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第四十一話 屋敷に残されたのは

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グランデ人形館は公爵邸の一棟をまるまる使用した人形美術館だった。

一階には侯爵が世界中から集めた民族人形コレクション。
二階には関節が球状になっており、自由に動きを付けられる人形。
三階にはリアルな蝋人形。
二階と三階の人形の四割は侯爵が趣味で作ったものだ。

てっきり私の身体は三階に運ばれるものだと思っていたのだが……
実際に運ばれたのは、アトリエにあった隠し通路から繋がる地下室だった。

地下室といっても、薄暗く湿っぽいイメージとは程遠く、天井、壁、床が白で統一されていた。
ところかしこに白い造花が飾られ、中央には銅像などを飾るような台座がある。
私はそこに置かれた。

「誰の目にも触れさせない、ここで自分だけが大切に保管し、眺める」

陳列された私を眺めながら呟く侯爵の陶酔した姿に、鳥肌が立つ。
飾られる自分の側で、ただ佇むだけの日々が数日続いた後。
地下室に、侯爵以外の誰かが訪れた。

「助けて……」
「誰か、助けて……」

半透明の女性の影が、何体も何体も目の前を通り過ぎていく。
この人達は、多分、私と同じ……幽霊だ。

そう気付いたら、話し掛けずにはいられなかった。

「皆さんも、侯爵に殺されたんですか?」

言い終わったのと同時に、目の前の四人の幽霊達の動きが止まる。
彼女らは、こちらを振り返るのと同時に、私の目の前まで風のように飛んできた。
続けざまに、遠くにいた霊が壁をすり抜けて、どんどん集まってくる。

「そうなの」
「殺されたの」
「侯爵に」

口々に答える女性たちは、総勢十六人に上った。

「皆の身体はどこにあるの?」

全員が一斉に同じ方向を指さす。

「向こうに埋められてるの」

こんなに大勢の人が命を奪われている。
これだけひどいことが行われているのに、全然表沙汰にならないなんて。

もう失う命がないせいか、私の胸には恐怖や悲しみよりも、純粋な怒りの感情ばかりが沸々と湧いていた。
生きていた間は、あんなに侯爵が怖くてならなかったのに……
捨てるものがないのは、ある意味強いことなのかもしれない。

「皆は彼らに復讐したいとは思わないの?」

私のその一言に、皆がざわつく。

「だって……侯爵は怖いのよ。人を人とも思ってない」

「正面切ってあの人達に向かわなくても、復讐する方法はあるはずだわ。
あの人達の罪を広めるの。私達じゃなくて、裁くべき誰かがあの人達を裁くの。

これから生きた人間を見かけたら、誰でも良いから、自分が侯爵に殺されたって訴えてみて。
勇気があるなら、侯爵やブライト達の前に姿を現すだけでもいいから、やってみて。
ねえ、お願い」

半透明の女性達は、顔を見合わせた。
決意を固めたような表情でうなずく人もいれば、目を伏せて俯いている人もいる。
無理な人はしなくてもいい。私も率先してやるつもりだ。



***



それから二か月経たないうちに、二十人の騎士と十五人のエクソシストがグランデ人形館に押しかけて来た。
すでに大半の使用人は逃げ出している。

ブライトとアンジェラは、それぞれのプライベートルームに閉じこもっていた。
騎士に引き擦り出された時、ブライトは奇声を上げながら暴れて縛り上げられ、アンジェラは背を丸めて一切言葉を発さず、視線をウロウロさせながら連行されていった。
侯爵は「リンダ、リンダ」と息子の妻の名を呼び続け、誰もいない宙に手を伸ばしているのを取り押さえられた。

三人が連行されると、残った騎士が屋敷中を捜索し『使用人が育てていた』と称される畑から十六人分の遺体を発見した。
屋敷内ではエクソシストたちが、神の御名における聖なる言葉を唱え始めた。
十六人の女性達を癒し、諭し、天に送ろうとしているのだろう。
彼女たちは一人一人、こちらにやって来て、礼を言うように私の手を握ると、ゆっくり天に昇っていく。
そうして十六人全員が、天に向かって去っていくのを見届けた後。

「私も一緒に……」

そう思って、空に向かって一歩踏み出す。
だが、ある地点まで舞い上がった瞬間、見えない糸に引っ張られたように、先に進めなくなった。
暴れれば暴れるほど、がんじがらめになって動きが取れない。

「えっ!? なぜ……!?」

糸が引っ張る方向を振り返った先には、地下の隠し部屋があった。誰もあそこを見つけていないらしい。
蝋人形になった私が飾られている、あの部屋を。

他の女性達のように生き物の理に則った遺体ではない、死んでも、まるで生きているかのような、私の身体。
あれが、私を縛る原因になっている。

気付いた頃には、騎士もエクソシストも帰ってしまっていた。

しばらく経って、屋敷の門から入ってすぐにある庭園で、犠牲者の追悼式が行われた。
しかし、そこでも私は天に昇ることができなかった。
『リンダ』の名前で嫁いだ私は、本当の名である『ジェンナ』で弔われなかったからだ。

「そんな……そんなことって……」

弔問客が去り、暗く、誰もいなくなった屋敷で、私は一人、愕然としていた。



しかし失った物ばかりではなかった。
十六人の女性達と最後に手を触れあった時、私の手には彼女達から少しずつ強さをもらった感覚が残っている。
霊力は鍛えたり受け取ったりで、強くできるのだ。
それを気付いた私は、無断でグランデ人形館に入ろうとする不届き者を成敗しながら、どんどん自らを鍛えて力を付けた。

その後、処刑された侯爵とブライト、アンジェラが戻ってきたけれど、霊力で軽くねじ伏せて、建物から叩き出した。驚くほど、呆気なく。
彼らはそのまま屋敷の庭をうろついていたけれど、屋内には私が一切近付けなかった。

かくして、ひとり取り残された私は、そこから三百年の間、この幽霊屋敷に留まることになったのだ。



***



ハッと気が付くと、私はベッドに寝かされていて、周りにはジェームスやアニー、ジョンやヘレン、その他大勢の霊達に囲まれていた。

「皆、ごめんなさい。ありがとう」

そしてジェームスに向かって言った。

「旅の支度を整えて頂戴、落とし前を付けに行くわ」
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