99 / 165
出会い編
スパイスが足りないんですよ!
しおりを挟む夕食も湯浴みも済ませた夕方。
護衛であるゼンを下がらせたアルカティーナは、完全なるプライベートなひと時を過ごしていた。
とは言え、アルカティーナ・フォン・クレディリアはただの公爵令嬢ではない。このルーデリア王国随一、筆頭の名家クレディリア公爵家の長女である。根っからの箱入りである彼女のプライベートの時間は当然、凡人に真似できるようなものではない。誰もが想像し得ないような優雅なひと時を、アルカティーナ・フォン・クレディリアは過ごしていた。
「えーと…『突然の手紙、ご無礼申し上げ候』…どこぞの武士さんみたいですね。ユグドーラ様ってどんな方なのでしょう。こういうノリが通じる方でしょうか?…分かりませんが、何にせよこれはボツですね、なんか違和感ありますし。もっとお返事を返してもらえそうな感じにしたいですね…。となるとやっぱり定番の『P.S.』を使ってさり気無くアピールする方向で…『P.S.お返事くれないとイタズラしちゃうぞ☆』とか?」
アルカティーナは優雅なひと時を…
「あー!紅茶こぼしちゃいました…折角ここまで書けたのに~」
アルカティーナは…優雅な、ひと時を……
「でもやっぱり『P.S.お返事くれないとイタズラしちゃうぞ☆』は無しですね…。ハロウィンネタのパクリとか言われた日にはアウトですし。今11月ですし。…いっそのこと『P.S.わたくし、お返事が来ないと過呼吸かつ喘息になる症候群なんです』ってさり気無くアピールしますかねぇ」
アルカティーナ・フォン・クレディリアは……個性的なひと時を、過ごしていた。
「でもやっぱり、全部ボツですね!最初からそんなにがっつくこともないでしょう。取り敢えず無難に書いて送っておきましょう。さり気無くマドモアゼルちゃんについて質問して…っと、これでよし!」
思ったより早く書き上げてしまったアルカティーナは、ユグドーラ宛の手紙を読み返して首をかしげた。
…何か、何か足りませんねぇ。
特に目立って変なところも、不自然なところもありませんが…何というかこう、アクセントがない楽譜を読んでいるようなイメージと言えば分かるでしょうか。
お綺麗な手紙すぎるのですよねぇ。
例えるなら、そう……
「スパイスが足りないんですよ!これじゃあまるで普通の手紙じゃないですか」
この場にゼンと言う名の優れたツッコミ役の1人でもいれば、また話は変わってくるのだろう。恐らく『カレーと手紙を一緒にするな』とか『普通の手紙に何の恨みがあるんだ!』とか絶妙なツッコミをしてくれることだろう。が…生憎ゼンはいない。そう、そこにはアルカティーナを除いて誰1人いなかったのだ。つまりはアルカティーナにツッコむ重役が誰もいないと言うわけである。
…いや、正確に言おう。
実は、誰1人いない訳ではない。
日も暮れた夕方。灯りのともる彼女の部屋に、忍ぶ気配があった。
天井裏に三人分の影が、静かに潜んでいた。
だがその三人が天井下の少女にツッコむ訳もなく。
結果として、アルカティーナはノンストップ状態。
暴走を開始した。
「ようし!こうなったらもうあの手しかありませんね!聖霊さぁ~~ん!!」
ツッコミ無しでお送りするアルカティーナ・フォン・クレディリアは少々刺激が強過ぎるとだけ言っておこう。そして案の定彼女は、とうとう聖霊を呼び出し始めた。
「わー!てぃーな、こんばんは~」
「どーしたの?」
「なにかあったのー?」
わらわらと集まり、次々とアルカティーナに話しかける聖霊たち。アルカティーナは彼らを見て嬉しそうに笑うと、こう告げた。
「こんばんは聖霊さん!あのですね…ちょっとお願いがあるんですけど。マドモアゼルちゃんのお面を作ってくれませんか?お手紙に同封したいのです」
もう一度言おう。
ツッコミ無しでお送りするアルカティーナ・フォン・クレディリアは、少々刺激が強過ぎる。
「いいよー」
「まかせて!」
「がんばるー」
口々に答える聖霊たちに、少女は心から嬉しそうに笑顔を咲かせた。
よかった…、これでユグドーラ様にきちんとしたお手紙が届けられます!
