の導線、さらには給仕の接客態度まで、私が厳しくチェックして差し上げますわ!」
「……いや、普通に美味しいケーキを食べに行くだけでいいんだが」
「ケーキ! それは重要なサンプルですわね。了解いたしました、殿下。プロの胃袋、お貸しいたしますわ!」
私はバケツを殿下から取り戻し(今度は離してくれませんでしたが)、意気揚々と廊下を進みました。
シオン殿下は、私の後ろ姿を見つめながら、ポツリと独り言を漏らしました。
「……難攻不落にもほどがある。あんなに隙だらけなのに、どうして肝心なところで鉄壁なんだ、彼女は」
殿下の「溺愛」という名の猛攻は、私の「自由への情熱」と「鈍感力」という名の防壁に、見事に弾き返されているのでした。
おーっほっほっほ!
隣国の王宮は、今日も今日とて刺激に満ちておりますわね!
毎日、磨き上げた廊下が鏡のように私の笑顔を映し出すたび、私は「労働の喜び」を噛み締めておりますの。
「おーっほっほっほ! 今日も一段と輝いておりますわね、私! いえ、この廊下が!」
バケツを持って意気揚々と歩いていると、曲がり角で不意に誰かとぶつかりそうになりました。
銀髪を揺らし、香木のような落ち着いた香りを纏った御方……シオン殿下ですわ。
「おっと、危ない。リオナ、相変わらず元気だね」
「殿下! おはようございます。ちょうど今、殿下の寝室のドアノブを、触れた瞬間に静電気が起きるほど摩擦で磨き上げに行こうとしていたところですわ!」
「……それは少し遠慮したいかな。指先が痺れるのは困る」
シオン殿下は苦笑しながら、私の持っていた重いバケツをひょいと取り上げました。
そして、当然のような顔をして私の横を歩き始めます。
「殿下!? それは侍女の荷物ですわ。王子の特権は『命令すること』であって『運ぶこと』ではありませんわよ?」
「いいじゃないか、今は公務中じゃない。それに、君の細い腕が心配なんだ」
シオン殿下はそう言って、私の目を真っ直ぐに見つめてきました。
その瞳は、まるで宝石のようにキラキラとしていて、なんだか熱を帯びている気がします。
「……なるほど。分かりましたわ!」
私はポンと手を叩き、確信を持って答えました。
「殿下、さては筋肉トレーニングの最中ですわね? 侍女のバケツをダンベル代わりにして、理想のボディラインを目指していらっしゃる……。さすが隣国の王子、美意識が高くていらっしゃるわ!」
「……どうしてそうなるんだ。私はただ、君を助けたいだけなんだが」
シオン殿下は大きな溜息をつきました。
ですが、彼の攻勢(?)はこれだけでは終わりませんでしたわ。
「リオナ、これを受け取ってくれないか」
殿下が懐から取り出したのは、繊細な細工が施された小さな箱でした。
中には、私の瞳の色と同じ、燃えるような赤い石が嵌め込まれたブローチが収められていました。
「まあ! なんて美しい赤色……。これはもしや、伝説の『火竜の涙』ではありませんこと!?」
「ああ、隣国の鉱山でしか採れない貴重な石だよ。君に似合うと思ってね。……これは私の気持ちだ」
殿下の声が少しだけ低くなり、距離がぐっと縮まります。
普通ならここで頬を染めて俯く場面なのかもしれませんが、私は元・筆頭公爵令嬢。
贈り物に隠された「真意」を読み解くのは得意中の得意ですわ!
「殿下……。恐れ入りますわ。ようやく理解いたしましたわよ」
「……気づいてくれたかい?」
期待に満ちた表情のシオン殿下に、私は胸を張って宣言しました。
「これは『退職金の前払い』、あるいは『超過勤務手当』ですわね!? 私が最近、あまりに有能すぎて他の侍女の仕事を奪ってしまっているから、これで機嫌を直して少し休めという……。殿下、なんて粋な福利厚生ですの!」
「……違う。断じて違う。それを贈って『休め』なんて一言も言っていないだろう」
シオン殿下は片手で顔を覆ってしまいました。
なんだか体調が悪そうですわね。働きすぎなのは殿下の方かもしれませんわ。
「リオナ、君は自分の魅力に無頓着すぎる。私は君が掃除をしている姿も、高笑いしている姿も、美味しそうに肉を食べている姿も、すべて愛おしいと思っているんだ」
「まあ! 殿下ったらお上手ですわね! そのセリフ、今度の夜会でカトリーヌ様たちに言ってあげてくださいまし。彼女たち、きっと感激して扇子を落としますわよ」
「私は、君に言っているんだが……」
「私に? ふふふ、ありがとうございます。私も、自分の清掃スキルが殿下に高く評価されていることを、心から誇りに思っておりますわ!」
私が完璧な侍女の微笑みを浮かべると、シオン殿下はがっくりと肩を落としました。
まるで、全力を注いだ外交交渉が決裂したかのような絶望感。
「……分かった。今日はもういい。……あ、でも、午後は少し時間を空けておいてくれ。街に新しくできたカフェの視察に、君を同行させたい」
「視察! いい響きですわね。カフェの衛生状態や、厨房の導線、さらには給仕の接客態度まで、私が厳しくチェックして差し上げますわ!」
「……いや、普通に美味しいケーキを食べに行くだけでいいんだが」
「ケーキ! それは重要なサンプルですわね。了解いたしました、殿下。プロの胃袋、お貸しいたしますわ!」
私はバケツを殿下から取り戻し(今度は離してくれませんでしたが)、意気揚々と廊下を進みました。
シオン殿下は、私の後ろ姿を見つめながら、ポツリと独り言を漏らしました。
「……難攻不落にもほどがある。あんなに隙だらけなのに、どうして肝心なところで鉄壁なんだ、彼女は」
殿下の「溺愛」という名の猛攻は、私の「自由への情熱」と「鈍感力」という名の防壁に、見事に弾き返されているのでした。
おーっほっほっほ!
隣国の王宮は、今日も今日とて刺激に満ちておりますわね!
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