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篠宮小夜の受難(二十三)

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 触れた瞬間に、体が歓喜した。心が満たされた。渇きが嘘のように収まっていく。もう本格的に、私の心と体は里見くんを迎え入れるつもりらしい。
 ……まずい。これは、止まらなくなるかもしれない。

 里見くんの唇は、少し弾力があるけれど、全体的に薄め。私の唇に、噛み付くようなキスをすると、ちょっと痛い。里見くんに吸われて、唇がぷるりと震える。

「柔らかい」

 唇の弾力が気に入ったのか、里見くんが笑う。トマトソース味のキス。歯を磨いてからにしたほうが良かったかな。
 と。
 ちょっと、里見くん!?
 も、駄目だっ、てば!

「もっと、いい?」

 私の返事を聞かないまま、里見くんはキスを落としてくる。唇が何度も重なり、吐息が絡む。胸を押しのけようとしたけれど、私の腰に回された腕はびくともしない。

「小夜、もっと」

 息継ぎの合間に零れる甘い声に、体が痺れる。里見くんが望んでいることはわかるけど、わかるけど……っ、ちょっと、がっつきすぎ!

「さ……っん!」

 里見くん、ストップ。
 止めようとしたのに、その瞬間を狙って、里見くんの舌が素早く侵入してくる。油断した!
 熱い舌が私の口内を侵す。緩く動いて私の舌を見つけると、嬉しそうにちょんちょんと舌先で触れて、ぐっと絡めてくる。

「んんっ」

 急に質量を増したそれに、私も口を大きく開けないと応じられない。口蓋を撫でられると、変な感じ。
 里見くんの唾液が落ちてくるので、嚥下する。やっぱり、嫌悪感はない。トマトソースの味がほんのりするので、美味しいくらい。
 執拗に私の口内を探り、嬲り、唾液を舐め取って、美味しそうに喉を鳴らして、里見くんはとても楽しそうだ。

「んっ!?」

 するりと指が背中を這う。触れるか触れないかという微妙な力加減で、背中から腰へと手のひらが降りてくる。
 びくりと体が震える。下腹部の疼きが止まらない。
 駄目だ、これは、まずい。これ以上は、まずい。早く止めないと。
 Tシャツの裾から手が入ってくる。ブラトップの上からでもわかるくらい指が冷たい。ちょっと、待って。こら。ちょっとっ!
 というか、息が、息が、くるし……。

「んーっ!」

 バシバシと胸を叩いても、里見くんが離してくれる気配はない。わかっているはずなのに、里見くんは私を追い詰める。酷い。酷い。
 わずかな隙間で身を捩ろうとするけれど、うまくいかない。ぎゅうときつく抱きしめられ、口内は窒息寸前まで蹂躙され、指が羞恥を煽る。
 Tシャツを捲り、ブラトップの中に手を入れられた瞬間に――私は里見くんの舌を噛んだ。

「……っ、さ」

 のに、里見くんは怯まない。痛いかと思って遠慮したのが駄目だったようだ。それなら、思いきりいきましょう。思いきり。
 私が大きく口を開けた意図を理解してか、里見くんの舌がずるりと抜ける。私の口内を満たしていた甘い温もりがなくなって、一瞬、寂しくなったけれど、それとこれは別問題。

「っは……ぁ」
「なに、邪魔しているんですか」
「里見くんこそ、なに、しているんで……んあっ」

 冷たい指がお腹を撫でる。こっちの存在を忘れていた。慌てて指をブラトップの中から追い出そうと体を捩ると、また唇を塞がれる。
 ……何一つ解決していないっ!

「っ、ふ……さと、あっ」

 駄目だ、酸素が不足して、うまくものが考えられない。力が入らない。
 追い詰められているのに、気持ちいい。
 駄目だ。キスだけでとろけてしまいそう。

 キスが甘いのが悪い。
 里見くんの指が体を這うのが悪い。
 私の体が里見くんを拒絶しないのが悪い。
 悪いことばっかりだから、何も考えないで流されてしまいたくなる。流されてもいいことなんて、何もないのに。

「小夜」

 名前を呼ばれるのは反則だ。「小夜先生」なら、まだ教師としての理性も残るのに、「小夜」だと、ただの女になってしまう。
 そうだ。ただの女として、里見くんは私を求めている。
 ただの男として、里見くんを受け入れるかどうか。私が判断しなくてはならない。

「小夜、いい?」

 何が、なんて聞かなくてもわかる。けれど、耳元で聞こえたその切ない声音に、私の下腹部が一層疼く。
 ……悔しいけど、私も高められすぎてしまっている。

「お願い、小夜」

 里見くんの指が少しずつ上を目指している。少しずつ。一気に進まないように、楽しみをあとに取っておくかのように。素肌を這う。

「抱きたい」

 イエスと言ってしまったら、三週間どころか一週間で里見くんの手中に落ちてしまったことになる。それはさすがに早すぎる気がする。
 けれど、ノーと言って、止められるものだとも思わない。男性の生理的に、それは難しいだろう。

 里見くんのものは、だいぶ前から屹立している。ずっと前から、熱を持って主張している。かなり前から私に押し当てられているものだから、結構困っている。
 昂ったものをおさめる方法は多くはない。酷い言動や行動で萎えさせるか、出すものを出すか、だ。

「いい?」

 嫌だったら拒否して、と里見くんは言った。
 ……嫌じゃないの。困ったことに。
 拒否をする理由ならいろいろある。まだ早いとか、梓に釘を刺されているからだとか、あと一年待ってほしいだとか。
 でも、嫌か嫌じゃないかと聞かれたら、嫌じゃない。
 里見くんから求められることは、嫌じゃない。できれば、受け入れたいと思っている。
 でも。でも――。

「里見くん」
「はい」
「キスだけで我慢できますか?」
「……男の生理現象としては無理です。でも、我慢しろと言われるなら……非常に辛いですが、我慢します」

 問題を先送りにするべきじゃない。生徒にも言っていることだ。私もよくわかっている。
 けれど。
 今は、まだ、勇気が出ない。

「あの、あと一週間、我慢できますか?」

 顔なんか上げられない。真っ赤だ。絶対真っ赤だ。恥ずかしくて死にそう。
 里見くんは小さく「一週間」と呟いて喉を鳴らす。

「それは、一週間後なら、良いと?」
「……駄目、ですか?」
「待つのは得意なので、待ちましょう。来週は金土で静岡に出張でしたよね? なら、土曜の夜でいいですか? 日曜が良いですか?」

 静岡から帰ってくるのが、たぶん十八時くらい。日曜はカレンダーには予定を書き入れていたけど、そこまで大事なものではない。キャンセルもできる。

「……じゃあ、土曜の夜がいいです」
「良かった。一週間、俺のことを想っていてくれるんですね。嬉しい」

 ぎゅうと抱きしめられる。優しく暖かな腕の中。いつの間にか指はブラトップから抜かれ、背中に回されている。
 里見くんの硬くなってしまったものは、私に当たらないように腰を引いてくれている。
 ごめん。ごめんね。
 今、前に進めなくて、ごめん。

「ちなみに、土曜日は――」

 私は意気地無しだなぁ。

「――俺の誕生日なので、俺の言うことはぜんぶ聞いてもらいますね」

 ……え?

「楽しみです」

 ぺろりと舌舐りをして、里見くんは意地悪そうに笑った。そして、そのままの笑みで私にキスをする。
 甘い舌を受け入れながら、私は絶望する。

 ……私、選択肢を間違えたかもしれない。

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