やり直し結婚しませんか?

鳴宮鶉子

文字の大きさ
2 / 12

帰ってきた元夫

しおりを挟む
「ーー成瀬さんがスイスから帰ってこられたんですか……」

白衣を着て、朝から長時間、実験を繰り返していた私、杉宮涼音、30歳の手が止まる。

国内最大手の製薬会社で創薬研究員として研究職についている、私はパンデミックを起こしているウイルスの治療薬とワクチンを開発するために、研究に明け暮れる日々を送ってる。

試験管の中に入ったコロアウイルス回復患者の血漿液から抗体を取り出していたら、真田創薬研究総括部長から肩を叩かれ、いきなりそんな事を言われたから、思わず、試験管を落としそうになってしまった。

「コロアウイルス関係の創薬は彼に全て任せる事になった。ロッチュの創薬研究部門とウチの研究の橋渡し役を務めてくれる。

世界最大手の製薬会社ロッチュに3年間、修業してきた元夫、成瀬聡太35歳。
天才的な化学的なセンスを持ち合わせていて、新薬を次々と産み出してる。
そんな彼だから、ロッチュは彼を欲しがり、提携してしばらく彼を研究職として引き抜いたんだけど、コロアウイルスのワクチンが完成し、本人の意向で帰国した。
とはいえ、変異のスピードが凄まじい強力なウイルスだから、ロッチュと共同開発という形でこれからも研究をしていくらしい。

「ーー真田部長、私、他の担当に移れません?」

「……無理だな、感染リスクを懸念してコロアウイルスの治療薬ワクチン開発をみんな、やりたがらないから」

ウイルス感染は除菌ではなく、抗体ができ、完治する。
だから、回復者の血液から抗体を取り出し重症者向けの治療薬を開発しているんだけど、気をつけていても元感染者の血液を扱うから保管していた血液の中でウイルスが増殖していたりすると、ヒヤリハットで感染してしまうリスクがある。

「ーー真田部長、退職届を提出していいですか?」

「……引き継ぎがあるから、今出しても3ヶ月先だよ。夫婦生活3日だけだろっ。交際期間も短かったし、割り切って、成瀬くんの片腕として仕事をして欲しい」

創薬研究部門のトップ直々からそういい渡され、頭の中は真っ白、お先真っ暗な現実に、ただ、心の底で嘆いた。

ーー無理だ。聡太さんと仕事でタッグを組むなんて、無理……。

新薬研究開発施設は湘南にあるが、コロアウイルスとインフルエンザウイルスの研究チームだけは、東京大学や国立感染研究所と共同研究を行ってるため日本橋の本社内研究フロアがある。

昼休憩が終わる間際に社員食堂に入ると、私の進む先にいる社員達がさささっと離れた。
同じ会社の社員なのにコロアウイルスの創薬研究員だからと総合職の社員から距離を開けられ、慣れたけど嫌な気分にされる。
ウイルス自体を触る時は防御服を着用して作業をしてる。感染してないかの検査も毎日してる。
都内で大流行してるから、コロアウイルスに感染するリスクはどこにいてもある。
感染していても無症状の人が5割、軽症者が2割いる。だから、健康そうに見えても感染者だったりする。

私よりも検査を受けていない社員の方が感染してる可能性は高いと思う。

三密を避けるために、総合職の社員は交代で出勤し、基本的に在宅勤務をしていているから本社フロアは閑散としてる。

他者と距離を開けて接さないと危ないから、定食を受け取り窓辺の席に1人で座り、カレイの南蛮漬けを口に頬張る。

『キャーー!!成瀬さんだ。今日からここの研究室なんだ』

女性社員の黄色い声が耳に入り、遠巻きがキャーキャー騒いでいる方に視線をやった。
3年ぶりに目にする元夫は、きれいに整えられた黒髪に、涼しげな切れ長の目をし、身体にぴったりと合った三つボタンの仕立てのいいスーツに、白衣を纏ってた。

ーーザ・仕事ができる研究者のいでたち。

剥げてたらよかったのにと、私は腹の底で思った。


「ーー涼音!!3年ぶりだな。身体はもう大丈夫なのか?」

「……はい、なんとか」

決して大丈夫ではない。聡太さんが夫婦になった次の日にスイスへ単身赴任へ経った後、彼に想いを寄せてる女性社員に、危険なウイルスを数種類ブレンドした液を無理矢理飲まされ、階段から落とされ、この世の終わりをみた。

聡太さんが、私の前の席に腰をかけ、コーヒーの入った紙コップを机の上に置き、私の頭上をクシャっと撫で回す。
上司と部下の関係で、3年前に彼の研究のサポートに私がついていたから手をかけて育てた後輩かもしれないけど、元夫婦だったんだから、こんな事してこないで欲しい。

「涼音、俺とやり直して。君を必ず守り大切にして幸せにするから!!」

昼休憩が終わり、気づけば社員食堂には私と聡太さんしかいなかった。

「……無理。元々付き合っていて結婚したわけじゃない」

「俺は涼音を愛してた。離れたくなくて、君と結婚してスイスに連れて行こうと思うぐらいに。もう1度、初めから始めよう」

私の両手を握りしめ、私の瞳を真剣な眼差しで見つめる聡太さん。
彼の左手薬指には、私と夫婦だった証拠のマリッジリングがまだはめてあった。



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

雪の日に

藤谷 郁
恋愛
私には許嫁がいる。 親同士の約束で、生まれる前から決まっていた結婚相手。 大学卒業を控えた冬。 私は彼に会うため、雪の金沢へと旅立つ―― ※作品の初出は2014年(平成26年)。鉄道・駅などの描写は当時のものです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス! ※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。 【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

処理中です...