23 / 84
第一章 現代くノ一、ただいま参上です!
第23話 頭も、中身も、全部腐っちゃってるんだね
しおりを挟む……これは夢ではないだろうか。そう思えるほどの出来事が、目の前で起こっている。
ナイフを手にした火車さんは、尻餅をつき動けない俺に、容赦なく刃を振り下ろしてきた。その狙いは、正確だ。
なんで、どうしてと、考える間もない。ただ、あぁ俺は死ぬのか、とのんびりした感想を、抱いていた。
まるで世界がスローモーションになったように、迫る刃を見つめて……俺は……
ガギンッ!
……鋭い音を立てて、ナイフが弾かれるのを見た。
「主様、無事ですか!」
「……あ……え……?」
視界に映るのは、黒……黒い服を身に纏った、一人の少女の姿。
その声には、聞き覚えがある。昨日、そして今朝で嫌でも頭に残ってしまった、底抜けに明るい声。ただ、今は明るさはまったく感じさせない。
俺と火車さんの間に割って入り、ナイフを弾いた彼女は……振り向き、俺を見つめた。黒い髪、黒い瞳……口を隠すかのように、口元布を巻いている。
「く、くの……」
「しー」
咄嗟に彼女の名前を呼びそうになったが、口元に指先を当ててその先を制する。あの布は、やっぱり正体を隠すためにつけているのだろう。
口元を隠しただけでも、人の印象は変わるものだ。
「ちっ、なんだてめえ!」
「ふつ」
自身のナイフを弾かれ、火車さんはどこに隠していたのか、逆の手でもう一本のナイフを取り出す。それが、久野市さんの顔へと振るわれた。
しかし、久野市さんはそれを読んでいたかのように、上体をそらし避ける。
後ろへ飛び、同時に手に持っていたクナイを投げる。
「! ちっ」
投げられたクナイは一直線に火車さんの顔へと向かっていく。火車さんはそれを、ナイフで弾く。
しかし、それも僅かな隙を作ることになり、その隙に久野市さんは俺の襟首を掴み、一緒に距離を取る。
「その動き、ただ者じゃねえな。何者だ」
「……答える必要はない」
「あっそ。でもま、"同業者"ってわけじゃなさそうだ。
それに、今の隙を突いて攻めるじゃなくそいつを連れて引くとは……むしろ、私とは真逆ってわけだ」
対峙する、久野市さんと火車さん。両手にナイフを持つ火車さんは、俺の知っている火車さんであるはずなのに、まったく知らない人みたいだ。
そんな彼女が、久野市さんとは真逆の立場だと、言っている。
久野市さんは、俺を守るために来たと言っていた。俺の命が狙われているため、それから守るためだと。
その久野市さんの立場と真逆……ってことは……
「お、俺を殺そうと……してる、のか……」
「んな確認するように言わなくても、見りゃわかんだろぉ。なぁ木葉っち」
俺を殺そうとした……殺し屋のような、ものだろうか。
昨夜の久野市さんの話は、半信半疑だった。だけど、こうして実際に命を狙われた以上、信じるほかない。
けど……その相手が、まさか火車さんなんて……!
