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第四十三話 天誅

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グランデ人形館に今も巣食う、三体の悪霊。
一際大きく、禍々しい魂をうねらせる者が一体。
卑屈なオーラを放つ者が一体。
恨みつらみに我を見失った者が一体。

私が一歩一歩近付くにつれ、三体の悪霊のうち、二体が激しく体を揺さぶり始めた。
怨嗟の黒いオーラを振り乱しながら、逃げようと足掻いている。
こちらの力が自分達を大幅に上回っているのを、本能で感じ取ったのだろう。

ただ、一際大きく禍々しい一体だけは、こちらに向かって黒い手を伸ばしてきた。

ザン!!

私の後ろから、一本の鉄棒が光の速さで飛んできて、その手を地面に縫い止めるように貫いた。

「…………!!」

声にならない声で唸りながら、身悶える大きな悪霊。

「痛いでしょう? 私の怒りで炙った、灼熱の鉄棒よ。溶けた蝋のどころの熱さじゃないわ」

その様子を見て、我先に逃げようとして、一層暴れ始める他の二体。
私は残った鉄棒を全て灼き、悪霊達をそれぞれ囲むようにして地面に突き立てた。

ドドドドドド……!!

動きを封じられた彼らは、その場でもがいている。

「アンジェラ、あなたにだけ聞くわ」

特に必死でもがいていた一体に、私は声を掛けた。
その黒い影は、途端に悲鳴を上げる。

「な、何で!? 何であたしが首をねられなきゃならないの!?
愛されたかっただけなのに!」

「あなた、侯爵の蝋人形作りを、私を含めて何回か手伝ったわね?
両手を火傷していたことが、あったじゃない。溶かした蝋に触れたんでしょう?
今思えば、あの頃からあなたは、人殺しに手を貸していたのね。
直接その手に掛けていなくても、充分な罪を背負っているわ」

……六人。そう、六人だわ。
魂にカルマが六つ、刻まれてる。

「だって、そうしなきゃ、館を追い出されてた!
ブライトと二度と会えなくなっちゃうと思って……
ずっと一緒にいたかったの!
離れたくなかったの!」



「今も、ブライトと一緒にいたい?」

静かな問い掛けに、アンジェラの動きが止まった。

「………………だって、取り返しがつかない。ブライトは私のことなんか、これっぽっちも好きじゃなかった。
ただ自分の欲を晴らしたいだけだった。私だって、あんなこと手伝いたくなかった。でももう、遅い」

「地獄に行く覚悟はある?」

「…………」

「あなたは未来永劫、地獄じゃないと思う。相当時間はかかるけど、多分『次』がある」

「次……」

「送るわよ? いいわね?」

「……はい」

アンジェラの足元から、緑の炎が立ち上がり、頭上へとメラメラ燃え広がって、すぐに消え去った。
火炎が消えた焦げ跡に、彼女の姿は微塵も残っていない。
完全に消えたのだ、この世からは。
アンジェラがいなくなったのを見て、元ブライトだったモノが暴れ出した。

「た、助けてくれ!!」
だから嫌だって言ったんだ!!
俺だって、親父に言われたから!!
嫌々やってたんだ、地獄になんか行きたくない!!」

「ブライト。
あなた、本気で父親に逆らったこと、ないでしょ?
殴られたのだって、単に父親のお気に入りに手を出そうとしたから。

あの人がどんなに酷いことをしようが、止めるどころか手伝って……
上手く機嫌を取って爵位と財産さえ引き継げれば、あとはどうでもよかったんでしょう?
被害に遭った貴族令嬢は、あなたが手引きをしたのよね。

カルマも十六個。全部の蝋人形殺人に関わっている。

あなたが地獄に堕ちたら『次』があるかどうかは分からないわね。
『ずっと』かもしれない。

だけど返事は聞かないわ。
さようなら」



ブライトの足元から全身を舐めるように燃え上がる緑の炎。
彼は声を出す余裕も与えられずに消滅した。



さて、残りはあと一体。

「リンダ……リンダ……
私の芸術、私の宝物、私の命……
この世で一番大切なリンダ。
私のそばに来ておくれ、姿を見せておくれ、抱き締めさせておくれ」

全身が総毛立った。
気色が悪過ぎる。
もう視界に入れるのも苦痛でしかない。

はあ……だけど、こんなモノ、この世に残しておいても迷惑のタネにしかならない。

カルマは……六十個以上……!?
単独でどれだけ人を殺してきたの?

あまりの気持遅悪さに、その姿から目を逸らした、その一瞬。
悪霊は黒く長い両腕を瞬時に、こちらにシュルリと伸ばしてきた。

「キャッ!!」

私は大慌てで地面に刺さっている鉄棒を掴んで振り回し、腕を払い除ける。
返す刀で、黒い影を棒でガスガス殴りつけた。
気分が落ち着くまで、繰り返し、何度も。


「私はあなたが大嫌いでした。以上!」



それだけ言って、即座にオレンジ色の業火で悪霊を焼く。
一応地獄には送ったけれど、おそらく地獄もへったくれもなく、あの魂は廃棄処分になるだろう。
存在の完全消滅だ。



パチパチパチ……

背後からジェームスの拍手が鳴り響く。

「万が一の時は助っ人を、と思っていましたが、必要ありませんでしたね。
ちょっとだけ危ない瞬間もありましたが」

「チョチョイだったでしょ?」

「ですねぇ」

「ここはもうただの焦げ跡ね。
片付けて新しく何か建てても大丈夫だと思うけど、どうなのかしら」

「さあ、いろいろいわく付きですからね。
それにもうイルソワールの国有地になってますし、お隣の国に任せましょう。
霊障が無くなったのに気が付けば、どうとでもするでしょう。

それより、ここは通過点。
いざ、帝国に参りましょう」



そうだ、私の一番の目的はシェアリアを捕まえて、皆の仇を打つこと。
長かった因縁を片づけた今、一刻も早く帝国へと向かわなくては。
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