聖なる歌姫は嘘がつけない。

水瀬 こゆき

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デビュー編

やり手だな

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 動揺、困惑、期待、後悔。
色々な心情が一度に溢れてきて、そして混ざり合う。
 もう自分が何を思っているかさえわからない。
それでも、脳裏から離れないのは彼女の笑顔。

 『…では、証拠があれば出しゃばっても良いのですね?』

 勝利を確信したかのような笑み。
ニヤリと綺麗な弧を描く唇は魅惑的。
まるで、獲物を仕留める直前のような恐ろしくも美しいその笑顔に。
 私は、いや「俺」は、見覚えがある。
たった一度だけ見た、その笑顔は忘れることなど出来なかった笑顔だ。

 「俺」の初恋の人が最後に見せた笑顔にそっくりの笑顔。
まあ、それが「俺」の最初で最後の恋だったが。

 私はディール・エル・ルーデリア。
「俺」は鈴堂 圭。
私は「俺」として生きた記憶を持ったまま生まれた。
 だから、普通よりもかなり物覚えもよく、聞き分けもよく、頭も良く。
 私はデビューしてたちまち理想の「白馬の王子さま」として有名になった…らしい。
自分が第一王子だからということもあるだろうが。

 「俺」の初恋の人は、浮島 椿。
笑うと可愛い感じのする、綺麗な人だった。
性格も、「俺」の知っている限りではとても優しかった。
そんな、誰からも好かれていた彼女は「俺」の目の前で殺させた。
いや、正確に言えば「俺」達だろうか。
「俺」達の前でその命を散らした浮島 椿の最後の笑顔が、先程アルカティーナ嬢が見せた笑顔に酷似していた。

ーー彼女は、「浮島」なのだろうか。

 いやいや、そんなバカなことが起こり得るか?
世界は広いんだ。

 …でも、彼女が「浮島」かもと思ったのはあれで二度目だった。
一度目は、そう。
例の儀式で目があった時だ。
目があった時に、「この人だ」となんとなく思った。
事実、初対面なのにも関わらずどこか懐かしく感じたし、それこそ彼女の純粋な笑顔が「浮島」の普段浮かべていた笑顔に似ていた、気がした。

 それに、アルカティーナ嬢はルイジェル殿のように、非常に聡明な令嬢だと噂で聞く。
曰く、物覚えがよく。
曰く、頭が切れて。
曰く、我儘知らず。
この特徴は…

彼女は、本当に「浮島 椿」かも知れない。
私はやはり、そういう結論にたどり着いた。
でも、実際のところどうなのだろう。
まあこれから少しずつ探っていけばいいか。

  ◇  ◆  ◇

 「で、父上?なぜあの場を治めなかったのです?」
デビュタントパーティーが無事閉会したところで、ディールは父である、国王に問うた。
 「いや何。単純なことだ。アルカティーナ嬢が実際どれ程のなのかを見たかったからあえて黙っていたのだ。」
 「そうそう。アルカティーナ嬢は次期王妃候補筆頭ですからねぇ。きちんと見ておかないと。」
 何を今更とばかりにそう答えた両親にディールは思わずため息をついた。
 「そういう事なら言ってください。ヒヤヒヤしましたよ。」
その言葉に同意するように国王は頷いた。
 「うむ。同感だな。正直アルカティーナ嬢は素がかなりおっとりしているとマリオス…いや、クレディリア公爵から聞かされて……聞いていたからな。どうなることかと焦ったわ。」
 そして、それに母親もまた頷いて見せた。
 「ええ本当に。でもアルカティーナ嬢、ああ見えて結構…」
 「ああ、そうだな。結構……」

 「「やり手だな(よね)」」

 きっと普段はおっとりさんで、怒ると本当に怖いタイプの令嬢なんだ、とか何とか連想ゲームを始めたところで、ふと国王は思い出した。
 
 「そうだ、聖女候補に付ける護衛役の事だが、まだ聖女候補がデビュー前だという事で先延ばしにしていたであろう?今日無事アルカティーナ嬢もデビューした事だし、そろそろをアルカティーナ嬢のところへ派遣しようと思うのだが。」

 「まあ、ついに彼を護衛役に…!?」
 「そうですか、やはりあの方が…」

国王は困った顔で笑った。
 
「ああ、そうだ。アルカティーナ嬢ならきっと、あやつの手を引っ張ってくれる気がするからな。」

頼んだぞ、アルカティーナ・フォン・クレディリア嬢。
あやつを動かせるのは、そなたしかおらぬ気がするのだ。

 
 国王は、そう密かに祈っていた。

 
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