聖なる歌姫は嘘がつけない。

水瀬 こゆき

文字の大きさ
97 / 165
出会い編

ロゼリーナ・アゼルの物語

しおりを挟む


 ロゼリーナの運命を変えることとなる物語は、母親が放った一言から始まる。
 

 「ロゼ、ちょっとそこまでゴミ捨てに行ってくれない?今手が離せなくて困ってるのよー」


 いかにも、困ってますというような顔で頰に手をあてがう母を見たロゼリーナは、もちろん喜んでそれを承諾した。

 「うん、わかった!」

 ロゼリーナは人、特に家族の手伝いをするのが大好きだ。嫌な顔一つせず、ゴミ袋を引っ掴むと元気よく外へ飛び出した。秋とは言え今はもう夜だからか、かなり寒い。駆け足で体を温めつつぱぱっと行って帰ってこようという魂胆である。

 「おやロゼちゃん!お使いかい?」

 「いえ、ちょっとそこまでゴミ捨てに!」

 「暗いから気をつけるんだよ」

 「まあロゼちゃんも今や聖女候補だからね、大丈夫か」

 街行く人が、店番の人が、走るロゼリーナに話しかける。ロゼリーナは、人々に当たり障りない言葉を返しながら自然と微笑んだ。この街は、賑やかで明るくてロゼリーナは気に入っている。皆んな優しいし、仲が良いから街自体の雰囲気も自然と和やかなものとなっている。ロゼリーナが聖女候補になった今でも変わらず親しげに話しかけてくれる人が当たり前のようにいる街だ。そうなるのも必然かもしれない。
 しかし、だからこそ辛いものもあった。
『聖女候補ロゼリーナ・ビアーヌは、アゼル伯爵家の養女に迎えることとなった。期日までに準備を済ませておくように』
そんな内容の手紙がゲレッスト王国の聖女候補支部から届いたのはつい先日のことだった。
昔から聖女候補は、一人前の淑女としての教育を受けなければならないと決まっている。庶民のロゼリーナが貴族の養女になるのは納得ではあるが、本人はそれを飲み込めずにいた。生まれてから十何年間もの時を過ごしてきたこの街を離れることになるなんて、考えられなかったし考えたくなかった。

 もう、こうしてお母さんとお父さんのお手伝いをすることもなくなるのね…

別れを悲しんでいたロゼリーナではあったが、ひとつ決めていたことがあった。
『お母さんとお父さんとのお別れの時は、絶対に泣かない』
 お別れだからこそ、最後に見せるのは涙じゃなくてとびっきりの笑顔がいいと思うから。これだけは絶対にそうすると決めている。

こういうお別れのシーンは、よく小説のネタなんかにされて読者は感動に心を振るわせるわけだが……この物語がどんなジャンルかなんて、誰も知る由はない。


ロゼリーナはふと空を見上げた。秋は空気が澄んでいるから空が高いとはよく言うもので、昼間や朝は空が透き通っていて綺麗だ。しかし、夜になるとそのせいで空の闇色がいつもよりかなり深いものになり、結構怖い。白や赤にキラキラ輝く星々も合間って幻想的である意味嫌いではあるが、空の黒だけを見ると何とも不気味なのである。 ロゼリーナは昔からオバケや幽霊が苦手だ。

 「うう~…早く行って帰ろ」

 それまでの高揚感が嘘のように、寒気に襲われたロゼリーナは道を急いだ。それまで以上に駆け足で、ゴミ捨て場まで走って行った。走って走って走って。そうして漸く到着したゴミ捨て場を目にして、ロゼリーナは思わずゴミ袋を落としてしまった。


 「きゃあああああああああああああああ!」


 いつもはないものが、そこにはあった。
色とりどりの、カラフルなランタンで照らされながらそこに佇むのは巨大な金塊のようなもの。それはぼんやりと光で照らされており、かなり不気味だ。
いや、金塊と言うよりはロボット…だろうか。腕や手、顔のようなものがある。
何にせよこんなに大きなロボットは見たことがなかったため分からないが、この状況が普通じゃないことだけは確かだった。

 「何…これ。どうなってるの!?」

 後ずさりしながら、巨大なそのロボットに改めて目をやると、やはり不気味である。秋の夜の暗さや寒さ、そのロボット…。全てがロゼリーナを恐怖のどん底に落とした。それによく見るとそのロボットはずらりと後ろに列をなしているではないか。一体、何十体捨てられていると言うのか。
それにしても何だろうか、これは。悪質ないたずらか何かだろうか。いや、それにしては少々度がすぎるか…。
スポットライトのごとくロボット達を照らすランタンが設置されているのを見る限り、これは意図的なものだろうと思われるが、何が目的なのだろう。
何となくロボット達の足元を見たロゼリーナは、そこに大きめの看板を見つけた。怖さを紛らわせる為にも、それを声に出して読み上げた。

 「『マドモアゼル・パークへようこそ☆』…ってどういうこと??」

 本当に、全然意味がわからない。
マドモアゼルって何なの?というところから話は始まるのだ。そこをちゃんと説明してほしい。
大体、黒い木の板に赤い文字って……こんな怖い看板をよく作れたものだ。作った人は余程の変人だろう。 

…実際にこれを作ったのは某天然令嬢の使役精霊なのだが……この時のロゼリーナは当然そんなことはゆめゆめ思っても見なかった。
  
 ああ、嫌だわ。こんな不気味なところからは早く離れたい。

 ロゼリーナは落としたゴミ袋を拾い上げると再びゴミ捨て場に近寄り、ゴミを捨てようとした…のだが。

 「きゃっ!」

 勢いあまって、何かに躓き転んでしまった。

 「いったた…」

 擦りむいて血のにじむ膝をさすりながら、顔を上に上げる。そうして目に入ったのは、この世のものとは思えないほどにおぞましい光景だった。
ギョロリとした目のようなものや、黒ずんだその胴体、今にも動き出しそうな躍動感あふれるその佇まい、そしてにたりと弧を描く唇、その背景の秋特有の深い深い闇色………言うまでもなく、ロゼリーナはあのロボットに躓いたのだ。
一瞬にして状況を把握したロゼリーナは力の限り叫んだ。


 「いやぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 
 そしてその後すぐに、一種のショック症状が原因で、彼女は意識を手放してしまった。
 
 
 ◇ ◆ ◇


 これは、ロゼリーナ・ビアーヌもといロゼリーナ・アゼルの真の物語。

 「ん……あれ?わた、し…」

 「!!ロゼリーナ!やっと気が付いたのね、良かった…あなたゴミ捨て場で倒れてたのよ?」

 ぼんやりとした寝起きの頭でロゼリーナは考える。

さっきのロボット、めっちゃ気持ち悪かったなー。あれはないわ。最近は技術も発達してきて犬型ロボットとかも出てきたりはしたけど…あれはないでしょ、あれは。癒しもクソもない!大体、何でゴミ捨て場まで行かないといけないのか。家の前にでも置いといたらゴミ収集車が来て回収してくれるはず…って、あれ?

なんかここ、の住んでる世界と違う。
何これ、どこ?…いや、でも妙に既視感あるなぁ。

 「…ナ!ロゼリーナ!!」

 ぼんやりしているロゼリーナを心配した母親の声に、ロゼリーナは目を見開いた。

 「ロゼリーナ…?ああ、そうよ。わたしは…私は、ロゼリーナ・アゼル!!」

 思い出したわ!全部、思い出した。
ロゼリーナ・アゼル。
わたしがプレイしてた、乙女ゲームのヒロインじゃない。既視感あるはずだわ!

 「ロゼリーナ・アゼル…?嫌だわロゼリーナったら。貴方はまだロゼリーナ・ビアーヌよ。私の可愛い娘よ?そんな悲しいこと、言わないで?」

 悲しげに笑う実の母親に、ロゼリーナはからっと笑顔でこう言った。

 「?何言ってるの??わたしはロゼリーナ・アゼルよ!アゼル伯爵令嬢としてリリアム学園に通うんだから!!あ、アゼル伯爵の迎えが来る日っていつだっけ。あー、楽しみだなぁ」

 「…!ロ、ロゼリーナ??…っそうね、そうよね。ロゼリーナは、これから新しい道を歩いていくんだもの、ね」

 涙を堪えるように顔を歪める母親に、ロゼリーナは見向きもしない。気がつきも、しない。
これだけは絶対に、と決めていた事さえも。
どうでもいいと感じていた。

 「ふふっ、はやくロゼリーナ・アゼルとして学園へ通いたいわ!」

 ロゼリーナの運命を変えることとなる物語は。

感動の物語なんかじゃあない。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 どうしようヒロインがただの嫌なやつだ。
他作品とおんなじ感じのキャラに見える!
ごめんなさい!
でも、まだ出て来ていないだけで、ロゼリーナ・アゼルの本質はこれだけはありません。
もっともっと、こんなただの性悪女よりも、相当キャラは濃いです。ご安心下さい。(安心できるのか?これ)

 さてさて、いよいよ学園編が近づいて来ました!
ですがこちとら学園編をまだまだまっったく見据えておりません。ちゃんとしなきゃ…。
あ、勿論話の流れとかはとうの昔に決まってるんですけどね??どうにも文に起こすのが…以下略


 なんにせよ頑張ります。
ではでは!
しおりを挟む
感想 124

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】ドアマットに気付かない系夫の謝罪は死んだ妻には届かない 

堀 和三盆
恋愛
 一年にわたる長期出張から戻ると、愛する妻のシェルタが帰らぬ人になっていた。流行病に罹ったらしく、感染を避けるためにと火葬をされて骨になった妻は墓の下。  信じられなかった。  母を責め使用人を責めて暴れ回って、僕は自らの身に降りかかった突然の不幸を嘆いた。まだ、結婚して3年もたっていないというのに……。  そんな中。僕は遺品の整理中に隠すようにして仕舞われていた妻の日記帳を見つけてしまう。愛する妻が最後に何を考えていたのかを知る手段になるかもしれない。そんな軽い気持ちで日記を開いて戦慄した。  日記には妻がこの家に嫁いでから病に倒れるまでの――母や使用人からの壮絶な嫌がらせの数々が綴られていたのだ。

悪役令嬢の慟哭

浜柔
ファンタジー
 前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。  だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。 ※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。 ※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。 「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。 「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

悪役令嬢のビフォーアフター

すけさん
恋愛
婚約者に断罪され修道院に行く途中に山賊に襲われた悪役令嬢だが、何故か死ぬことはなく、気がつくと断罪から3年前の自分に逆行していた。 腹黒ヒロインと戦う逆行の転生悪役令嬢カナ! とりあえずダイエットしなきゃ! そんな中、 あれ?婚約者も何か昔と態度が違う気がするんだけど・・・ そんな私に新たに出会いが!! 婚約者さん何気に嫉妬してない?

処理中です...