久野市さんは忍びたい

白い彗星

文字の大きさ
52 / 84
第二章 現代くノ一、現代社会を謳歌する!

第51話 ルアのバカヤロー

しおりを挟む


「うーん……」

「どうしたのさ木葉」

 日頃の感謝を込めて、桃井さんにオムライスを作ることを決めて。その後いつものように、授業を受けた。
 今は、昼食の時間だ。そこで、俺は小さく唸っていた。

 その声が聞こえたのか、机をくっつけて一緒に食べていたルアが、疑問を浮かべた。

「いや、オムライス作るって話したじゃん」

「うん。てか、何時間前のこともしかしてずっと考えてたの?」

「悪いかよ。で、俺思ったんだよ。
 ……本当にそれだけでいいのかって」

 食事の手をいったん止め、机の上にそれぞれの肘を立て、顎の下で手を組む。
 本当にそれだけでいいのか、その俺の悩みを聞いたルアと、同じく一緒に食事をしていた火車さんは、きょとんとした表情を浮かべていた。

「と、いうと?」

「いやさ。オムライスって、わりと簡単な料理なんだよ」

「うーん、それについては人それぞれだからオレはノーコメントにさせてもらうけど……それで?」

「いや、だからさ。そんな簡単なもんで済ませてもいいのかなって、思うわけよ」

 そう、オムライスは、言ってしまえばケチャップで味付けたご飯を卵で包むだけ。それほど難しい料理ではないと思う。
 だが、そんな簡単なもので、日頃の感謝としてしまって、本当にいいのだろうか?

 桃井さんへの感謝は、計り知れない。だからこそ、なんかすげーお礼をしたいと思っているわけで。

「二人は、どう思う?」

「別に、難しい料理じゃなきゃお礼にならない、なんて決まりはないんだから深く考えなくていいんじゃない? 簡単なお礼だとその大家さん、怒るの?」

「木葉っちが好きなもの聞いてきたから、オムライスって教えてやったんだろうが。それ聞いた上で悩むなら、初めから好きなもの聞かずになんか凝った料理作れや」

「……」

 二人に、とんでもない正論を吐かれてしまった。おまけに、火車さんは見るからにめんどくさそうな表情を浮かべている。
 どうしよう、ちょっと泣きそうだ。

 まあ、うん、二人の言う通りだよな。オムライスが桃井さんの好きなものなら、それをごちそうする。それ以上のことは、今は考えまい。

「それで木葉が気に入らないなら、キスとかすればいいんじゃない?」

「!?」

 今は考えまいと考えていたところに、ルアはとんでもない爆弾を投げ込んでくる。
 こいつは、いったいいきなりなにを言っているんだ!?

「そそ、そんなことできるわけないだろ!」

「相手は女の人なんでしょ? お礼にキスとか、外国じゃよくやるって聞くけど」

「ここは日本だ!」

 俺が桃井さんに、キス!? そんなこと、考えただけでもう……もう、アレだわ!
 なぜルアは、平然とそんなことが言えるのだろうか。半分は外国の血が入っているからか? でも日本生まれ日本育ちだぞ?

 こいつまさか、俺のことをからかっているのか?

「そんなに言うならルア、お前は異性に感謝の気持ちだからってキスできるのかよ!」

「できるよ?」

 するとルアは、隣に座っている火車さんへと視線を移し……彼女の腕を持ち、軽く引いて、自分も前のめりに。
 そして……まるでそれが当たり前の作業であるかのように、火車さんにキスをした。ちなみに、キスとは言っても口ではない、頬だ。

 これまでのやり取りを、おもしろそうに、めんどくさそうに、どこか他人ごとで眺めていた火車さん。しかし……

「……っ!?」

 今自分がなにをされているのか理解した瞬間、カァっ……と漫画ならそういった擬音がつきそうな勢いで、顔が真っ赤になっていく。
 直後、体をのけぞらせてルアから距離を取る。その身のこなしは、さすが殺し屋だろう。