自身の『きちんとしたお手紙』の定義がおかしいことには、アルカティーナは気が付きもしないのであった。
◇ ◆ ◇
一方、天井裏では極めて小さな声で会話が飛び交っていた。
「わー、何かつくり始めちゃったよー」
覗き穴から下の様子を見て、一人の影が思わず苦笑を漏らす。それに続き、もう一人も呟いた。
「ホントだ。うっわ何あれ。気持ち悪っ!」
天井裏の三人は殆どターゲットにしか目をやらないため、下の状況は全く理解していない。
それでもターゲットの周りにいる聖霊が産み出しつつあるものが気持ち悪いと言うことだけは理解できた。
その様子を暫く一同は黙って見ていたが、一人が耐えきれなくなったように溜息をついた。
「…はぁ、暇」
残りの二人もそれには共感だった。
「まあ、確かにね」
「そうねぇ」
「…でもいいじゃない?楽でさぁ」
投げやりに、気怠げに、そう言う者もいたが、それに反対する者もいた。
「えー?私は暇したくないよ。最近相棒の斬れ味が鈍ってきたし、そろそろ働きたいのよねぇ」
「あ、それは私も同感かなぁ」
投げやりかつ気怠げに「暇」を肯定した者も、二人の意見を聞いて考えを改めた。見ると、自分の相棒…ナイフも少し輝きが曇り始めている。これは、よくない傾向だと本能が訴えていた。
「…私も、やっぱり暇なのは嫌かも」
残りの二人はその言葉に僅かに声を弾ませた。
「えっ?本当?だったらご主人様に新しい仕事でも貰いに行こうよ」
「そうね、そうしましょ」
三人は、覗き穴を再び覗きながら会話を続ける。
「あと半年もすれば、入学らしいからねえ。そろそろ潮時でしょ」
それは冷たく、それでいて機械のような声色だった。
そして、それを遮るように明るめの声が奏でられる。
「ねぇ!そんなことよりさ。ご主人様、どこまでなら許可出してくれるかな」
「うーん…半殺しまでじゃない?」
「いやいや。それならいっそ、殺しちゃった方が良いんじゃないの?」
「でもそれだと後始末がなー」
「…まあ、取り敢えず聞いてみたら良いじゃない」
そうして、三人の影は天井裏から姿を消した。
そして次にその影たちがそこへ現れた頃にはもう、アルカティーナ達はいくつものお面を作り上げていた。
しかし、そんなことはどうでも良いとばかりに影達は小声で会談する。
「ね、半殺しまでならオッケーだってね」
「やったね」
「うん、やったね」
不穏な言葉を放つ影に、アルカティーナは気がつかない。
「くすくす」
「くすくす」
「くすくす」
ここは、ルーデリア王国随一、筆頭の名家クレディリア公爵家の長女の自室。
「あー楽しみ」
「楽しみね」
「楽しみだわ」
「「「くすくすくす」」」
その天井裏に、忍び笑いが三重奏となって響いていた。
「これで暇なのもマシになるかな?」
「なるでしょ」
「暇潰しくらいには、ね…」
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
と、言うわけで次回!
新キャラ三人登場です。
「おいおい、出会い編もう完結するんじゃなかったのかよ。今更シリアスぶっ込むなよ」
…とお思いでしょうか。
ですが、どうぞご安心を。
このお話、意外や意外!シリアスにはなりません故。
いやぁ、でも正直なところですね…。
実は出会い編は、もうとっっくの昔に完結してる予定でした。出会い編は軽~く、比較的短め~に、アルカティーナの成長を描いて、そんでもって本格的にゲームストーリーである学園編へレッツラゴーゴーとか思ってたんです。
そ・れ・な・の・に!!
気がつけば出会い編もこれで43話目。
なぁ~にが軽~く、比較的短め~に、何でしょうかねぇ!ええ、全く!!本当にねえ!
ということで、私の言いたい事はこれだけで御座いまする。
【御免なさい】
さあ、長引いた出会い編もいよいよフィニッシュが近づいて参りました。
次は学園編。本格的にゲームの世界らしくなっていく…予定!!
そんなこんなの滅茶苦茶な水瀬こゆきでございますが、いつもお読みいただきありがとうございます!
ではでは!
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】ドアマットに気付かない系夫の謝罪は死んだ妻には届かない
堀 和三盆
恋愛
一年にわたる長期出張から戻ると、愛する妻のシェルタが帰らぬ人になっていた。流行病に罹ったらしく、感染を避けるためにと火葬をされて骨になった妻は墓の下。
信じられなかった。
母を責め使用人を責めて暴れ回って、僕は自らの身に降りかかった突然の不幸を嘆いた。まだ、結婚して3年もたっていないというのに……。
そんな中。僕は遺品の整理中に隠すようにして仕舞われていた妻の日記帳を見つけてしまう。愛する妻が最後に何を考えていたのかを知る手段になるかもしれない。そんな軽い気持ちで日記を開いて戦慄した。
日記には妻がこの家に嫁いでから病に倒れるまでの――母や使用人からの壮絶な嫌がらせの数々が綴られていたのだ。
悪役令嬢の慟哭
浜柔
ファンタジー
前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。
だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。
※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。
※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。
「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。
「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない
陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」
デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。
そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。
いつの間にかパトロンが大量発生していた。
ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?
断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます
山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。
でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。
それを証明すれば断罪回避できるはず。
幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。
チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。
処刑5秒前だから、今すぐに!
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
悪役令嬢のビフォーアフター
すけさん
恋愛
婚約者に断罪され修道院に行く途中に山賊に襲われた悪役令嬢だが、何故か死ぬことはなく、気がつくと断罪から3年前の自分に逆行していた。
腹黒ヒロインと戦う逆行の転生悪役令嬢カナ!
とりあえずダイエットしなきゃ!
そんな中、
あれ?婚約者も何か昔と態度が違う気がするんだけど・・・
そんな私に新たに出会いが!!
婚約者さん何気に嫉妬してない?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる