聖なる歌姫は嘘がつけない。

水瀬 こゆき

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出会い編

スパイスが足りないんですよ!

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 夕食も湯浴みも済ませた夕方。
護衛であるゼンを下がらせたアルカティーナは、完全なるプライベートなひと時を過ごしていた。
とは言え、アルカティーナ・フォン・クレディリアはただの公爵令嬢ではない。このルーデリア王国随一、筆頭の名家クレディリア公爵家の長女である。根っからの箱入りである彼女のプライベートの時間は当然、凡人に真似できるようなものではない。誰もが想像し得ないような優雅なひと時を、アルカティーナ・フォン・クレディリアは過ごしていた。

 「えーと…『突然の手紙、ご無礼申し上げ候』…どこぞの武士さんみたいですね。ユグドーラ様ってどんな方なのでしょう。こういうノリが通じる方でしょうか?…分かりませんが、何にせよこれはボツですね、なんか違和感ありますし。もっとお返事を返してもらえそうな感じにしたいですね…。となるとやっぱり定番の『P.S.』を使ってさり気無くアピールする方向で…『P.S.お返事くれないとイタズラしちゃうぞ☆』とか?」

 アルカティーナは優雅なひと時を…

 「あー!紅茶こぼしちゃいました…折角ここまで書けたのに~」

 アルカティーナは…優雅な、ひと時を……

 「でもやっぱり『P.S.お返事くれないとイタズラしちゃうぞ☆』は無しですね…。ハロウィンネタのパクリとか言われた日にはアウトですし。今11月ですし。…いっそのこと『P.S.わたくし、お返事が来ないと過呼吸かつ喘息になる症候群なんです』ってさり気無くアピールしますかねぇ」

アルカティーナ・フォン・クレディリアは……個性的なひと時を、過ごしていた。

 「でもやっぱり、全部ボツですね!最初からそんなにがっつくこともないでしょう。取り敢えず無難に書いて送っておきましょう。さり気無くマドモアゼルちゃんについて質問して…っと、これでよし!」

 思ったより早く書き上げてしまったアルカティーナは、ユグドーラ宛の手紙を読み返して首をかしげた。

 …何か、何か足りませんねぇ。
特に目立って変なところも、不自然なところもありませんが…何というかこう、アクセントがない楽譜を読んでいるようなイメージと言えば分かるでしょうか。
お綺麗な手紙すぎるのですよねぇ。
例えるなら、そう……

 「スパイスが足りないんですよ!これじゃあまるで普通の手紙じゃないですか」

 この場にゼンと言う名の優れたツッコミ役の1人でもいれば、また話は変わってくるのだろう。恐らく『カレーと手紙を一緒にするな』とか『普通の手紙に何の恨みがあるんだ!』とか絶妙なツッコミをしてくれることだろう。が…生憎ゼンはいない。そう、そこにはアルカティーナを除いて誰1人いなかったのだ。つまりはアルカティーナにツッコむ重役が誰もいないと言うわけである。
…いや、正確に言おう。
実は、誰1人いない訳ではない。
日も暮れた夕方。灯りのともる彼女の部屋に、忍ぶ気配があった。
天井裏に三人分の影が、静かに潜んでいた。
だがその三人が天井下の少女にツッコむ訳もなく。
結果として、アルカティーナはノンストップ状態。
暴走を開始した。

「ようし!こうなったらもうあの手しかありませんね!聖霊さぁ~~ん!!」

 ツッコミ無しでお送りするアルカティーナ・フォン・クレディリアは少々刺激が強過ぎるとだけ言っておこう。そして案の定彼女は、とうとう聖霊を呼び出し始めた。

 「わー!てぃーな、こんばんは~」

 「どーしたの?」

 「なにかあったのー?」

 わらわらと集まり、次々とアルカティーナに話しかける聖霊たち。アルカティーナは彼らを見て嬉しそうに笑うと、こう告げた。

 「こんばんは聖霊さん!あのですね…ちょっとお願いがあるんですけど。マドモアゼルちゃんのお面を作ってくれませんか?お手紙に同封したいのです」

 もう一度言おう。
ツッコミ無しでお送りするアルカティーナ・フォン・クレディリアは、少々刺激が強過ぎる。

 「いいよー」

 「まかせて!」

 「がんばるー」

 口々に答える聖霊たちに、少女は心から嬉しそうに笑顔を咲かせた。

よかった…、これでユグドーラ様にきちんとしたお手紙が届けられます!

 自身の『きちんとしたお手紙』の定義がおかしいことには、アルカティーナは気が付きもしないのであった。


 ◇ ◆ ◇

 
 一方、天井裏では極めて小さな声で会話が飛び交っていた。

 「わー、何かつくり始めちゃったよー」

 覗き穴から下の様子を見て、一人の影が思わず苦笑を漏らす。それに続き、もう一人も呟いた。
 
 「ホントだ。うっわ何あれ。気持ち悪っ!」

 天井裏の三人は殆どにしか目をやらないため、下の状況は全く理解していない。
それでもの周りにいる聖霊が産み出しつつあるものが気持ち悪いと言うことだけは理解できた。
 その様子を暫く一同は黙って見ていたが、一人が耐えきれなくなったように溜息をついた。

 「…はぁ、暇」

 残りの二人もそれには共感だった。

 「まあ、確かにね」

 「そうねぇ」

 「…でもいいじゃない?楽でさぁ」

 投げやりに、気怠げに、そう言う者もいたが、それに反対する者もいた。

 「えー?私は暇したくないよ。最近相棒の斬れ味が鈍ってきたし、そろそろ働きたいのよねぇ」

 「あ、それは私も同感かなぁ」

 投げやりかつ気怠げに「暇」を肯定した者も、二人の意見を聞いて考えを改めた。見ると、自分の相棒…ナイフも少し輝きが曇り始めている。これは、よくない傾向だと本能が訴えていた。

 「…私も、やっぱり暇なのは嫌かも」

 残りの二人はその言葉に僅かに声を弾ませた。

 「えっ?本当?だったらご主人様に新しい仕事でも貰いに行こうよ」

 「そうね、そうしましょ」

 三人は、覗き穴を再び覗きながら会話を続ける。

 「あと半年もすれば、入学らしいからねえ。そろそろ潮時でしょ」

 それは冷たく、それでいて機械のような声色だった。
そして、それを遮るように明るめの声が奏でられる。

 「ねぇ!そんなことよりさ。ご主人様、どこまでなら許可出してくれるかな」

 「うーん…半殺しまでじゃない?」

 「いやいや。それならいっそ、殺しちゃった方が良いんじゃないの?」

 「でもそれだと後始末がなー」

 「…まあ、取り敢えず聞いてみたら良いじゃない」

 そうして、三人の影は天井裏から姿を消した。
そして次にその影たちがそこへ現れた頃にはもう、アルカティーナ達はいくつものお面を作り上げていた。
しかし、そんなことはどうでも良いとばかりに影達は小声で会談する。

 「ね、半殺しまでならオッケーだってね」

 「やったね」

 「うん、やったね」

 不穏な言葉を放つ影に、アルカティーナは気がつかない。

 「くすくす」

 「くすくす」
 
 「くすくす」
 
 ここは、ルーデリア王国随一、筆頭の名家クレディリア公爵家の長女の自室。 

 「あー楽しみ」

 「楽しみね」

 「楽しみだわ」

 「「「くすくすくす」」」

その天井裏に、忍び笑いが三重奏となって響いていた。

 「これで暇なのもマシになるかな?」

 「なるでしょ」

 「暇潰しくらいには、ね…」


 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 と、言うわけで次回!
新キャラ三人登場です。
「おいおい、出会い編もう完結するんじゃなかったのかよ。今更シリアスぶっ込むなよ」
…とお思いでしょうか。
ですが、どうぞご安心を。
このお話、意外や意外!シリアスにはなりません故。

いやぁ、でも正直なところですね…。
実は出会い編は、もうとっっくの昔に完結してる予定でした。出会い編は軽~く、比較的短め~に、アルカティーナの成長を描いて、そんでもって本格的にゲームストーリーである学園編へレッツラゴーゴーとか思ってたんです。
 そ・れ・な・の・に!!
気がつけば出会い編もこれで43話目。
なぁ~にが軽~く、比較的短め~に、何でしょうかねぇ!ええ、全く!!本当にねえ!

 ということで、私の言いたい事はこれだけで御座いまする。

【御免なさい】

さあ、長引いた出会い編もいよいよフィニッシュが近づいて参りました。
次は学園編。本格的にゲームの世界らしくなっていく…予定!!

そんなこんなの滅茶苦茶な水瀬こゆきでございますが、いつもお読みいただきありがとうございます!
ではでは!

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