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王国との戦争

322:食べちゃいなさい!

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「あっ、シアリス。どうしたのそんなに慌てて?」
「ようこそお越しくださいましたシアリスさん。どのようなご用件でしょうか?」

 ケイノアは不思議そうに、イリンはいつものように礼儀正しくやってきたシアリスを迎える。

 シアリスは自身の想像と違ったのか、家の中のそんな様子に目を何度も瞬かせ唖然とした様子だ。

「え……? ……あ、イリン、さん。戻ってきていたんですね」
「はい。アキト様もおられますよ」

 そう言ってイリンは少し横にズレてシアリスに俺のいる場所を示した。

「そうか。そうですよね。あなたがいるのにアンドーさんがいないわけありませんよね」

 どうやらシアリスの中では俺とイリンが一セットになっているようだ。
 そう思われているのは多少恥ずかしいではあるが……まあ、悪くない。

「で、なんだか慌ててたみたいだけど、どうしたのよ? また変異者でも現れたの?」
「あ、いえ、そうではありません。ギルドにいたのですが姉様の結界が消えたのを感知しまして、何かあったのではないかと……」
「ああ、そういえばシアリスってば結界になんかやってたわね。けど問題ないわ。結界が消えたのはこいつのせいだから」

 確かに壊したのは俺だけど、俺は悪くない。……そう思ってたんだけど、これほどまでに慌てさせてしまったとなると、やっぱりなんだか悪い気がするな。ケイノアだとそんな気は全くしないのに、不思議だ。

「アンドーさんですか……ああ、挨拶がまだでしたね。お久しぶりです」
「ああ。久しぶりだな。まあエルフの感覚からすると久しぶりじゃないだろうけどな」

 数百年の時間を生きるエルフからすれば、一月も半年も誤差みたいなもんだろう。

「そんなことはないですよ。たしかに森にいた時なら一年も経っていないのであれば『なんでもない』で間違っていませんが、街に出てきてからはエルフであってもそれなりに時間が経っているように感じますよ」

 曰く、森にいると変化がないから、変化の多い街と比べると時間の流れが違って感じるんだとか。

「それにしても、相変わらずですがすごいですね。お姉さまの張った結界はかなりのものだったはずですが、それをなんの準備もなしに壊すだなんて……」
「まあ俺の唯一の武器だからな」
「歴代の勇者の情報にそんなものはなかったはずですが、他の勇者も出来るとなるといざ敵に回った時の脅威度を上げないといけないかもしれませんね。恐ろしいものです。『収納』というのは」
「え?」

 俺とシアリスがそんなふうに話していると、俺の横に座って話を聞いていた環ちゃんが疑問の声を漏らした。

「どうしたんだい?」
「え、いや、今結界を解除したのは『収納』って言いましたよね? 『対抗魔術』じゃないんですか?」

 ああ、そういえばその説明がまだしていなかった。でも、どう説明したもんかな。
 以前城に居た時は唯一のアドバンテージを取られると逃げづらいからって理由で教えなかったけど、今はまあ、一応仲間としてやっていくわけだし、収納スキルの応用について教えておいた方がいいのか?
 その場合は環ちゃんも収納スキルでいろいろできるようになって俺だけの利点が一つ消える事になる。
 けど、俺には収納魔術の方もあるし、多分大丈夫だろう。対人戦では基本的にこっちの方を使ってるんだし、流石にそれは真似できないはずだ。と思う。
 流石にそっちまで真似されると俺が役立たずになるからできないでほしい。

「あー、うん。そうだな、話すとしようか」
「あの、アンドーさん。話を遮ってしまって申し訳ないのですが、そちらの方はどなたでしょうか?」

 俺が説明しようとシアリスがそう尋ねてきた。そういえばまだ紹介してなかったな。

「ああ悪い。この子は滝谷環。俺と同じ異世界から召喚された子だ。今回色々あって一緒に行動することになった」
「他の勇者ですか……」
「へぇ~、あんた以外にもいたのね。……んん~?」
「なんだよ、ケイノア」

 ケイノアはなんだかおかしな声を出したと思ったら身を乗り出し、環ちゃんの事を眉を寄せて見つめている。

「んー、なんていうか……何か混ざってる?」
「……わかるのか?」

 混ざっていると言うのは、未だに環ちゃんの中に残っている例の壊れた魔術の事だろう。でも見ただけでわかるもんなのか?

「そうねぇ。例えるなら、酢豚を作った時にその酢豚はもう完成した料理なのに、そこに果物を入れることで味が変わっちゃった、とでもいえばわかるかしら。果物を入れることで味は変わるし好き嫌いが分かれるけど、一度入れて馴染んでしまった物を取り除くことはできなくってもう後戻りはできない感じ?」

 こんな時でも食べ物に例えるってのはなんだかなって感じはするけど、まあ言っていること自体は間違っていない。

「よく一目見ただけでそこまでわかるな」
「まぁね!」

 胸を張って答えるケイノアに、俺は少しの期待を込めて聞いてみる事にした。

「なら何か解決方法がわかったりしないか?」
「え? 解決って何を解決するのよ」
「そりゃ、その混ざったものを取り除くことだが──」
「無理ね」

 だがケイノアは本当に考えたのかと疑問に思うくらいに早く否定した。

「即答かよ」
「だって無理だもの。言ったでしょ? 一度混ざったものを取り除くことはできないって。さっきの例でいくけど、あんた混ざった果物の果汁一滴に至るまで全部取り除くことできる? 魔術とかスキルなんて使わないで」
「……無理だな」
「でしょ? それに、混ざったことでいい感じになったかもしれないじゃない。好みが分かれるって言ったけど、好き嫌いしないで食べちゃいなさいよ」

 今の俺の表情は微妙なものになっているだろうというのが自分でもわかる。
 たしかにこいつはさっき環ちゃんの状態の事を料理で喩えてたけど、よりにもよって食べろだなんて表現を使うこともないだろ。

「食べちゃいなさいってお前……」
「おかしなことなんて言ってないでしょ? 私だって学んだんだから。人間はエルフと違って異性と結婚する時『食べる』って表現するのよね?」
「お前、それは……」
「お姉さま、それはちょっと違うというか……」

 俺だけではなく、その言葉を聞いた妹のシアリスさえもがその表情を微妙なものへと変えた。

 だがそんな俺たちとは違い、隣に座っている環ちゃんは少し恥ずかしがっているが喜んでいるのがわかる。だってなんか少し間を開けて座ってたはずなのに今では密着するくらいに詰められているし。

 そしてそれとは対照的に俺を挟んで環ちゃんとは反対に座っていたイリンは、環ちゃんのように俺に密着するように詰めたわけではないが、くいっと俺の服を掴んでいた。

 少し不機嫌そうな様子を見せながらそんな行動をとるイリンが愛おしいと感じる。

 ……ああ違う。そうじゃなくて。

「え? 何? 何か違った?」

 俺たちの微妙な雰囲気を悟ったのか、ケイノアは不思議そうに首を傾げている。
 ……違うんだが、完全に違うとも言えないわけでもない。ような気がする。

「……まあ良いわ。そんなわけだからもうどうしようもないわね。たとえ神様なんてものがいたとしても無理よ」

 そうはっきりと断言された事で、俺の中で城から逃げたあの時に一緒に逃げていればという罪悪感が大きくなった。

「というわけで、相談にのってあげたんだからお金ください!」

 だがそんな俺の心境など知ったことかとばかりに、立った状態だったケイノアは綺麗に直角に腰を曲げてそう言った。
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