 赤くなった顔で、火車さんは口づけをされた場所に手を当て、口を開いたり閉じたりしていた。
 まるで、餌を待つ金魚のよう。

「ぁ、ぅ、ぁ……な、なにしてんだてめー!?」

 いつもならルアっち、と言うところを、ついにてめー呼びとなった。

「なにって、キスだよ。異性への感謝を表して」

「な、は、か……!」

「オレは紅葉にたくさん感謝してるんだぜー? こんな見た目だから、みんな物珍しそうに遠巻きに見てくるばかりで、話しかけてくる人はいなかったからさ。
 そんな中で、紅葉が一番最初に話しかけてくれたよなー」

 慌てる火車さんとは対象的に、ルアは落ち着いたものだ。若干照れているようには見えるが、それだけ。
 一方の火車さんは、見ているこっちが恥ずかしくなるくらいに慌ててしまっている。

 二人の馴れ初めは、俺も軽くは聞いている。金髪で外国人みたいな見た目こルアは敬遠され、あまり人に話しかけてもらえなかったという。
 そこに、まっさきに話しかけてくれたのが火車さんだったようだ。二人の関係は、俺と仲良くなるよりも前のこと。

 なので、ルアの感謝の気持ちは本当なのだろうが。

「いや、ルア、俺から言っといてなんだけど……そんな、感謝してるからってだれかれ女の子にキスするのは、よくないと思うぞ」

 俺の言葉が発端なので少し責任を感じるとはいえ、ルアの行動はまったくの予想外。これでは、感謝を感じた異性には片っ端からキスする変人になってしまう。
 なので、それとなく注意する。が……

 ルアはきょとんとして……

「ははは、気持ちを伝えるからって誰にもはしないよ。紅葉だけだって」

 なんて笑っていた。それがトドメとなったのだろう。

「~! る、ルアのバカヤロー!」

 まるでぼふん、と爆発してしまうんじゃないかというほどに、顔をトマトのように真っ赤にした火車さんは、とうとうこの場から逃げ出してしまった。
 あまりのことに、ルアと呼び捨てにしている。

 他のクラスメイトに今のやり取りは気づかれてはいない。が、火車さんが突如奇声を発して逃げたことに、またたく間に注目を集める。

「紅葉は元気だなー、ははは」

「……お前すごいな」

 ルアのやつ、もしかして思ったより大物なのか? それともただのバカなのか?
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】イケメンが邪魔して本命に告白できません

竹柏凪紗
青春
高校の入学式、芸能コースに通うアイドルでイケメンの如月風磨が普通科で目立たない最上碧衣の教室にやってきた。女子たちがキャーキャー騒ぐなか、風磨は碧衣の肩を抱き寄せ「お前、今日から俺の女な」と宣言する。その真意とウソつきたちによって複雑になっていく2人の結末とは──

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする

夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】 主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。 そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。 「え?私たち、付き合ってますよね?」 なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。 「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

幼馴染が家出したので、僕と同居生活することになったのだが。

四乃森ゆいな
青春
とある事情で一人暮らしをしている僕──和泉湊はある日、幼馴染でクラスメイト、更には『女神様』と崇められている美少女、真城美桜を拾うことに……? どうやら何か事情があるらしく、頑なに喋ろうとしない美桜。普段は無愛想で、人との距離感が異常に遠い彼女だが、何故か僕にだけは世話焼きになり……挙句には、 「私と同棲してください!」 「要求が増えてますよ!」 意味のわからない同棲宣言をされてしまう。 とりあえず同居するという形で、居候することになった美桜は、家事から僕の宿題を見たりと、高校生らしい生活をしていくこととなる。 中学生の頃から疎遠気味だったために、空いていた互いの時間が徐々に埋まっていき、お互いに知らない自分を曝け出していく中──女神様は何でもない『日常』を、僕の隣で歩んでいく。 無愛想だけど僕にだけ本性をみせる女神様 × ワケあり陰キャぼっちの幼馴染が送る、半同棲な同居生活ラブコメ。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

処理中です...