久野市さんは忍びたい

白い彗星

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第一章 現代くノ一、ただいま参上です!

第34話 んぅ、そんなとこ触らないでくださいぃ

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 結論から言えば、女性服売り場に足を踏み入れたくらいで逮捕なんてされるわけがない。そんなことは当たり前だ。
 だけど、人は未知の空間に足を踏み入れると、どうしようもなく緊張してしまうものなんだ。後になって冷静になって考えると、そんなはずがないのに。

 ……そんなことを思った理由は、もう一つある。女性服売り場で逮捕されるわけがない、と思った理由が。
 それはまあ、今の状況よりも、よっぽど気まずい空間に放り込まれてしまったから相対的にそう感じてしまったわけで……

 まあ、その話は追々……

「わぁ、服がたくさん……こんなに、種類があるんですねぇ」

「そうだよ。女の子の服はいっぱいなんだから」

 たくさんの女性服を前に、二人は盛り上がっている。さすがに、女性服のことで俺まで盛り上がることはできないので、ただただ黙っておく。
 しっかし……こうして見ると、服ってのはいろんな種類があるもんだなぁ。

 服だけでもそうだし、下もスカートやズボンなど。短いものや長いものと、すげーな。
 ただ、いろんな種類がある中でも、久野市さんが着ていた痴女服のようなものは、なかった。本人は正装だなんて言っていたが、どこで手に入れたんだあれ。

「あ、忍ちゃんこれ似合いそう……あ、こっちも! ううん、これとこれの組み合わせも……あぁん迷っちゃう!」

「さ、桜井さん?」

 服売り場を確認していたさなかに、異様にテンションの高い声が聞こえた。それは誰のものか、一瞬わからなかったが……
 声の先には、キャッキャと黄色い声を上げる、桜井さんの姿があった。

 桜井さんは近くの服を手にとっては、久野市さんに当てて見ている。これほどまでにテンションの高い桜井さんを、俺は見たことがないかもしれない。

「あ、あの……?」

「あ、ご、ごめんね。こうやって、服のコーディネートするのが楽しくって……」

 珍しく困惑した様子の久野市さん。その姿に、桜井さんは我に返ったみたいだ。
 どうやら、久野市さんコーディネートとやらに夢中になっていたらしい。ちょっと恥ずかしそうだが、そんな桜井さんが新鮮だ。

 ふぅむ、自分ではなく、人のコーディネートとやらをすることに喜んでいる、ということか。俺にはよくわからんが、我に返ったはずの桜井さんはやはり服を手に取り久野市さんに合わせている。

「うぅん、忍ちゃんはすらっとしてるから、やっぱりこういう感じが……忍ちゃん、脚きれいだもんね。だったら、短めのズボンか、スカート……
 それに合わせるなら、上は……」

「……」

 若干息が荒くなっている桜井さんの猛攻に、久野市さんは俺を見てくる。まるで、助けを求めるような目だ。
 しかし、俺にはなにもできない。おとなしく桜井さんを喜ばせるための犠牲になっててくれ。

 それから、果たしてどれだけ経ったのだろうか。いつの間にか二人は試着室に入り、本格的に着替えを始めてしまった。
 俺はと言うと、女性服売り場で見るものはないので、ただただスマホをいじっていた。

「ひゃっ。く、くすぐったいですよぉ」

「ほら、動かないで。
 ……うん、やっぱり脚きれいよね忍ちゃん。羨ましい。脚見せていかなきゃ」

「ひゃんっ。んぅ、そんなとこ触らないでくださいぃ」

 ……無心で、ただただ無心で、スマホをいじっていた。なーんにも聞こえない。なーんにも聞いていない。
 少しだけ、試着室から距離を取る。いや、深い意味はないよ? うん。なんとなく、距離を取っただけだよ?

 それから、またしばらくの間待つことになり。……待機時間の終了は、突然訪れた。

「木葉くん、お待たせ!」

 シャッ、とカーテンが開かれる音が聞こえ、その直後に桜井さんが俺を呼ぶ声が聞こえる。
 そこには、試着室の中から姿を現した桜井さんの姿。……久野市さんはどこ行った?

 目を凝らしてよく見てみると、どうやらカーテンの後ろに隠れているようだった。なんだろう、妙な違和感がある。
 久野市さんのことだから、じゃーん、と音付きで自信満々に出てくるのだと思ったが。

 もしかして、服が似合ってないから恥ずかしがっているとか? いや、桜井さんのコーディネートだし、そんなことはないとは思うが。

「ほら、忍ちゃん!」

「ぅ……ある……木葉、さん、どうでしょう……」

「……」

 桜井さんに引っ張られて出てきた久野市さんは、恥ずかしげにうつむき、しかし俺に感想を問うてきた。
 なんの感想か。それは考えるまでもない、今着ている服の感想だ。

 俺は、しばし沈黙していた。意図的に黙っていたわけではない……言葉が、出てこなかったのだ。こういうときは、なんか褒めたほうがいいんだろうとわかってはいても。

「木葉くーん?」

「あ……あ、あぁ。その……似合ってる、と、思う」

「っ」

 呆然としていた俺を、桜井さんが呼び戻してくれる。そのおかげでなんとか、感想を言うことができた。それはなんとも、無愛想というか、気の利いてない言葉なんだろう。
 しかし、久野市さんは驚いた様子ながらも、嬉しそうだった。

「えっへん、そうでしょうそうでしょう。
 上は、グレーパーカー。無地のタイプだけど、初めてだし冒険はしないほうがいいと思ってね。で、下はデニムタイプのミニスカート。忍ちゃんの場合、ひらひらしたスカートよりもぴっちりしたスカートの方が、よりかっこよさが際立つんじゃないかと思ったんだけど、正解だったよ」

 若干興奮した様子で、桜井さんは話す。パーカーとかデニムスカートとか、言葉は知っていてもどういうものかピンとこない俺にとって、その説明はありがたい。

 ふむ……さっきは面食らってしまっていたが、こうして見ると久野市さんのかっこよさとかわいさを、うまい具合に引き出しているように感じる。
 ここに帽子とか被れば、かっこよさはさらに増えると思う。

 あと……いつもより、大人っぽく見える。これも、服の魔力ってやつか?
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