『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―

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治癒の神獣

262ー裏・環:戦争への道中

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「もうすぐだね。環ちゃん」
「……そうね」

 桜、海斗、私の三人は、現在馬車に揺られて王国の東にある国境に向かっている。
 どうやらそこで隣国の獣人達が攻めてきたらしく、私達はその対処に行く事になった。

 ……でも、それが本当かどうかも怪しい。

 そもそも『対処』、なんて言ってるけど、その実態は『戦争』よね。
 隣国から攻めてきた、って言われてもそれが本当かどうか首を傾げざるを得ないわ。

 この国全部が、とは言わないけど、少なくともお城の人たちは信用できない。
 こっちの世界に来て、この世界基準の最高級の衣食住の確保してくれるのはありがたいけど、元々は私達は無理やり呼び出されたのだ。

 それに加えて、お城の人たちから教えられたいくつかの事は嘘だった。特にこの国が敵対している獣人の事。

 この世界に来てから話には聞いてたし何度か捕らえられていた獣人を見た事があった。
 その獣人は確かに教えてもらったように理性のない凶暴さを持っていた。

 けど、前に会った獣人の少女。確か……イリン、だったかしら? あの子はそんな凶暴性なんてカケラもなかった。

 あの子が特殊なのかもしれないけど、お城の人たちに疑いを持っている私からすると、私たちの見せられた凶暴な獣人は、魔術とか薬で凶暴化させられているだけなんじゃないかって思えてしまう。

 ……そんな事、お城の人たちに言えるわけがないけど。

 海斗たちにも言えない。二人は隠し事に向いていないから、言ったらとんでもない事になってしまいそうで怖い。

「緊張してるのか?」
「ええ、まあ」

 私が色々考えていつのまにか握っていた拳に気がついたのか、一緒に馬車に揺られている海斗がそう言った。

 けど、緊張して当然だと思うの。

 だって戦争よ? 今までの明らかな敵である魔物とは違って、『人』相手の殺し合い。それが戦争。緊張しない方がおかしい。

「貴方達はどうなの?」

 日本にいる時は人は勿論の事、動物でさえも自分の手で殺したことはなかった。

 桜なんかは、この世界に来た時は魔物を殺す事でさえ怖がっていた。まあそれは私も同じだけど。

 誰かを殺す事も、誰かを殺される事も怖い。それは二人も同じはず。
 それなのに、人と人が殺し合う戦争というものが怖くないの?

「えっと、あはは……実は俺もちょっとだけ緊張してる、かな」
「でも今まで努力してきたんだよ。私たちなら絶対に戦争に勝てるって!」
「……そう。……桜。海斗もだけど、あなた達、前はそんなに乗り気じゃなかったと思ったんだけど……」
「ああ、前はそうだったな。でも俺たちが戦わないとこの国の人達が危険に晒されるんだ。頑張らないとな」
「そうだよ。私たちは『勇者』なんだから! でしょ?」

 以前から少し、二人の様子がおかしいというか、変わったことは理解していた。

 でもそれは、この世界に来たことで起こった仕方のないことだと思っていた。
 だって私たちはいろんな経験をした。

 こっちの世界に来てからそれほど時間の経っていない時に、私……達の恩人である彰人さんと、日本にいた時からの知り合いである永岡が殺されてしまい、普通ではいられなかった。

 その普通ではいられなかった筆頭の私が言うのもなんだけど、二人にとっても衝撃的な事のはず。

 でも最近になって少し、以前の二人との違いを感じるようになってきた。

 前までは戦争に反対していた桜。
 完全な反対とはいかないまでも、戦争に参加することに消極的な姿勢を見せていた海斗。

 その二人が、今では戦争を肯定している。……ううん。それどころか積極的に戦争に参加しようとしている。

 それがおかしく思えてならない。

「……そうね」

 けど私はそのおかしさを心の中に押し込んで頷く。言ったところで意味はないと思うから。

 ……こんな時に彰人さんがいてくれれば相談できたのかもしれないけど、彰人さんはここにはいない。

 お城の人たちは、彰人さんは魔族とそれに協力した獣人たちにやられたって言ってたけど、それが違うことは知ってる。

 だって、私の手元には彰人さんの残したメッセージがあるから。

 あの人はこの国から去っていった。

 それが裏切りだとは思わない。

 ……逃げなければ、彰人さんはあそこで……永岡と一緒に殺されていたはずだから。

 それに、ただ逃げたんじゃない。あの人は、自身が調べた事を私たちのために色々と残してくれた。

 だから逃げた事で生き延びてくれたのなら、それはとてもうれしい事。
 だって、生きてるってことは、いつか再開できるって事だから。

 前に彰人さんらしき人が獣人の国に行ったって情報があったし、今でも獣人の国にいる可能性はある。少なくともなんらかの情報はあると思う。

 もしかしたら戦争に参加してる可能性もあるかもしれない。そうだったら何か手がかりの一つでもあればいいな。

 何もなかったとしても、それならそれで構わない。
 その時は戦争の隙をついて二人を連れて逃げればいい。そして、逃げた後に安全を確保した上で改めて彰人さんの事を探せばいいんだから。

 今まで逃げる機会をうかがっていたけど、やっとその時が来たわ。

 国境に向かうように言われたのが出発する前の日だったからろくな計画も準備もないけど、私たちの力を持ってすれば逃げるくらいならできると思う。

 ……うん。頑張らないとね。




 ふぅ……それにしても、さっきからなんだか音がするわね。こう、キーンって感じの耳鳴りみたいな音が。

 気のせい? ……だとしたら疲れてるのかしらね。まあ、無理もない事よね。

 はぁ……ここから逃げられたらゆっくりと休む事ができるのかしらね?

 家に帰れないのは……もう、割り切った。
 けど、せめてもっと平穏に暮らしていきたい。できることなら彰人さんと一緒に──

 そこまで考えて、私はガクンという全身の力が抜けるような感覚に襲われた。

 ──でもダメよね、そんな事を考えちゃ。私達は『勇者』なんだから、王国のために頑張って戦わないと。

 一瞬頭の中が揺さぶられるような感覚がしたけど、さっきの耳鳴りの件もあるし、やっぱり疲れているんでしょうね。

 そんな疲れを追い払うように私は軽く頭を振ると、それに気がついた桜がこちらを不思議そうに見ていた。

「どうしたの、環ちゃん?」
「なんでもないわ。ちょっと考え事っていうか、私も頑張らないとな、って思ってね」
「そんな風に今から気を張りすぎてると途中で疲れるぞ。大丈夫か?」
「ええ。心配してくれてありがとう、海斗」

 心配をかけるだなんて、ダメね。王国を守るためにもしっかりしないと。

 戦って戦って、魔族も獣人もいっぱい倒していきましょう。

 だって私は『勇者』だもの。
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