久野市さんは忍びたい

白い彗星

文字の大きさ
70 / 84
第二章 現代くノ一、現代社会を謳歌する!

第69話 私のこと下の名前で呼んでくれてない

しおりを挟む


 ……コンビニでのやり取りから一夜明け。
 今日も学校だ。俺はいつものように準備をして、部屋を出る。

 部屋の外には、誰もいない……が。
 ガチャ、と扉を開けると、そのほとんど直後に隣の部屋の扉がガチャ、と開く。

 そして部屋から出てきたのは……久野市さんだ。

「あ! 主様! 偶然ですねぇ、おはようございます!」

「……うん、おはよう」

 隣の部屋で暮らしている、久野市さん。
 自分の部屋を手に入れてからというもの、俺の部屋に泊まろうとすることはなくなったけど……

 ……果たしてこれは、何度目の『偶然ですね』なんだろうか。

「あの、久野市さん……」

「はい、なんでしょう?」

「……いや、なんでもないよ」

 部屋の扉の鍵を閉めつつ、俺は出かけた言葉を呑み込んだ。
 相変わらず久野市さんは、にこにこ笑顔を浮かべている。見ているこっちが幸せになるような笑顔。なにも悪いことなど考えていませんよと、言うような。

 だけど、俺には疑問があった。
 久野市さんは……いつも、俺が部屋を出た直後に、隣の部屋から出てくる。
 一度や二度なら、偶然ということもあるだろう。だが、いつもだ。

 俺が部屋を出て、その直後に隣の部屋から出てくる。
 正直、怖くてたまらない。

「それでは主様、行きましょう!」

 今日も"偶然"一緒に部屋から出てきて、その流れで一緒に登校することになる。
 せっかく会ったのに、一緒に登校しないのも変だからな。

 聞けば答えるだろう。毎度毎度偶然が続くものだろうかと。
 その答えを聞くのが、怖くてたまらない。

「……学校には、慣れた?」

 二人で、通学路を歩く。
 はじめの頃は緊張してしまって、うまく歩くこともできなかった。だってそうだろう。

 行動言動に変なところはあるが、基本的に美人なのだ、久野市さんは。
 後ろで結んだ短い黒髪はさらさらで、スタイルもいい。顔のパーツは言うまでもなく整っているし、笑顔がよく似合う。

 そんな女性と、一緒に登校するだなんて。
 それはもう、ガチガチだったよ。桃井さんとコンビニ帰りに一緒になることはあったけど、あれは夜だし……
 朝とじゃ、また別の緊張感がある。

「はい、とっても楽しいです!」

 それが今じゃ、こうして普通に話すことが出来る。

 俺のことを守る……つまりボディガード的な存在の久野市さん。
 火車さんの件以来、あんな物騒なことは起こっていない。

 あんなのほいほい起こってほしいものでもないが、たまに久野市さんが忍びであることを忘れそうになる。
 そう思ってしまうほどに、久野市さんは現代社会に慣れてきていた。

「皆さん、とってもいい方で仲良くしてくれます!
 半田さんはいつも私に構ってくれますし、時谷さんはぎゃる……とかいう一風変わった方ですがとても親しみやすいですし、構羅かまえらさんは私にいろんなことを教えてくれます」

 うんうん、楽しそうだ。正直クラスの女子の名前はまだほとんど覚えてないけど。
 楽しそうならなによりだよ、うん。

 同性の友達が増えるのは、久野市さんにとってもいいことだ。
 久野市さんの話を聞く限り、故郷の村では友達を作ることなく修行ばかりだったらしいし。

「それと……男性の方から、呼び出されることがありますね。
 まあ、それは時谷さんがしっしってしてくれているんですが」

 男子からの呼び出し……それは、十中八九告白だろう。
 久野市さん、俺より後に転入してきたのに、すでに俺よりも人気者になってる……
 べ、別に告白されないことをひがんでいるわけじゃないんだからね!

 久野市さんの場合、呼ばれたらそのままどっか行ってしまいそうだ。
 いや、警戒心の強い久野市さんのことだし……でもなぁ……

 ともかく、久野市さんへの告白を防いでくれているのが、時谷さんというギャルのようだ!
 ありがとう時谷さん! ありがとうギャル!

「主様は、あの女と……金色の髪の方と、仲が良いですよね」

 久野市さんの方からも、話題を振ってくれている。
 まさか、女の子とこうして学校の話が出切る日が来るとは……

 桃井さんともたまにこういう話はするが、向こうは大学生。あまり込み入ったことは聞いてこない。

「金色の……ルアのことね」

 俺と仲良くしている……というかクラスの中で金髪が、ルアだけだ。
 金髪のツンツン頭であるが、染めているわけではなく地毛だ。

 金色の髪のとは特徴的すぎるよb方だが、俺が女子の名前を覚えていないように久野市さんも男子の名前は覚えていないのだろう。

「ルアは、高校に入ってからの付き合いだよ。クラスで……いや学校で一番仲が良いのは、あいつだなぁ」

「そうなんですね」

 あの時ルアの方から話しかけてくれたから、今こうして関係を築けているんだ。
 俺と、ルアと、火車さんと。まあ火車さんは、俺を狙うために遣づいただけだけど。

 すると久野市さんが、何事か考え込んでいるのが目に入った。
 どうかしたのだろうか。

「どうしたの?」

 直接、聞いてみる。

「ルアというのは、下の名前ですよね?」

「うん、そうだけど……」

「……主様、私のこと下の名前で呼んでくれてない……」

「!?」

 それは、突然だった。
 突然、なにを言い出すんだこの子は!?

「いや、それはえっと……じょ、女子を名前呼びはちょっと……」

 恥ずかしいです。

「でも、ルアって人は主様と仲が良いから名前呼びなんですよね!
 私も、主様と仲良しではないんですか!?」

「い、いやいや、名前で呼び合おうってのは、ルアから言い出したことで……」

「なら、私とも名前呼びしましょう!」

「いやいやなんでぇ!?」

 い、いきなりどうしたんだ! なにに触発されたんだ!?
 ルアは男子だし、気さくに呼べる。けれど、女子はそうもいかない。

 その気持ちを知ってか知らずか、久野市さんは何度も名前呼びを要求してくる。
 俺はその追及をかわしながら……そのうちに、校舎が見えてくるまで問答は続いたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】イケメンが邪魔して本命に告白できません

竹柏凪紗
青春
高校の入学式、芸能コースに通うアイドルでイケメンの如月風磨が普通科で目立たない最上碧衣の教室にやってきた。女子たちがキャーキャー騒ぐなか、風磨は碧衣の肩を抱き寄せ「お前、今日から俺の女な」と宣言する。その真意とウソつきたちによって複雑になっていく2人の結末とは──

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする

夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】 主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。 そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。 「え?私たち、付き合ってますよね?」 なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。 「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

幼馴染が家出したので、僕と同居生活することになったのだが。

四乃森ゆいな
青春
とある事情で一人暮らしをしている僕──和泉湊はある日、幼馴染でクラスメイト、更には『女神様』と崇められている美少女、真城美桜を拾うことに……? どうやら何か事情があるらしく、頑なに喋ろうとしない美桜。普段は無愛想で、人との距離感が異常に遠い彼女だが、何故か僕にだけは世話焼きになり……挙句には、 「私と同棲してください!」 「要求が増えてますよ!」 意味のわからない同棲宣言をされてしまう。 とりあえず同居するという形で、居候することになった美桜は、家事から僕の宿題を見たりと、高校生らしい生活をしていくこととなる。 中学生の頃から疎遠気味だったために、空いていた互いの時間が徐々に埋まっていき、お互いに知らない自分を曝け出していく中──女神様は何でもない『日常』を、僕の隣で歩んでいく。 無愛想だけど僕にだけ本性をみせる女神様 × ワケあり陰キャぼっちの幼馴染が送る、半同棲な同居生活ラブコメ。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

処理中です...