聖なる歌姫は嘘がつけない。

水瀬 こゆき

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デビュー編

助けたわけじゃないんだからね!

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 今なら、古典が苦手だったわたくしでも一句読める気がします。

「 帰りたい

 あぁ帰りたい
 
 帰りたい

 今すぐ帰って

 休みたいです」


 ふっ……。
我ながら酷い句ですね。
センスのかけらもありません。
でも、本当にもう、帰ってもいいでしょうか?

 「アルカティーナ様!是非僕とお話を!」
 「いいえ、私と!」
 「まあ、男性の皆さまはお下がりになって?」
 「わたくし達とお話しいたしましょ?」
 「「「「さあ、アルカティーナ様!!」」」」

 何だってこんなに人が集まってくるのでしょう。
パンダには休息が必要なのです。
もう放っておいてください!
わたくしはパンダです。
「聖なる歌姫」なんかではありません。
パンダなんです!
 お兄様やお父様、お母様に助けを求めようかとも考えましたが…皆大勢の人に取り囲まれているので、とてもじゃないけど頼めません。
どうしましょうか??
 あ、そうだ!いい方法があるじゃないですか!
 「あの、皆様?わたくし、皆様全員とお話ししたいのですけど…でも、御免なさい。なにぶんお喋りが不得手なもので…」
 そう言ってから、扇で口元を隠し目を下に伏せます。
お母様伝授の技です!
さあ、さあ、皆様?
存分に狼狽えてくださいな。
 
 すると、効果的中。
思った以上に狼狽えてくださいました。
 「す、すみませんアルカティーナ様!」
 「御免なさいアルカティーナ様」
 「わたくしとしたことが!!」
 「なんてこと!アルカティーナ様を傷つけてしまいましたわ!!」
 「「「「御免なさい!!!!!」」」」
 
 それを聞いてから、ふわりと笑ってわたくしは「気にしないでくださいまし」というつもりだったのです。

が………。

 「仕方ない、こうなった以上は!」
 「誠心誠意を込めて謝罪いたします!」
 「ちょっ、わたくしが先ですわ!」
 「ええ、謝罪いたしますわ!アルカティーナ様っ!」
 「「「「土下座いたします!!」」」」

  「はい……?」

あれ?ちょっと効きすぎましたかね?
何で皆さん、土下座しようとしているのですか?
ちょ、やめて下さい!!
これもゲーム補正ですか??
なんて迷惑!
やめてー!!!

 アルカティーナは、心の中で悲鳴をあげた。
そして、どうやって彼らを宥めようかと焦っていると…救世主が現れたのです。

 「ちょっと、アルカティーナ様が困ってるじゃないの。やめなさいよね!」

 颯爽と現れたのは、黒い髪の少女。
凛としたその背中はとても頼もしく感じます。
土下座しようとしていた人達を追いやった彼女は、こちらを振り返りました。

 「大丈夫ですか、アルカティーナ様。」

 高く結われた黒髪には赤いバラが飾られており、同色のドレスにとてもよく似合っている。
大人っぽい、スレンダータイプのドレスは彼女のような若い少女には普通なら似合わないのだが、スラリと背の高い彼女には、驚く程似合っている。
それに、切れ長で吊り上がった茶色の瞳も大人っぽい。
確か彼女は、アメルダ・サクチル伯爵令嬢。
先ほど陛下に名を呼ばれていたので恐らくわたくしと同い年でしょう。

 「はい。あの、ありがとうございます。アメルダ嬢。」

 すると、彼女アメルダはパァと花が綻ぶように笑った。

 「私の名前を覚えてくださっているなんて嬉しいわ!…あ。べっ、別に貴方なんかに憧れてなんてないんだからねっっ!助けたわけじゃないんだからね!これは…そう、恩を売ってやろうと思っただけなんだから!」
 
言っていることは物騒ですが…彼女の表情は「嬉しい」とばかりにニコニコしています。
ニコニコしながら、何故か暴言をはいています。
かと思えば、思い出したようにしょんぼりと肩を落としてしまいました。

 「私ったらまたやっちゃったわ!せっかくアルカティーナ様に会えたのに……」

 独り言を言っているのでしょうか。
内容は聞こえませんが、とても落ち込んでいることだけは伝わってきます。
大丈夫でしょうか…。

 「?いえ、こちらこそアメルダ嬢に名前を覚え頂いているなんて、光栄です。」


 すると、アメルダ嬢は再び嬉しそうに笑いました。

 「あのっ!よかったらお友達に……な、なりたいなんて思ってないんだからね!ない…ないん、だから、ね…うぅ……。」

 何故かあべこべなことを言うアメルダに、アルカティーナは思わず笑ってしまった。

 「ふふっ、可愛い人。」

 「え?すみませんアルカティーナ嬢。よく聞こえませんでした…ま、まあ?別に貴方の声なんて聞きたくありませんけど!って私ったらまた!!!!」

 そしてアメルダ嬢はまた肩を落として、しょんぼりとしてしまいました。
きっと、素直だけど素直じゃない人なんですね。
可愛い!
これが噂のツンデレですね?
なんて可愛い!!

 「アメルダ嬢、よかったらわたくしとお友達になってくれませんか?」

 彼女となら、いいお友達になれる気がします。
わたくしの言葉にアメルダ嬢は心底嬉しそうに笑いました。

 「いっ、良いんですか!?!?べっ、別に嬉しくなんてないけどね!!」

可愛いです!素直じゃないツンデレ!可愛いです!
なんて分かりやすい!
嬉しくないと言いながらも、わたくしの両手をとってブンブンと上下に振るところとかもう、本当に可愛いです!

 「これからよろしくお願いしますね、アメルダ嬢!」
 「仕方ないから、と、友達になってあげないことも、ないわ!…あの、嬉しいです。よろしくお願いしますっ!!」

 アルカティーナ・フォン・クレディリア。
この世界で初めて、人間のお友達ができました。
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