「ウチは、依頼人の命令で木葉っち、アンタを殺す。悪いけどおとなしく死んでよ、その女がアンタの護衛って言うなら、アンタの言うことなら聞くんでしょ。
ソイツ、下がらせてよ」
「なっ……そんな、俺を殺す、なんて……」
そんな言葉を、火車さんから聞きたくはなかった。
「はっ、まあ同情はするよ。アンタ本人に非はない、ただ莫大な遺産が相続されただけ。なんて悲しいんだろうねぇ。けど、金ってのはそれだけで人を惑わす力があるんだ。恨むなら自分の境遇を恨みなよ。
……だからせめて、苦しまず逝かせてやろうって言ってんだ。ウチなりの温情ってやつだよ、だから、ね? おとなしく……」
俺に非はない、けれど死んでくれと、火車さんは言う。同情すると言いながら、その顔は笑っていた。
いつもの笑顔で、心が温かくなるあの笑顔で……俺に、死ねと言う。
くそ、なんだっていうんだ。人に、それも友達だと思っていた相手に、命を狙われて……こんなの……
「ペラペラとうるさい口だね、性悪女」
「……はぁ?」
彼女の言うように、自分の境遇……運命を呪いかけたその時だった。一瞬、誰の声だか、わからなかった。
けれど、そんなことを言うのは、一人しかいない。
「お金は人を変える、確かにその通り。自分の境遇を恨め、確かに主様の境遇は複雑なものだよ」
「そうだろ? だから、一思いにヤッてやろうって、ウチの優しさが……」
「けど、あなたさっき言ったよね。依頼人の命令だって。つまり、あなたもお金で動いている……
なのに、ぐちぐちと変な理屈並べて、自分には責任がないみたいな言い方してる。……ゴミみたいな考え方だよね」
「……っ」
彼女は、本当に久野市さんなのだろうか……俺が聞いたことのない、冷たい声だった。
火車さんに比べれば、久野市さんと過ごした時間は全然少ない。だから、火車さんの豹変に比べれば、驚きは少ない。
なのに……この、背筋が震えるような、感覚は……?
「ゴミ、だと?」
「そう。お金で雇われてるだけで、人を殺すことになんの責任も感じないあなたのこと。頭も、中身も、全部腐っちゃってるんだね」
「……言うじゃねぇか」
それは、火車さんを煽っている……のだろうか。その証拠に、火車さんの雰囲気が変わった。
これは、危ないのではないだろうか。今、火車さんは両手にナイフを持っているが、久野市さんは丸腰だ。さっき放ったクナイは、離れた位置に落ちている。
距離を詰められたら、久野市さんの方が不利だ……
「なら、そのゴミみたいなウチに殺されるお前はなんだろうな! てめえも対象と一緒に、ぶっ殺してその首を依頼人に届けて……っ」
「それに、話も長い。挑発に乗って周りが見えなくなる。そんなんじゃ殺し屋なんて務まらないと思うんだけど……
ま、どうでもいいか」
激昂する火車さんは、ナイフを構えて踏み出す……かのように、見えた。だが、そうはならなかった。いや、できなかった。
それは、まばたきの間の、一瞬の出来事。俺の目の前にいたはずの久野市さんの姿は、消えていて……
離れたところに立っている、火車さんの後ろを取っていた。それだけでなく、火車さんの手首を掴み、火車さんが持っているナイフを火車さん自身の首に突き付けていた。
ほんの、一瞬の出来事で……俺を殺そうとした女の子が、捕らえられた。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】イケメンが邪魔して本命に告白できません
竹柏凪紗
青春
高校の入学式、芸能コースに通うアイドルでイケメンの如月風磨が普通科で目立たない最上碧衣の教室にやってきた。女子たちがキャーキャー騒ぐなか、風磨は碧衣の肩を抱き寄せ「お前、今日から俺の女な」と宣言する。その真意とウソつきたちによって複雑になっていく2人の結末とは──
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする
夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】
主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。
そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。
「え?私たち、付き合ってますよね?」
なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。
「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
幼馴染が家出したので、僕と同居生活することになったのだが。
四乃森ゆいな
青春
とある事情で一人暮らしをしている僕──和泉湊はある日、幼馴染でクラスメイト、更には『女神様』と崇められている美少女、真城美桜を拾うことに……?
どうやら何か事情があるらしく、頑なに喋ろうとしない美桜。普段は無愛想で、人との距離感が異常に遠い彼女だが、何故か僕にだけは世話焼きになり……挙句には、
「私と同棲してください!」
「要求が増えてますよ!」
意味のわからない同棲宣言をされてしまう。
とりあえず同居するという形で、居候することになった美桜は、家事から僕の宿題を見たりと、高校生らしい生活をしていくこととなる。
中学生の頃から疎遠気味だったために、空いていた互いの時間が徐々に埋まっていき、お互いに知らない自分を曝け出していく中──女神様は何でもない『日常』を、僕の隣で歩んでいく。
無愛想だけど僕にだけ本性をみせる女神様 × ワケあり陰キャぼっちの幼馴染が送る、半同棲な同居生活ラブコメ。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる