聖なる歌姫は嘘がつけない。

水瀬 こゆき

文字の大きさ
54 / 165
デビュー編

やり手だな

しおりを挟む

 動揺、困惑、期待、後悔。
色々な心情が一度に溢れてきて、そして混ざり合う。
 もう自分が何を思っているかさえわからない。
それでも、脳裏から離れないのは彼女の笑顔。

 『…では、証拠があれば出しゃばっても良いのですね?』

 勝利を確信したかのような笑み。
ニヤリと綺麗な弧を描く唇は魅惑的。
まるで、獲物を仕留める直前のような恐ろしくも美しいその笑顔に。
 私は、いや「俺」は、見覚えがある。
たった一度だけ見た、その笑顔は忘れることなど出来なかった笑顔だ。

 「俺」の初恋の人が最後に見せた笑顔にそっくりの笑顔。
まあ、それが「俺」の最初で最後の恋だったが。

 私はディール・エル・ルーデリア。
「俺」は鈴堂 圭。
私は「俺」として生きた記憶を持ったまま生まれた。
 だから、普通よりもかなり物覚えもよく、聞き分けもよく、頭も良く。
 私はデビューしてたちまち理想の「白馬の王子さま」として有名になった…らしい。
自分が第一王子だからということもあるだろうが。

 「俺」の初恋の人は、浮島 椿。
笑うと可愛い感じのする、綺麗な人だった。
性格も、「俺」の知っている限りではとても優しかった。
そんな、誰からも好かれていた彼女は「俺」の目の前で殺させた。
いや、正確に言えば「俺」達だろうか。
「俺」達の前でその命を散らした浮島 椿の最後の笑顔が、先程アルカティーナ嬢が見せた笑顔に酷似していた。

ーー彼女は、「浮島」なのだろうか。

 いやいや、そんなバカなことが起こり得るか?
世界は広いんだ。

 …でも、彼女が「浮島」かもと思ったのはあれで二度目だった。
一度目は、そう。
例の儀式で目があった時だ。
目があった時に、「この人だ」となんとなく思った。
事実、初対面なのにも関わらずどこか懐かしく感じたし、それこそ彼女の純粋な笑顔が「浮島」の普段浮かべていた笑顔に似ていた、気がした。

 それに、アルカティーナ嬢はルイジェル殿のように、非常に聡明な令嬢だと噂で聞く。
曰く、物覚えがよく。
曰く、頭が切れて。
曰く、我儘知らず。
この特徴は…

彼女は、本当に「浮島 椿」かも知れない。
私はやはり、そういう結論にたどり着いた。
でも、実際のところどうなのだろう。
まあこれから少しずつ探っていけばいいか。

  ◇  ◆  ◇

 「で、父上?なぜあの場を治めなかったのです?」
デビュタントパーティーが無事閉会したところで、ディールは父である、国王に問うた。
 「いや何。単純なことだ。アルカティーナ嬢が実際どれ程のなのかを見たかったからあえて黙っていたのだ。」
 「そうそう。アルカティーナ嬢は次期王妃候補筆頭ですからねぇ。きちんと見ておかないと。」
 何を今更とばかりにそう答えた両親にディールは思わずため息をついた。
 「そういう事なら言ってください。ヒヤヒヤしましたよ。」
その言葉に同意するように国王は頷いた。
 「うむ。同感だな。正直アルカティーナ嬢は素がかなりおっとりしているとマリオス…いや、クレディリア公爵から聞かされて……聞いていたからな。どうなることかと焦ったわ。」
 そして、それに母親もまた頷いて見せた。
 「ええ本当に。でもアルカティーナ嬢、ああ見えて結構…」
 「ああ、そうだな。結構……」

 「「やり手だな(よね)」」

 きっと普段はおっとりさんで、怒ると本当に怖いタイプの令嬢なんだ、とか何とか連想ゲームを始めたところで、ふと国王は思い出した。
 
 「そうだ、聖女候補に付ける護衛役の事だが、まだ聖女候補がデビュー前だという事で先延ばしにしていたであろう?今日無事アルカティーナ嬢もデビューした事だし、そろそろをアルカティーナ嬢のところへ派遣しようと思うのだが。」

 「まあ、ついに彼を護衛役に…!?」
 「そうですか、やはりあの方が…」

国王は困った顔で笑った。
 
「ああ、そうだ。アルカティーナ嬢ならきっと、あやつの手を引っ張ってくれる気がするからな。」

頼んだぞ、アルカティーナ・フォン・クレディリア嬢。
あやつを動かせるのは、そなたしかおらぬ気がするのだ。

 
 国王は、そう密かに祈っていた。

 
しおりを挟む
感想 124

あなたにおすすめの小説

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

【完結】前提が間違っています

蛇姫
恋愛
【転生悪役令嬢】は乙女ゲームをしたことがなかった 【転生ヒロイン】は乙女ゲームと同じ世界だと思っていた 【転生辺境伯爵令嬢】は乙女ゲームを熟知していた 彼女たちそれぞれの視点で紡ぐ物語 ※不定期更新です。長編になりそうな予感しかしないので念の為に変更いたしました。【完結】と明記されない限り気が付けば増えています。尚、話の内容が気に入らないと何度でも書き直す悪癖がございます。 ご注意ください 読んでくださって誠に有難うございます。

悪役令嬢だとわかったので身を引こうとしたところ、何故か溺愛されました。

香取鞠里
恋愛
公爵令嬢のマリエッタは、皇太子妃候補として育てられてきた。 皇太子殿下との仲はまずまずだったが、ある日、伝説の女神として現れたサクラに皇太子妃の座を奪われてしまう。 さらには、サクラの陰謀により、マリエッタは反逆罪により国外追放されて、のたれ死んでしまう。 しかし、死んだと思っていたのに、気づけばサクラが現れる二年前の16歳のある日の朝に戻っていた。 それは避けなければと別の行き方を探るが、なぜか殿下に一度目の人生の時以上に溺愛されてしまい……!?

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

ヒロインだと言われましたが、人違いです!

みおな
恋愛
 目が覚めたら、そこは乙女ゲームの世界でした。  って、ベタすぎなので勘弁してください。  しかも悪役令嬢にざまあされる運命のヒロインとかって、冗談じゃありません。  私はヒロインでも悪役令嬢でもありません。ですから、関わらないで下さい。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

悪役令嬢の心変わり

ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。 7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。 そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス! カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!

所(世界)変われば品(常識)変わる

章槻雅希
恋愛
前世の記憶を持って転生したのは乙女ゲームの悪役令嬢。王太子の婚約者であり、ヒロインが彼のルートでハッピーエンドを迎えれば身の破滅が待っている。修道院送りという名の道中での襲撃暗殺END。 それを避けるために周囲の環境を整え家族と婚約者とその家族という理解者も得ていよいよゲームスタート。 予想通り、ヒロインも転生者だった。しかもお花畑乙女ゲーム脳。でも地頭は悪くなさそう? ならば、ヒロインに現実を突きつけましょう。思い込みを矯正すれば多分有能な女官になれそうですし。 完結まで予約投稿済み。 全21話。

処理中です...